スマホがゲートになった日

 ある日、スマホで天気を確認していると突然画面から女の子が現れた。


「ドーモ! 宇宙人でっす!」

「なんて?」

「あなたのデバイスとゲートが繋がっちゃったみたい。あは」


 女の子の見た目は中学生か高校生か、そんな辺りに見える。服装は宇宙人でイメージするような奇抜さはあんまりない。強いて言えばSFアニメに出てきそうなキャラのコスプレっぽい。身長は150センチくらい? 顔は日本人だ。なんだこれ。

 とは言え、スマホから出てきたから宇宙人ではあるのだろう。理屈は分からんけど。


 俺はすぐに騒ぎの元凶になったスマホを確認する。すると、いつの間にか変なアプリがインストールされている事に気がついた。そのアイコンは魔法陣のような見た目で、常にくるくると回っている。アイコンって静止画じゃなかったっけ?


「何だこのアプリ、怖っ!」

「やめて! 消したら帰れなくなる!」


 俺がアプリを消そうとしたのを察知したのか、彼女は腕にしがみついてきた。ちょ、胸が胸がぐへへ……。じゃない、こんなところ知り合いに見られたらやばい。俺は丁寧に女の子を離すと、深呼吸をして冷静さを取り戻す。


「じゃあ今すぐ帰ってくれる? これを使えば帰れるんだろ?」

「分かった。帰るからさ、その前にこの街の観光案内してよ」

「は?」


 そのリクエストに俺が困惑していると、彼女はいきなり腕に抱きついてきた。さっきもそうだったけど、この子、意外とふくよかなのだ。その柔らかい感触に俺は正気を失った。


「えっと、どこ行きたい?」

「やったー。まずはスイーツの美味しいところー!」


 こうして俺達の楽しいデートが始まった。最初に言葉が通じたところから不思議に感じていたのだけれど、この子の文化と日本の文化はかなり似ているらしく、文化的ギャップをほとんど感じさせない。文字すらもスルスルと読めていた。その雰囲気から、宇宙人と言うより、パラレルワールドの日本人なのかも知れない。

 彼女の名前はりらら。ひらがなでりららなのだそうだ。この辺りはちょっと宇宙人っぽいけど、今の親ならそう言う名前をつけても全然おかしくないからなぁ……。


 スイーツを食べてウィンドウショッピングをしてゲームセンターに寄って、そんな感じで楽しい時間を過ごしていると、すれ違った人のスマホからエージェント・スミスみたいな人が突然現れた。ガタイが良くて、髪型がぴっちりと決まっていて、スーツ姿でグラサンの男性だ。身長も180センチを余裕で超えている。はっきり言って怖い。って言うか、スマホから出てきた時点で怖いんだけど。

 俺はこの後の展開が余裕で想像出来ていた。そうして、事態はそのように進展する。


「りらら様!」

「逃げて!」


 りららは俺の腕を掴んだままいきなり走り出した。こう言う流れ、色んな物語で見た事ある! 神様、もっとひねってくれよおおお!

 こうして物語はローマの休日から逃走中にシフトチェンジ。俺達は追いかけてくる冷酷無比なエージェントから必死に逃げるミッションを遂行する。


 体力は多分あっちの方が上だけど、地元民の俺には地の利がある! 最初は引っ張られがちだったものの、覚悟を決めてからは俺の方がリードする形になった。


「ちょ、どこに?」

「任せろ。ここは俺の庭みたいなもんだ」


 俺達は地元民しか知らない狭い道をぐねぐねと蛇行しながら走り抜け、何とかグラサン男をまく事に成功する。そうして安全を確認しつつ、雑居ビルの非常階段のお踊り場で休憩する事にした。


「で、これはどう言う事?」

「実は私王族なの。で、プチ家出を……」

「ベタかよ!」


 あまりにもテンプレだったので、俺は頭を抱える。こう言う展開の場合、逃げている方が犯罪者なんだよな。とは言え、異世界の姫だし、こっちの警察が動く事はないだろうけど。ただ、問題が大きくなったらどんな事になるか分からない。

 先の展開が怖くなった俺は、震えるりららの顔をじっと見つめた。


「よし、お前今すぐ帰れ」

「そりゃ帰るけど、帰る時は自分の意志で帰りたい! 今すぐなんて嫌!」

「そんなワガママを……」


 説得しようとしたところで、ガタッと言う大きな音がする。場に緊張感が走り、様子をうかがっていると、案の定グラサン男がぬうっと顔を出してきた。


「うわああああ!」


 この機会にりららを差し出せば追いかけっこは終わったはずなのに、さっきまで逃げていたせいで反射的に俺達は逃げ出してしまう。今度ばかりは逃げの良いルートが思い浮かばず、俺達は簡単に追い詰められてしまった。


