07話.[こればかりはな]

 テストも終わって十一月がもっと近づいた頃のこと。


「暖かい」


 ひざ掛けを持ってきてそれにくるまれて暖まるようになった彼女がいた。

 意外と寒がりらしい、暑いのも苦手らしいから生きるのが大変そうだった。


「南、どうして俺の席で休むんだよ」

「なんかここに座っているとそれだけでぽかぽかとするんだ」

「へえ」


 じゃあ俺は常にその効果を得られているということか――なわけない。

 あくまで冷たいからそんな効果はない。

 俺がこの後座れば南効果で温かくはなるだろうがな。


「この前の夜に、行広くんのお家に純夏ちゃんが来たってこと、私は言ってもらっていないんだけど」

「別にこそこそとしているわけじゃないぞ」


 なんにもなかったから言う必要がなかっただけ。

 絶対にないが、抱きしめたられたとかそういうことがあれば言うさ。


「私も行く、行広くんのお父さんにも会いたいから」

「それなら隆明も連れてきていいか?」

「うん、いいよ」

「よし、なら春原さんも呼んで――ど、どうした?」

「……それは駄目」


 珍し……くもないか、いまだって春原さんの行動に影響されて行くと言ったんだから。

 ちょっと前からもそうだったよな、なんか気にしているところがあったよな。


「隆明ー」

「お? やっと声をかけてきたか」


 彼はこちらへやって来ると小突いてきた。

 なにかを言わせると面倒くさいことになるから先程のことを説明。


「そうだな、南さんとふたりきりにすると間違いなく襲うからな」


 結局、努力も虚しく彼はそんなことを言ってしまって。


「南、俺はちょっとこいつと話があるから行ってくる」

「うん」


 廊下に連れ出したらなに言ってるんだよとぶつけた。


「なあ、純夏さんは駄目なのか?」

「南から駄目って言われてさ」

「まあ、夜にこそこそと会うぐらいだもんな、不安にもなるか」

「断じてそういうのはないからな? 俺は南と仲良くしたいんだよ」

「分かってるよ、だからこそ言ってくれたんだろ?」


 俺としても隆明と春原さんが仲良くできるかもしれないと期待したんだがな。

 仲良くしたい南が駄目だと言うのなら従うしかない。

 仲間外れにするみたいで申し訳ないが、こればかりはな。


「よし、じゃあ別の日に出かけてみるよ」

「ああ、そうしてやってくれ」


 いいかもって思ってくれただけで物凄くに楽になった。

 だって可能性がかなり低い状態で頑張れなんてことを言っていたわけだから。

 残酷なことをしていたのとほぼ同じこと、だから俺的にもこうなって良かった。


「はは、部屋にふたりきりにとか絶対にさせないからな」

「仮にふたりきりになっても抱きしめたりとかはできないよ」

「分からねえじゃねえか、過去に囚われていた行広を変えてしまうぐらいの魅力的な子と出会えたんだぜ? そうしたらもう止まらないだろ」


 ……確かにこの前上半身というか頭を抱かれた際には揺れたけどな。

 足とかは筋肉がある程度あると分かっていたから上半身も似たようなものだと考えていた自分、でも、やっぱり同性と異性じゃ全く違うことを思い知らされた形となる。


「意外だよな、寧ろ南さんの方が積極的に行広といようとしているもんな」

「まあほら、容姿とか身長とかは駄目でも俺は優しいからっ」

「はははっ、まあ小さい人間を好む稀有な女の子もいるってことだよな」


 小さいって言うほど小さくないぞ!

