08話.[もういいと思う]
「今日は楽しかったな」
「うん、映画とかあんまり見ないから新鮮だった」
俺も映画なんて普段から見に行かないし、ましてやアニメ物とかも全く知識がなくて見に行こうとも思えなかったから新鮮だった。
「でも、ちょっと窮屈で疲れたかも」
「人気だったみたいだしな、客席もほぼ埋まっていたし」
確かに知らない人間があんなに近くにいるのは疲れるな。
もっとも、それは向こうにとっても同じだからなにかを言うべきではないが。
「一緒にお昼寝しよ?」
「寝るのが好きだな、まあ疲れたからいいかもな」
もう寝られればそれでいいんじゃないだろうか?
と、不貞腐れなくて済んでいるのはやっぱり手を握ってきたりすることかな。
なにかと接触が増えて、寝るときもほぼ抱きついているような距離感なのも……。
「最後、付き合うかと思ったけどそうじゃなかったな」
「うん、あれは意外だった、あの雰囲気ならもういいと思うけど」
そこで踏み込むのが難しいのは分かっているが。
これだけ気を許してくれていても告白したら駄目でした~なんてこともありえる。
で、どうしてもマイナスに考えがちになるから現状維持を望んでしまうと。
「隆明と春原さんはどうなんだろうな」
「一緒に遊んでいるんだよね? もしかしたら勇気を出した純夏ちゃんが決めているかもね」
そこはまあ男だから隆明がなんとかすると思う。
俺への礼の件なんかもうどうでも良くなるぐらいの結果をもたらすことだろう。
「……行広くんは?」
「ん? どういう意味だ?」
「はぁ」
いや、急にそこから俺はと聞かれても分からんぞ。
「……私と仲良くなりたいんだよね? そのほら、男女で仲良くするということは全てそこに繋がるわけではないだろうけど、やっぱり……」
なるほど、そういうことか。
最初の印象は無表情でそういうことには興味がない人間だと思っていた。
だから隆明が言っていたことはほぼ合っているんだ、まさかこうなるとはな。
「唯一、他の誰かを好きじゃない状態で近づいてきてくれる異性だぞ?」
「あ……」
「大切に決まってる、だから、そりゃあ、な」
はぁ、こんなところでヘタれる自分が情けなくなる。
もっと堂々と付き合いたいって言えばいいものを。
モテていたらこういうときに情けないところを見せなくて済んだのにと考える自分と、非モテじゃなかったら恐らく彼女は来てくれなかっただろうと考える自分もいて、それはもう複雑だとしか言いようがなかった。
「もどかしいのは俺も同じだ」
「もどかしかったの?」
「ああ、勘違いかもしれないけどこれだけ気を許してくれているのにその先にはいけないのかってな」
まあ少し焦っているところがあるのは事実だ。
だってまだ一ヶ月ぐらいってところだからな。
完全に痛い人間になってしまっていることは否定できない。
「行広くんは優しいから一緒にいてくれているだけだと思った、どちらかと言えば純夏ちゃんにばかり優しくしていたから」
「隆明も春原さんも友達だったからな」
「私もだよ?」
「ああ、だから一緒にいるだろ」
流石に友達でもない人間と休日に一緒に過ごしたいとは思わないから。
「好きだぞ」
「純夏ちゃんじゃなくて?」
「ああ」
わざわざここで友達として、なんて言うわけがないだろう。
そしてわざわざここで別の異性が好きだなんて言うわけがない。
「ありがとう」
「おう」
とりあえずこれで疲れたからもう寝ることにする。
夕方でも夜でもいい、何時間か寝て休憩しないと駄目だ。
「ぎゅー」
「南は温かいな」
「体温が高いって秋によく言われるから」
いまの俺には効果大だった。
「なんか湯たんぽみたいだ、眠たくなる……」
「寝ていいよ、私はちゃんと近くにいるからね」
それならいいか。
これで起きた際にいなくなっていても怒ったりはしない。
少々急ぎすぎた、もうちっと時間をかけてからでも良かった。
だからいまはただただ回復させることに専念。
でも、こういうときに限ってやっちまった感が凄くて寝られないんだよなって。
「……どこにも行かないでくれ」
「行かないよ、怖い夢でも見ちゃったの?」
「……俺は急ぎすぎたからな、優しいのは南だったってことだ」
「そんなことはないよ」
勢いで言ってしまったのもあれ。
「抱きしめていいか?」
「うん、はい」
俺はそこで初めて彼女を抱きしめた。
イケない感情などが出てくるようなことはなく、ただただ安心だけがそこに。
「ありがとう」
「うん、どういたしまして」
「やっぱり好きだわ、受け入れてくれ」
「うん、ぎゅー」
今度絶対に彼女からも好きだと言ってもらえるように努力をしようと決めた。
でも、いまはやっぱり寝ることの方が優先で、先程と違ってあっという間に眠気がやってきたのだった。
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