06話.[仲良くしたいな]

「悪いな、出てきてもらって」

「いや、気にするなよ」


 上木が帰ろうとしたタイミングで電話がかかってきて送ったついでにやって来たことになる。

 ファミレスなんて中々行く機会がないから悪くはなかった。


「純夏さんのことなんだけどさ」

「ああ」


 うん、メロンソーダって美味しいな。

 炭酸とかも全く買わないから新鮮な気持ちでいられる。

 買おうと思えばいつでも買えるものの、発覚した場合はボコボコにされるからやめているというのが現状だった。


「あのさ、勘違いかもしれないけどさ、もしかして俺のこと……好きなのかなって」

「さあ、それは本人じゃないと分からないしな、それで隆明はどうしたいんだ?」

「俺は中学生が好きだなんだと言っていたけどさ、それはあくまで俺が関わらないこそ魅力的に見えるものなんだよ。だから、本当に彼女になってほしいとか考えているわけじゃなくてさ」


 別に高二と中学生でもおかしくはないと思うが。

 あくまでふたりが好き同士なら誰にも止められることではない。


「あ、で、俺って純夏さんと仲良くできていると思うんだよ、ずっといたわけだし」

「そうだな」

「……もしそうならそういうつもりで仲良くしたいな、なんて考えててさ」


 おお、これは無理やりにでも動かせた甲斐があったな。

「隆明が決めたのならそれでいいだろ」と残し、俺は炭酸を味わっておくことに。

 もちろん、このことを春原さんに言うつもりはない。

 ほいほい話すような人間じゃないんだ。

 自らが嫌われてふたりを仲良くさせたいだなんて考えられるような人間でもないし。


「それにさ、純夏さんって可愛いだろ? あっ、面食いというわけじゃないけどさ」

「別にいいだろ、男なんてそこも重要視するのが普通だろ」

「あ、だから南さんといるのかっ?」


 見た目は重要じゃないが確かに見た目も影響している。

 にこにことしないところが少し気になるところではあるが、だからこそ他の男子があんまり近づいていないことに繋がっているからいまはいいのだと片付けていた。

 あとは学校では眠たくて寝ているというのも大きかった。

 もし春原さんみたいに積極的に異性とも話す存在だったら不安になって仕方がなかっただろうから。


「上木とは仲良くしたいと思っているよ」

「そうかそうかっ、行広もやっとその気になったかっ」

「いい人間だからな」

「というわけでほら、電話中だったからさ」

「なにやってるんだよ……」


 彼は料理を注文して食べていた。

 先程まで飲み物も飲んでいなかったから柄にもなく緊張していたのかもしれない。


「あ、上木か? 悪いな、隆明が面倒くさいことをして」 

「大丈夫ですよっ、お姉ちゃんなら横で倒れていますからっ」


 え、大丈夫じゃないだろそれ……。

 俺はまだ全てを吐いたわけじゃないからダメージも少ないが……。


「あー、姉ちゃんに代わってくれないか?」

「いいじゃないですかっ、スピーカーモードですから聞こえていますよ」

「そうか」


 話しづれえ、妹と、ってなっただけでどうしてここまで違うのか。


「行広さん、あーき、って呼んでください」

「秋、受験勉強をしろ」

「い、いまは休憩中なんですよっ」

「そんなこと言っていつも休憩してないか?」

「していませんっ、やるときはやっていますっ」


 そこそこのところで終わらせておく。

 店内でずっと電話をしているわけにもいかないし。


「南さんじゃなかったのか?」

「ああ、中学生の妹さんだ」

「なるほどな」


 おお、中学生と聞けば唾を飛ばしながら盛り上がるのが彼だったのに成長したんだなと涙が出そうになった。


「南さんも魅力的なんだけどな、南さんは行広に夢中みたいだしな」

「そう言うけどさ、家事ができるとか優しいとか以外は駄目なんだってよ」

「それはほら、行広が純夏さんにばかり優しくするからだろ」


 俺だってできることなら余計なことをしないでおきたかったがな。

 あくまであれは、春原さんのためにはなっていなかった気がするんだ。

 多分、俺がなにもしなくても自分で全てできたはずだから。


「でもこれからはしなくていい、俺がいるから」

「はは、じゃあ任せるとするかな」

「よし、払って帰るか」

「そうだな」


 奢ってくれるということだったから遠慮なく甘えておく。

 もうこれぐらいになるとこんなの当たり前だから拒む必要もない。

 でもあれだな、怒られることはこれでなくなったわけだけど少し寂しいな。


「このまま純夏さんの家に行ってくる」

「おう」


 もう十九時とかでも気にしないところは隆明らしい。

 俺はさっき別れたばかりだから上木に~なんてことはできない……よな。


「あ、上木、いま大丈夫か?」

「はいっ、大丈夫ですよっ」

「なんで秋が出るんだよ、姉を出せ姉を」

「それが倒れちゃっているんですよ、あ、いまから来てくれれば回復しますよ?」

「何回も行けるか、秋が連れてきてくれ」


 秋は「仕方がないですね……」と滅茶苦茶面倒くさそうな声音だったものの連れてきてくれるようだった――って待て。


「なに呼んでるんだよ……」


 あくまで電話で済ませるつもりだったのに馬鹿が。

 まあいい、とりあえず家の前まで行って少し会話をして解散でいいだろう。


「あ、遅いですよ」

「悪いな、こんな時間に」

「大丈夫です、お姉ちゃんを回復させるためには仕方がないことですから」


 で、そのお姉ちゃんは玄関前の段差に座って膝に顔を埋めているわけだが。

 別れたときは普通だったのにどうしたのだろうか?

 もしかして手を握ったのが致命傷になった……とか?


「というわけで、回復させることができたら家の中に戻してくださいね」

「ああ、分かった」


 秋が戻って静かになる。

 季節的にはこれから秋というかもう秋というところになっているが――なんて考えている場合じゃないか。


「倒れていたって聞いたけど大丈夫か?」

「横に座って」

「おう」


 電話で済ませればこの少しの緊張感を味わわなくて済んだんだがな。


「純夏ちゃんの努力も無駄にはならなかったってことだね」

「そうか、聞いていたのか」

「うん、秋がスピーカーモードにしてくれたから」


 頑張れた春原さんは素晴らしい、それがあったから隆明もああなったんだ。

 以前までみたいに臆して素直になれないままだったらこうはなっていなかった。

 