 まあでもそうだな、自分よりも小さい人間が格好つけていたって微笑ましい気持ちにしかならないか。

 ということは、南がいてくれている理由って……。


「おっと――どうしたんだ? そんな隠れるようにして」


 ん? と振り向いてみたら、確かに柱に隠れるようにして春原さんがそこにいた。

 好きな存在が違う異性といたら気になるか、その後は廊下にふたりだけで消えたというのもなんなのだろう? となってもおかしくはない。


「……隆明くんたちがなにを話しているのかなって気になって」

「行広みたいな小さな人間を好む稀有な女の子もいるって話をしていただけだ」


 隆明はこっちに来るように彼女を招く。

 彼女は近づいてきたものの、なんとも言えない場所で足を止めた。


「あれ、なんか警戒されている感じか?」

「ううん、ふたりの邪魔をしたいわけじゃないから」

「ああ、でも俺らの話はこれで終わりだよな?」

「そうだな、俺は教室に戻るよ、南を待たせているからな」


 これは気を使ったわけではなく本当に待たせているから戻っただけ。

 あとはまあ、廊下が冷えるからというのも大きい。

 確かに廊下に比べれば椅子が、と言うよりも教室自体が暖かいからな。


「おかえり」

「おう、ただいま」

「でも、そろそろ戻らなくちゃ」

「また来いよ」

「うん、また後でね」


 これから南が終わるのを待つのは苦行になるなってそんな風に思った。

 いま暖かいのはあくまである程度の数の人間がいるからで、放課後になったら間違いなく寒くなるからだ。

 ただ、男の俺がひざ掛けとかを利用するのもなんだかなあと気になるところがあるので、やはり素の状態で待つしかないと考えていた。

 だが、


「はい、お熱が出たら嫌だから貸してあげる」


 放課後、部活に行く前に急に南がそんなことを言ってきた。

 

