俺の直観は当たらない

 夜の10時頃だったか、3月の奇妙な雰囲気に誘われて俺はブラブラと家の周りを適当に歩いていた。夜の散歩は割と好きな方だ。特に春はそれまでの冬の風とは違う優しい透明さを感じて結構好きだった。

 田舎の住宅街は道も狭くて車もあまり通らない。歩く人も滅多にいないから安全で、1人でも夜の雰囲気に酔いしれながら歩く事が出来る。


「今宵も星がきれ……えっ?」


 何となく見上げた星空に、横切る光が見えた。火球だ。しかもすごい勢いで割と近くに落ちてくる。このレア体験に俺の胸は踊り、気がつくと勝手に体は走り出していた。


「確か隕石は高く売れるんだよなっ!」


 この時、俺は直観していた。落ちてきた隕石を手にすれば有名になれるぞと。落下予想地点に着くと、そこには空から落ちてきた何かが地面にめり込んでいる。大丈夫、そこは私有地じゃない。後で権利を主張される事はないだろう。多分。


「おんやぁ?」


 覗き込むと、直観が外れていた事に気付く。落ちてきたものの正体が隕石ではなく、卵だったからだ。かなり高いところから落ちてきたであろうその卵は、不思議な事にまるで無傷だった。

 折角ここまで来たのだしと、俺は卵を拾って帰る。大気の摩擦熱なんてなかったみたいに、それは人肌くらいの温度だった。


 持ち帰った卵を取り敢えずこたつの中に入れる。ここでまた俺の直観が騒いだ。この卵の正体が何であるかを――。


「これ恐竜だろ。間違いない」


 疲れ切った俺は、ずっとこたつをつけっぱなしにして布団に入る。明日目覚めたら、孵化した恐竜が懐いてくれる事を想像しながら。


「朝だホ。起きるホ」

「うあ……。うわあああっ!」


 朝になって俺を起こしたのは恐竜……ではなく、謎の喋る鳥だった。丸っこくてフクロウみたいで、でも絶対フクロウじゃない、鳥としか形容出来ない謎の生き物。コイツがあの卵から孵ったのか?


「そんなに驚くとは心外ホ。ボクの名前はトリ。ただのトリホ」

「いやそんな鳥はいねえよ。何で喋れるんだよ」

「ボクは生まれた時から喋れる優秀なトリなんだホ。よろしくホー」

「何だお前ー!」


 黙っていても勝手に喋るので、俺はトリの話を黙って聞いてみる事にした。コイツは小説執筆をサポートする生き物だそうで、前にサポートしていた飼い主(?)が立派なプロになったので、新しい相棒を探していたらしい。


「と言う訳でお前、小説を書くホ」

「いやお前じゃないし。俺は青樹だし」

「じゃあ青樹、小説を書くホ。それがトリの使命ホ」

「んな無茶な……」


 自慢じゃないが、俺は小説なんて書いた事がない。執筆にも興味はない。小説は、ラノベなら数冊読んだ事がある程度。こんな俺に執筆をしろとか意味が分からん。

 いや、でも待てよ。プロを育てたトリが俺に書けと言う事は――。ここでも俺は直観する。きっと自分には創作の才能があるのだと!


「分かった。俺に執筆のイロハを教えてくれ!」

「そこからかホ? 世話が焼けるワナビだホ……」


 俺はトリから指導を受けて小説を書き始めた。トリの強い勧めで小説投稿サイトのカクヨムに登録する。最初は稚拙な文章しか書けなかったものの、段々とコツを掴んでくる。こうして、俺には執筆の才能があったのだと少しずつ自信をつけていった。

 そうして、長編らしきものが書けるようになってすぐにカクヨムコンテストに参加する。結果は読者選考落選だった。この結果を目にした俺は両手両足を床につける。


「どうして……」

「このトリが無才能者に引き寄せられるとは、一生の不覚ホ……」

「出てけー!」


 トリの態度が気に障った俺はヤツを家から追い出した。落選の事実に俺の創作意欲もあっと言う間にしぼんでいく。執筆、楽しくなってきていたのにな。

 一晩経って気持ちの落ち着いた俺が街をブラブラしていると、大勢の人だかりが目に飛び込んできた。


「一体これは……?」


 人だかりの正体を確認しようと覗き込むと、視線の先にトリがいるのが見えた。そうして、みんなでトリを取り囲んでいる。この光景を見た俺はまたしても直観する。トリはいじめられているんだ!