「私と仲良くしたいってほんと?」


 そりゃこうなるよなと。

 その通りだからいつも通り「ああ」と答えておいた。

「そういうつもりでいたわけじゃない」とか言われるかと思ったがそうではなく、彼女はこちらにまた寄りかかりながら「そうなんだ」と。

 ……いままで気づいていなかったがこれは入浴後みたいだ。


「俺はまだ風呂に入っていないから汚れるぞ」

「いいよ」

「そもそももう帰るからさ」


 体勢を戻させてから立ち上がる。


「また明日な」

「明日から一緒に登校もしたい」

「え、そうしたら早くなるからな……」

「合わせて? 仲良くしたいんだよね?」


 こいつっ、はぁ……まあいいか。

 受け入れて今度こそ家に帰ることに。

 やはり異性と仲良くするのはいいことばかりではないと分かった日となった。




「おはよ」

「おーう……」


 そこまで物凄く早くなったというわけではないが、どう時間をつぶせばいいのか悩んでいたらあまり寝られなかった。

 まあでも、こうすれば上木がいてくれるということなら構わない。

 適当に突っ伏していたりすればSHRの時間なんてあっという間にくるだろう。


「眠たそうだね」

「中々こんな早くには出ないからな」

「うーん、あんまり合わせてもらってばかりなのも申し訳ないかな」


 ここでそんなことはないと言うのは駄目だ。

 とにかく黙って彼女が答えを出すのを待てばいい。


「部活が終わるまで待っているのと朝だったらどっちがいい?」

「それなら放課後に残る方がいい、送ることもできるし」

「……私としてはどっちもいたかったけど」


 なっ、卑怯な人間めっ。

 なんでそういうことをさらっと言ってしまうのか。


「わ、分かったよっ、朝もなっ」

「うん、ありがとう」


 ……聞かれたことは間違いだったかもしれない。

 畜生隆明め、余計なことをしてくれやがってっ。

 これからは拒もうとしても「仲良くしたいんだよね?」と言われて従う未来しか想像できなくなってしまった。


「手を貸して?」

「おう」


 こちらの手に触れつつ「もっとバスケを楽しめそうな気がする」と呟く彼女。


「楽しむのはいいけど怪我をしてくれるなよ」

「うん、気をつけるよ」

「よし、それじゃあ頑張ってこい」


 ひとり昇降口へと向かって歩きながら大げさなやつだなと呟いた。

 教室に着いてからはとにかく時間つぶし。

 SHR、昼休み、放課後、どの時間の過ごし方も変わらない。

 問題があるとすれば放課後になっても帰られないことだな。


「大手くん」

「お、今日は初めてだな」

「ちょっと話したいことがあって」

「おう、廊下にでも行くか? ――分かった」


 ああ、隆明がああ言ったことを彼女に言いたい。

 でも、そんなことはできないから俺はただ聞くだけでいいんだと片付けた。

 彼女もきっとそんな隆明のことを話したいんだろうから。


「あ、えっと……」

「ゆっくりでいいぞ」

「お礼っ、したくて……」

「それなら隆明に頼む――ああ、なるほどな」


 隆明と仲良くして付き合うというのが理想。

 それでもいま隆明と仲良くしてくれればいいと言うのは違うだろう。


「全部春原さんが頑張っただけだろ?」

「……私だけだったら隆明くんの誕生日にあそこまで楽しく過ごせてなかったから」

「結局、父さんと春原さんが頑張ったからだろ、俺はなにもしてなかったってことは家に来ていた春原さんが一番分かっているだろ」


 そんなことをしているぐらいなら隆明といてくれればいい。

 やっぱりそれが一番だ、あといま一緒にいると文句を言われかねないからな。


「部活に行けよ、全部自分が頑張った結果だろ、それじゃあな」