「え、いや、これは南が使っていた物だろ……」

「私のじゃ……嫌?」

「い、嫌とかじゃなくてさ……」


 気恥ずかしいだろそんなのっ。

 でも、バスケを楽しんでほしいという気持ちがあったから拒まずに受け取って。


「そうだよ、ひざ掛けなんだから足にかけておけばいいんだ」


 それなら意識することもない、流石にそこまで童貞ムーブはできないからな。

 で、俺はこいつの効果というのをすぐに知ることになった。

 足にただかけているというだけで暖かいんだ。

 男の俺が~とか馬鹿なことを考えていたのがアホらしくなってくるぐらいには便利なアイテムだった。


「寒い……」


 デメリットがあるとすれば動かなければならなくなったときにより冷えること。

 あとは単純に外が寒いことか、これだけは良くないことだと言える。


「行広くん」

「あ、これありがとな、便利だった」

「うん、帰ろ」

「そうだな」


 南が触れてくることによって当然のように手を繋ぎながら帰る日が続いていた。

 もうこれ付き合っているだろぐらいの距離感、でも、本当のところはそうじゃないことは分かっている。

 これでもし他の男子にもしていたのだとしたら、流石に発狂する。

 異性という存在が間違いなく怖くなる、だからそうならないことを願いたかった。


「南? もう着いたけど」

「また純夏ちゃんと話してた」

「そりゃ友達だからな、だけど南は知っているだろ?」


 春原さんが隆明を好いていることは知っている。

 隆明が春原さんのことを良く思っているのも知っている。

 前者は察して、後者は隆明自らが通話状態にしたことで分かったこと。

 あれから隠していることなんてなにもない、こそこそもしていない。


「……離れたくない」

「と言ってもな、南は早く休まないと駄目だろ」

「泊まりたい、ううん、泊まってほしい」


 彼女はあくまで離さないままで「秋も会いたがっているから」と。

 こちらを不安そうな表情で見てきていて、応えてやりたい気持ちが強くなる。


「じゃあ、食べたり風呂に入ってから……」

「うん、待ってる」


 彼女の両親はともかくとして、あくまで家には入ったことがあるから気にする必要はない。

 仲良くもできているし、前までと違ってその先を望んでいないというわけではないんだから。


「……それにこっちにばかり来させるのもな」


 そこからは少し急いでいる自分がいた。

 浮足立っているとも言えるかもしれない。

 こんなことは滅多にないから自分でも意外だった。




「ふぁぁ……」


 真っ暗闇の部屋の中で確認してみたら現在の時間は午前二時四十五分だった。

 俺は落ち着けなくていままで寝ようとして寝られなかったということになるが、隣のベッドに寝転んですやすやと寝ている彼女が少し羨ましいぐらいだ。

 自宅であれば一階に行って飲み物を飲んでリセット、なんてこともできるが今日は無理。

 ここは上木家であり、ここを出たら自由に歩き回れはしないから。


「こんこーん、起きていますかー」

「あ、丁度いいところに来てくれたな」

「あれ、まだ起きていたんですか? もう寝なきゃ駄目ですよ」

「そう言う秋は?」

「勉強をしていました、夜中の方が捗るんですよね」


 そうか、偉いな。

 俺なんかやったとしても三時間ぐらいしか集中できなかったから余計にそう思う。


「あ、どうせなら一階に行きませんか? 温かい紅茶かコーヒーを飲ませてあげますから」

「ああ、行く」


 そう、こうやってこの家の誰かが連れて行ってくれるなら別だ。


「南が一切気にせずに寝ちゃったから助かるよ」

「私もちょっと相手をしてほしかったんです、寒い季節になるとすぐに寂しくなっちゃうんですよね」

「じゃあ両方にとっていいってことにしておこう」


 一応言っておくと、客間があると教えてくれたからそこでと俺は言ったんだ。

 だが、南は聞いてくれなかった、離れたくないということで部屋にってなった。

 別に異性の部屋だからと寝られなかったわけじゃなくて――あ、いや、やっぱりそういう可能性は否定できないかもしれない。


「どうぞ」

「ありがとう」


 ふぅ、この温かさは区切りをつけられていいな。


「秋、真面目にやるのは偉いけどもう寝ておけ、明日も学校だろ」

「はい、そうですね」


 それで学校で眠たくなっていたりして集中できなかったら馬鹿らしいからな。

 確かにしみじみとしていて捗るのは俺も体験したことがあるから分かる。

 でも、いまの季節は冷えるし風邪を引く可能性も高まるから気をつけた方がいい。


「行広さん、頭を撫でてください」

「ん? ほら」

「あと、『偉いな』って言ってください」

「偉いな」


 南には中々しづらい行為だった。

 南が撫でる側になっているからしようとすると拗ねるし。


「この前は疑って悪かった、切り替えが上手いってことだよな」

「はい、休むときはちゃんと休むのが大切なんです」

「はは、これからもそうしてくれ」


 さ、寝るか。

 友達の家に泊まってテンションが上がって寝られないって子どもみたいだし。


「行広さん、もう少し寄ってください」

「おう」


 ……細かいことは気にしない。

 彼女は恐らく自分の布団を持ってきているだけ。