 そう思った途端、俺の体は勝手に動き出していた。


「やめろーっ!」

「お、青樹。立ち直ったかホ?」

「え?」

「ちょっと、ちゃんと順番を守ってください!」


 よく見ると、この集まりは行儀よく並んだ列だった。声をかけてきた女の子に話を聞くと、みんなトリからサインを貰っているらしい。

 そう言う勘違いもあって、俺は何となくこの列の最後尾に並ぶ。それからは後ろに誰も並ばなかったので、自分の番が来た時にはトリとの一対一になった。


「お前。有名だったんだな」

「当たり前だホ! 知らないのは青樹ぐらいだホ!」


 トリはドヤ顔でふんぞり返る。その態度に若干ムカつくものの、記念にサインを持参していた手帳に書いてもらい、その場を後にした。

 玄関について鍵を出そうとした時に何となく振り返ると、そこにはトリがいた。


「何でついてきたんだよ」

「やっぱり見捨てられないホ。本気でボクの指導を受けてみる気はないかホ?」

「お、おう……。お前がそう言うなら」


 俺はトリが戻ってきてくれた事が嬉しくて、ついその場で返事をしてしまう。そこからはトリのスパルタ指導が始まった。

 キャラクターの作り方からプロットの作り方、印象的なセリフ、読みやすさ、魅力的な表現方法など、数えだしたらきりがないくらいの創作方法を叩き込まれる。見た目30センチくらいの小さな体のどこにそんな知識が入ってるんだよ。


 トリの指導は厳しく、暴力は飛ばない代わりに言葉のムチが容赦なく俺の心をえぐってきた。その変わり、指導されたものが自分に身につく度に、小説のPVは上がっていく。それが自信へと変わり、どんどん深みに入り込んでいった。

 やがて大きな宣伝もなしに★が三桁に近い作品が書けるようになってくる。手応えを感じた俺は今度こそ直観する。次は行けると。そう俺の心が断言していた。


 満を持して臨んだ次のカクヨムコンでは、見事に読者選考を突破。この時点で俺は有頂天になる。暴走する妄想の中では、既に書籍家決定のメールを受け取っていた。

 そうして、運命の二次選考の結果発表の日が訪れる。


 そこに、俺の名前はなかった――。


 まただ。また俺は夢に溺れてしまった。結局まだまだだと言う現実を突きつけられて俺は頭の中が真っ白になる。認められないと言うのは、どうしてこんなに悲しいんだろう。

 けれど、前回と今回で違う点がひとつある。それは自作を応援してくれたファンと、同じ目標に向かって進む仲間の存在だ。今回の落選では多くの人がコメントを送ってくれた。それがとても嬉しくて、また頑張ろうと言う気にさせてくれる。もうショックで筆を折ろうと考えてしまう弱い自分はどこにもいない。


 でもトリはどうなんだろう。折角指導してくれたのに、結果が出せない俺に失望したんじゃないだろうか。不安になった俺は自室をキョロキョロと見回す。そこに見慣れた丸っこい生き物の姿はどこにもなかった。どこにもいなかった。

 そこでまた俺は直観する。トリは今度こそ俺に見切りをつけて、別のあるじを探しに旅立っていったのだと。


 開かれた窓から風が入ってくる。きっとこの窓から飛び立ったのだろうと、俺は外の景色を感慨深く見渡した。


「さよなら、トリ。俺は1人でも書き続けるから」

「まだいるホ! 勝手に旅立たせるなホ!」 


 突然背後から声が聞こえて俺は振り返る。そこには濡れた羽を器用に拭いているトリがいた。いなかったのは単にトイレに行っていたからだったようだ。

 嬉しくなって抱きしめようと近付くと、トリは小さな羽で俺をはたいた。


「何やってるホ! さっさと次の執筆に取りかかるホ!」

「うひいい!」


 どうやらスパルタ指導は継続するらしい。俺はまたしても言葉の矢を心に受けながら遥か高い頂を目指す。ずっと近くで見守ってくれるトリと一緒に。

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