 俺は十九時まで寝て過ごそう。

 まあ彼女の性格的にそれっぽいことを言ってくるんじゃないかと思ってた。

 隆明との時間を楽しむためにも他の気になることは片付けておきたかっただろうから。

 俺だって世話になっていたらなにかをしたいと考えるからそれはおかしくない。


「痛え……やっぱり退屈だったなあ」


 上木と帰れるのだとしてもほぼ一瞬みたいなものだから虚しさの方が上だ。

 十九時であったとしても十六時には終わるから三時間だもんなあ……。


「お待たせ」

「おう」


 ……なんかもっと褒美が欲しい。


「上木、手を繋ぎながら帰ろうぜ」

「さっき洗ったけど……」

「いいから、あ、嫌なら嫌って言ってくれればいいから」

「手汗とか気にならなければいいよ」

「そうか、ありがとう」


 やっぱりこれぐらいしないと割に合わないよな。

 朝も合わせているんだから、む、無理やりじゃないんだし許してほしい。


「少なくとも上木より身長は高い方が良かったな、これじゃあなんか守ってもらっているみたいだし」

「私が行広くんを守ってあげる」

「きゃー、こわーい」

「ふふ、よしよし、私がいるからね」


 ……なんだこの茶番。

 まあキレずに乗ってやっている俺は優しい、うん。


「でも、馬鹿にしているわけじゃないからね?」

「もう疑ってないよ」


 もうあの子のことを忘れて前に進むべきだ。

 上木は本当にいい相手だと思う、瞳にも流石に慣れた。

 たまにそれでも煽っているんじゃ? と感じるときもあるが、魅力的な異性が近くにいてくれていることには変わらないし、自分が近くにいたいと思えているから。


「南、って呼んでいいか?」

「あ……うん、呼びたいなら」

「ほら、秋のことを名前で呼んでいるのに姉ちゃんの方を呼んでいないのはおかしいかなって思ってさ」

「いいよ」


 余計なことを言わなくていいんだ馬鹿が。

 なにいま頃になって緊張しているんだ俺は。

 俺が呼びたかったからってだけでいいんだよ。

 それで相手が許可をしてくれたのであればありがとうと言っておけばいいんだ。


「南の好みをよく知らなかったからタオルにしたんだけどさ、本当なら違う物の方が良かったかもしれないな。もう秋でこれぐらいの時間になると冷えてくるぐらいだしさ、それにタオルなんていくらでも綺麗な物を持っているだろうし」

「普通に嬉しかったよ?」

「でもさ、どうせならもうちっと南が喜んでくれるような物を買いたくてな」

「なんで? 行広くんがいてくれているだけでも嬉しいよ?」

「これからも一緒にいてもらうつもりだからな、どうせならってことだよ」


 さっさと休ませなければならないからここで解散。

 結局、寝ることが好きだということしか知らないんだよな。

 努力をしなければならないのは俺だった、というオチだろう。


「ただいま」

「おかえり、また南ちゃんを送ってきたのか?」

「……名前で呼ぶなよ、まあそうだけど」

「ふはは、可愛い息子めえ」


 うぜえ……母にばれるようなことにはならないように気をつけないと。

 夫婦になるぐらいだからふたりとも似ているんだ。

 俺に気になる異性ができたとなったらそれはもう、ふふ、ってことになる。

 面倒くさいことになるからなんとしても現状維持を貫かなければという気持ちに。

 南とは現状維持じゃ駄目だからそれもまた気をつけなければならなかった。




「純夏、早くお風呂に入りなさい」

「うん……」


 ぼうっとするのをやめて入浴を済ませる。

 普段であれば食事及び入浴を済ませるだけで気持ちがいい気分になってあとは寝るだけー!  とそうなるはずなのに、寝る前にテンションが上がるのが常なのに今日はだめだった。