 別に敷いてくれた敷布団で一緒に寝ているわけじゃないからな。


「暖かいですね」

「そうだな」

「こうして……密着すればもっといいですよ?」

「やめておけ」

「はは、はーい」


 秋には南のベッドで寝かせることにした。

 俺はひとり床に寝転んでゆっくりと、という感じだ。

 温かい紅茶を飲んだことで落ち着けたのか、そこからは朝まで一瞬で。


「ん……あれ……なんか秋がいる?」

「ああ、夜中に入ってきてな」

「夜中……そうなんだ」


 どんな重さであれ揺れたであろうに気づかなかったとか凄えな。

 本当に寝ることが大好きというか、うん、まあそういう感じに思った。


「もしかして、一緒に過ごしたの?」

「ちょっと寝られなくてな、紅茶を貰ったんだ」

「そうなんだ」


 というか、なんにも持ってきていないからさっさと帰らないと。


「おーい、帰らないといけないんだけど」

「まだ余裕があるから大丈夫だよ」

「それは南が、だろ? 俺はほら、ご飯も食べたいし着替えもできていないから」

「……秋とは一緒にいるのに私とはいてくれないんだ」

「いただろー」


 こういうところも小さなデメリットかもしれない。

 妬いたってなんにも意味がないことになる。

 俺は秋だからとしたわけじゃないからな。


「秋とどういうことをしたの?」

「頭を撫でたぐらいだ」

「撫でて」

「ほら、別に秋を贔屓しているわけじゃないだろ?」


 少し満足してくれたのか無事に解放されて家へ。


「お、不良息子が帰ってきた」

「そんなこと言うなよ……」


 あれはきっといいと言うまで聞いてくれなかった。

 泊まると言っていなければあそこにずっといる羽目になって風邪を引いていたことだろう。

 だから仕方がなかったんだ。


「喧嘩にはならなかったか?」

「ああ、それは大丈夫だ」

「そうか、もし南ちゃんを不機嫌にさせていたりしたらご飯をなしにしていたところだったから良かったな」


 どれだけ南のことを気に入っているんだと呆れるぐらいだった。

 最後のあれは不機嫌……というわけじゃなかったよな? うん、嘘はついてない。

 会話ばかりをしている余裕はないからささっと食べたり準備をしたりしてすぐに家を出た。

 登校も一緒にすると約束をしてしまっているから破った場合は、……考えたくないな。


「おはよ」

「おう、おはよう」


 もう細かいことは気にしない。

 挨拶をされたら挨拶を返しておけばいいのだ。

 ここでいちいち「さっきしただろ」なんて可愛げのないことを言わなくていい。


「今日も貸してあげるね」

「今度買いに行くときまで頼むわ」

「いいよ、貸すから」

「そうか? それなら借りるかな」


 問題な点は意外と多くある。

 それは朝の登校時にも手を繋ぐことだろう。

 夜はいいんだ、特に誰かに見られるわけじゃないし。

 でも、朝はやっぱり人が多いからなんとなく恥ずかしい気持ちがあった。


「ちょっとっ」

「ん? あ、春原さん、おはよう」

「うん、おはよ! じゃなくてっ、なに手なんか繋いで歩いているの!」

「「あ」」


 これはまた攻撃的な感じだった。

 まあ朝からするなよと言いたくなる気持ちは分かるから明日からはやめよう。


「よー、純夏さんの大きい声が聞こえたけどどうしたんだ?」

「このふたりが手を繋いで登校していたから注意したの!」

「なるほどな、確かにそれは良くないな。というわけで、俺らもするか」

「え」


 隆明が近くにいることを想定してしたことのように思えてくる。

 素直に「手を繋ぎたい」なんて言えないから俺らを利用した感じか。

 利用するのはいいが、物理攻撃を仕掛けてくるのはやめてほしいな。


「ふふ、結局純夏ちゃんも手を繋ぎたかっただけなんだね」

「なっ、ちがっ、そもそも私は近くに隆明くんがいるとは知らなかったしっ」

「え? 誰も隆明くんと、なんて言ってないよ?」

「もうっ、南ちゃんの意地悪ぅ!」


 仲がいいようで結構だ。

 最近はよくメッセージのやり取りや通話をしたりすると南から聞いている。

 最初はみんな仲良くなかったからな。

 まあ当然だけど仲良くなれるのはいいことだよなって楽しそうなふたりを見つつそう思った。


「おい行広、上手くいっているみたいだな」

「でも、ちょっと妬いたりするときがあってさ」


 小声での会話。

 気を使わなくて済むという点では隆明と会話するのが一番落ち着く。


「俺だって行広に妬いてるぞ、なんか純夏さんが気にしているみたいだし」

「だったら完全に振り向かせろよ、あの下手くそな変態キャラを維持するよりも楽だろうが」

「簡単に言ってくれるなよ、行広だって難しさは分かるだろ?」


 後方で盛り上がっている南に一瞬意識を向ける。


「そうだな、もっと踏み込んでいいのか悩むときがある」

「ああ、だろ? でもまあ、お互いに頑張ろうぜ」

「ああ、そうだな」


 こんなチャンスはもう二度とないと言ってもいいぐらいだろう。

 だから後悔しないように動くしかないんだ。

 ただそれだけがいまの俺にできる唯一のことだった。

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