「さあ、戯れは終わりです。帰りましょう」


 グラサン男は紳士的に手を差し出す。見た目と違って丁寧な対応をする人のようだ。そりゃそうだよな。殺し屋じゃないんだ。王に仕える人が礼儀をわきまえていないはずがない。

 りららも観念したのか、俺から離れて一歩を踏み出す。


「仕方ないか。残念」

「大丈夫、ご両親も決して怒ってはいませんか……」


 後数歩で彼の手を取ると言うそのタイミングで、突然バケモノが現れた。SFでよく見かけそうなクリーチャーだ。そのバケモノは全力タックルをグラサン男にかまし、反撃させる間も与えずに一撃で倒してしまった。この悲劇にりららが絶叫。


「スミスーッ!」


 あ、あのグラサンもスミスって名前だったのか。いや今はそんな事考えてる場合じゃないぞ。何だあのバケモノー!

 俺がこの状況に理解が追いつかないでいると、彼女が俺の背後に回り込む。いや、頼られるのは嬉しいけど、俺も非力だからね。一体どうすればいいんだ……。


 バケモノはゆっくりと俺達の方に体を向ける。そうして舌なめずりをし始めた。


「グヘヘ……お前食べる、これ仕事」

「シャベッタァァァ!」


 混乱して頭の中を真っ白にしていると、りららが俺の肩を強く掴む。


「あれ、敵国の刺客です! 邪魔者を食べちゃうの」

「いやどうすんの? 俺武器とかも持ってないし、勝てんよ?」

「安心してください、我が家に伝わる武器があります。スマホ、貸してくれる?」


 俺は素直のその言葉に従った。彼女はすぐにスマホを操作して剣を転送する。その剣を使って目の前のバケモノを倒せと言う事らしい。


「はい」

「いや、いきなりこんなの渡されても……」

「じゃあ2人共ここで死ぬ事になりますけど?」

「それは、嫌だな」


 俺は覚悟を決めて剣を構える。こうなったら破れかぶれだ。武器を構えたと言うのに目の前のバケモノの様子は変わらない。どうやら俺を舐めているようだ。チャンスがあるとしたらこの最初の一撃しかない。俺は深く息を吐き出して意識を集中する。


「うわああああ!」


 俺の気合に反応したのか、剣が黄金色に輝く。その次の瞬間にバフのかかった俺は一瞬の内にバケモノを一刀両断していた。


「グアアアア!」

「えっ?」


 バケモノは断末魔の叫び声を上げて絶命。俺は自分のした事に実感がわかなかった。剣道の有段者でもないのに、いきなり謎の生き物を真っ二つにしてしまえるだなんて。

 俺が剣を返すと、その説明をりるるがしてくれた。


「王家に伝わる剣には勇者の能力が宿っていて、使用者を最強の剣士にしてくれるんです」

「へ、へぇ……」

「ありがとう、助かった」


 彼女の笑顔を見た俺は疲れも吹き飛んだ。結果的に上手くいったし、また何かあった時はあの剣を借りればいいか。危機を乗り越えて少し自信をつけた俺は、両手をギュッと握りしめる。

 逆に、りるるの方は表情を曇らせていた。


「私がここにいたら、この星の人達にも迷惑がかかっちゃうかも。だから、帰るね」

「え、ちょ」

「今がいいタイミングだと思う。そうだ。私が戻ったらアプリを消してね」

「あ、ああ……」


 その流れるような勢いで、彼女はスマホの中に帰っていった。嵐のような出来事が過ぎ去って、しばらく俺の精神はふわふわと浮いたまま。ようやく現実を受け入れたのは、バケモノの死体やふっとばされたスミスの遺体を改めて目に焼き付けてからだった。


「ここにいるのはヤベーな……」


 その後、また別のスマホから処理班が来て片付けたのか、翌日に現場に様子を見に来ると戦いの後は綺麗サッパリ消えていた。日本の警察が関わっていないのは、事後処理の形跡がない事でも分かる。これで事件はない事にされたのだ。

 俺はその手際の良さに軽いショックを受ける。もしかして、今までにもこう言う事は行われて来たのかも知れない――。


 あの時、彼女に消してと言われたアプリは消せなかった。また向こうの世界が嫌になった時に、いつでも来られるように……。

 けれど、その後、りるるがアプリから現れる事はなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る