 理由は分かっている、全て大手くんのせいだ。


「もー……なんでこんな……」


 上手くいって隆明くんと楽しめたのに……。

 ……このままだと寝られないから原因の彼に電話をかける。

 地味に初めてでかなり緊張したものの、それでも切らずに少し待つ。


「もしもし? 珍しいな、春原さんがかけてくるなんて」

「うん、いま大丈夫?」

「ああ、出された課題をして終わらせたところだったから、どうしたんだ?」


 こっちをもやもや状態にさせておきながらとは思いつつも放課後の続きを。


「だから言ったろ? 俺は余計なことを言っただけだ、俺がいなくたって春原さんなら自分でなんとかしていただろうからさ」

「……お、お礼をしてもらわない俺格好いいとか思っているのかもしれないけど、格好良くないからね!?」

「違うよ、あ、じゃあいいか?」

「うんっ」

「隆明と仲良くしてやってくれ、それだけで十分だ」


 そんなの言われなくてもする。

 だからそのために彼は協力してくれていたんじゃないかっ。

 なのにそれがお礼なんて……。

 男の子ってもっとなんか求めてくるものじゃないの?

 男の子=で括ってはいけないことは分かっているけど……。


「いまから行くからっ」

「は? おい――」


 電話を切って家を飛び出る。

 こうなった責任を取ってもらわなければならない。

 このままじゃ寝られなくて徹夜状態で学校に行く羽目になる。

 そうしたら部活時なんかには危ないこともあるかもしれないから仕方がないのだ。


「はーい、あ、行広なら二階にいるよ」

「ありがとうございますっ、こんな時間にすみませんっ」

「いや大丈夫だよ」


 彼のお父さんが案内してくれた。

 二階にはさすがにひとりで上がりづらかったから助かった形となる。

 部屋には一切気にせずに侵入して、ベッドに寝転んでいた彼を見下ろした。


「来たよっ」

「なにやってるんだよ……」

「さあっ、なにかしてほしいこととか言ってよっ」


 あとで落ち着いたら絶対に消えたくなるだろうけどいまはとにかく勢いを大切にする。

 彼はこちらを迷惑そうな顔で見ていたものの、体を起こして「そうだな」と考えてくれているようだった。




「いますぐに帰るとかどうだ?」

「そんなのお礼じゃないっ、もうっ、なんなの放課後から!」

「お、落ち着け、隆明と仲良くしてくれればいいと言っただろ?」


 南に対しては見返りを要求したが春原さん相手のそれはなにかしてほしくてしたわけではないのだ。

 理由は簡単、彼女は隆明を好いているから、ただそれだけのこと。

 南は俺の近くにいてくれているし求めてくれているような気がするから痛いことも要求できてしまうわけで、でもそれが春原さんってことになると変わるんだ。

 しかし、彼女が納得してくれるようなことはなく、「あーもう!」と地団駄を踏みそうな勢いだった。


「……なんかもやもやするのっ」

「そう言われてもなあ」

「……だって大手くんは見返りなしで動ける人のようには思えなかったから」


 酷えこと言われているな俺……。

 まあ実際得がなければ動いたりはしないか。

 彼女に協力していたのは彼女のためだけじゃない。

 俺が一番隆明のことを考えていなかったかもしれないが、隆明のためでもある。

 あいつにとって中学生とは触れてはならないそんな綺麗な存在だったから、それならと魅力的な異性に近づいてほしかったのだ。

 で、彼女から相談されて、多少面倒くさいところがあっても彼女は魅力的なところがあることは知っていたから協力したことになる。


「じゃあ、これからも仲良くしてくれ」

「そりゃ……大手くんだって大切な友達だし」

「ありがとう、これからもよろしくな」


 送ると言ったら今度は暴れることなく大人しく付いてきてくれた。

 もう二十一時を過ぎているが、やはり冷えるようになってきたなと。


「俺さ、隆明のこともなんだかんだで大切に思っているんだよ、だから春原さんが支えてくれたら安心できるかなって。まああくまで他の全く知らない異性と比べたらってレベルだけど、春原さんは顔だけを気に入ったとかそういうことじゃないからな」

「……一応女の私としては支えてほしいかなと」

「ああ、そういう考えは悪くない。でも、お互いにそうやって支え合えればいいと考えているからさ、だから頼むよ」


 自宅前に着いたからじゃあなと短く吐いていま歩いてきたところを再び歩き始めて。


「格好良すぎだろ俺」


 そんな馬鹿なことを考えつつ家へと帰ったのだった。

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