僕が異世界で冒険するようになるまでの少し奇妙な経緯

 俺は自分で言うのもアレだが騙されやすい。今までに漫画や小説の表紙買い、CDのジャケット買い、通販の商品、スピグッズ、骨董品、色々と買っては失望していた。

 中身を確認して買えばいいだろだって? 中身が分からないのを買って、自分の想像と答え合わせするのがいいんじゃないか。中身を知って買うと言うのは、ネタバレを知って作品を楽しむようなものだ。そんな夢のない話はない。


 とにかく、そんな癖があるので、部屋にはガラクタばかりが増えてしまう。ある日、そんな俺の家に友達が遊びに来た。幼い頃からの腐れ縁の同級生だ。


「片付けなよ、汚部屋だよもう」

「片付けてるけど、いつの間にか増えてんだよ」

「それは片付けてるとは言わん。まず買うのをやめろ」

「やめたいんだけどさー」


 俺は友人からの忠告に笑いながら頭をかく。それを見たヤツはもう何も言わなかった。何を話しても無駄だと分かってしまったからだろう。なにせ付き合いが長いからな。その後は2人でゲームをして盛り上がって終わる。なんて事のない俺の日常だ。


 夜になり、風呂から上がった俺は窓を開けて夜空を眺める。


「星に願いでもかけようかな」


 その時、偶然目の前で流れ星が流れた。俺はすぐにまぶたを閉じて願いを思い浮かべる。突然過ぎて、いい事がありますようにとしか願えなかったけれど。

 翌日、道を歩いていると、いかにもな見た目の怪しげな老婆に呼び止められた。


「ちょっとそこのおまいさん。いいものがあるよ」

「……」


 当然、俺はこの呼び掛けをスルーする。当然だ。以前、甘い言葉に誘われてムダに高い絵を買ってしまった事もあった。もうあんな事は二度とゴメンだ。

 話を聞かずに早足でその場を離れていたはずなのに、老婆は俺の前に回り込んできた。さっきまで背後にいたはずだぞ?


「え?」

「不思議だろ? いつ追い越したと思ったろ?」

「うん」

「実はこの魔導書の力なのじゃ」


 老婆はその不思議現象を手にした魔導書の力だと力説する。俺はその話を素直に信じ、段々と胸から熱いものがこみ上げてきた。


「すごいな。その魔導書」

「欲しいか?」

「欲しい!」

「よし売った! 今なら特別価格じゃ!」


 老婆は飛び切りの笑顔で手を差し出す。その値段を聞いて、俺はすぐにATMに駆け込んだ。20万円もしたけど、本物なら安い買い物だ。俺はホクホク顔で魔導書を手に帰宅する。


「さてと、読むぞい!」


 俺はワクワクしながら本をめくった。そして、飛び込んできた文字を見て早速頭を抱えてしまう。


「え……?」


 そう、魔導書に書かれてある文字が読めなかったのだ。日本語でもなく、英語でもない。初めて見る文字だ。子供の落書きにすら見える。世の中にはそう言う奇書があるっていうけど、まさかそんな本を俺が手にしてしまうだなんて……。


「うがああ~っ! 21回目の無駄遣い決定だ~っ!」


 俺はいつも失敗するので、普段はそこまで絶望はしない。本気で後悔するのは10万円以上の失敗をした時だけだ。そう、俺は今までにそんな高額の失敗を20回してきた。この魔導書でその数がひとつ増えてしまったと言う訳だ。どうしてこう、俺は駄目なんだ……。


 自分に腹が立って、俺は思わずふて寝する。すると、夢に女悪魔が現れた。その姿は背中に大きなコウモリの羽、頭には角、どぎつい化粧、セクシィ過ぎるスタイルにボンデージ的な服、そして尻尾。まぁ健全な男ならお約束的なアレを想像するよな。


「い、淫魔ー!」

「ちゃうわ! 私は魔導書を守護する悪魔! 私と契約すれば魔法を使えるけど、どうする?」


 悪魔は魅惑的な笑みを浮かべながら俺に接近してくる。これって契約してもいいやつだっけ? 頭の中で色んな物語のシーンが再生されていく。その全てのシーンでノーを訴えるように警告してきた。

 けれど、俺の口からは正反対の言葉が飛び出してしまう。


「よし乗った!」

「いいね、契約成立。これでもうあんたは魔法使いだよ」


 その時な悪魔の妖艶な顔が忘れられない。その後、いやらしい展開になるでもなく、すっと夢は終わる。目覚めは割と頭もスッキリしていた。俺はすぐにあの夢が本当だったかの確認に走る。

 放置していた魔導書をめくると、昨日との違いに目を疑った。


「読める! 読めるぞ!」


 気分はムスカ大佐だ。文字は相変わらずミミズがのたうち回ったような判別の出来ないものなのだけど、それが脳内で意味のある言葉に変換されていく。視覚で解読していると言うより、文字の意識がダイレクトに伝わる感じだった。内容が分かるのが嬉しくて、俺は自然に笑顔になる。


「うは、うははは!」


 魔導書を理解出来た俺は、窓を開けて外に向かって手をかざす。呪文を心の中で詠唱すると、手のひらから火の玉が飛び出した。それはすぐに消えたけれど、同時に魔法が実在する事の証明にもなった。


「やった! やったぞ!」


 魔法が使えて喜んでいると、自室の床に魔法陣が出現する。その謎現象を前に顎を触りながら覗き込んでいると、ぬうっと誰かが現れた。


「うわああっ!」


 俺は驚いて尻餅をつく。こう言う場合、現れるのは敵か味方かのどちらかだ。何の前情報もなしにその判断が出来るだろうか。俺はゴクリとつばを飲み込んだ。


「はじめまして。私は魔王です」

「魔王キタァァァー!」


 いきなりのボス登場に俺は動揺する。まだ何の行動も起こしていないのに! 物語の魔王って主人公が強くなってから登場するものでしょ。それが何? 獅子はうさぎを狩る時も本気的な?

 俺は恐れながらも必死に現れた魔王を観察する。王らしくいかつい衣装は着ているものの、顔は可愛らしい美少女だし、声もアニメ声で俺の好みだ。背もそこまで高くはない。目測だけど、160センチもないくらいだろうか。


 こんな魔王なら倒されてもいいやとあきらめの境地になっていると、彼女はいきなり俺の両手を掴んできた。


「お願い、私の国を助けて!」

「え?」


 彼女いわく、魔王とは魔族の頂点を指す言葉ではなく、その名の通り魔法使いの国の王と言うものだった。両親が突然死んで若くして王位を継いだものの、その頃から国は乱れに乱れ、救世主を求めていたらしい。


「それが俺なの?」

「そうです。ばあやが見つけてくれました。あの人に間違いはありません!」


 この話を聞いて、俺の頭の中で全ての点と点が繋がる。こうなるのは必然だったのだと。こうして俺は魔王と共に異世界に転移。魔法使いの国を救うために、長い長い冒険の旅に出る事になったのだ。

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