05話.[そりゃそうだろ]
「んー……」
「まだ本調子じゃないのか?」
「そうだな、今日は部活やめておくわ」
「そうしておけ、長引いたら馬鹿らしいからな」
今日は久しぶりに隆明と登校していた。
部活を休むということだったから放課後も一緒に帰ってもいいかもしれない。
まあ半病人だからこの前みたいにラーメン、とかって行動はできないが。
「そういえば純夏さんとはどうだったんだ?」
「喧嘩にはならなかったぞ、最後まで普通って感じだった」
「当日にくれる……んだよな?」
「そりゃそうだろ、選んだんだからな」
あげる気がないのであればあんな物を買わない。
友達になにかをあげる際に三千円以上なんて絶対に。
でも、彼女は購入した、だから不安にならなくて大丈夫だ。
SHRまでの時間をゆっくりと過ごし朝練組が帰ってきたときのこと。
「あ、あのさ」
「ん? あ、俺か?」
どこか言いにくそうな感じの春原さん。
やっぱり渡すのやめるとか言い出さないだろうな?
勇気があるのかないのかたまに分からなくなるときがある。
「大手くんはもう渡したの?」
「ああ、あの後にな」
「そうなんだ……」
ああ、本当は渡したかったけど勇気が出なかったということか。
しゃあない、上木が気にしていないのであればこちらが気にする必要もないだろうから協力してやろう。
「今週の金と土曜でいいよな? ケーキ作り」
「えっ、部活が……」
「父さんも夕方頃にしか帰ってこないからさ、そこからでいいだろ?」
そんなに本格的じゃないものを頼んでいるからそう時間もかからないだろう。
かからないのにわけたのは土曜が隆明の誕生日だからだ。
どうせなら当日に完成させた方が鮮度的にもいいから。
ある程度教えてもらえば俺らだけでもできるだろう。
俺もある程度はできるから不安にならなくていい。
「金曜は部活が終わるのを待ってるから一緒に帰ろう、でも、土曜日の部活が終わってから完成させるって感じだな。それを夕方頃に持って行く、ということでいいだろ?」
「え、あ……」
「あ、やっぱりやめたいってことだったか?」
彼女は慌てたように首を左右に振る。
良かった、父さんにもそういうつもりでもう協力してもらうつもりでいたからな。
「……この前は私が頼んだからあれだけど、どうしてそこまでしてくれるの?」
「そりゃ友達だからだろ、上木が隆明のことを気にしているわけではないと分かったし、あとは春原さんの応援とかサポートをするかなって」
「もし南ちゃんが好きだと言っていたらどうしたの?」
「うーん、その場合は難しいな、どっちも友達だからな」
そもそもの話、中学生好きが本気であるのならどちらにも可能性はない。
だから頑張れよ、なんてことは言わないようにしているが、現時点で残酷なことをしている可能性があった。
「とにかく、金曜はよろしくな」
「うん……」
「ふたりで作ってさ、隆明に『美味いっ』って言わせようぜ」
「うん、頑張る」
って待て、これじゃあ結局上木を先に招いて勘違いさせないようにする作戦は失敗に終わるじゃないか。
誕生日を知っていたのに馬鹿な人間だ、だからって招くと彼女が楽しめないよなあ……。
それに日曜日に約束しているんだから無意味なことだから。
まあいいか、彼女本人が隆明が好きなんだと言ってくれるだろう。
というわけで金曜日までの時間はゆっくりと過ごして、金曜の放課後はいつも通り教室で時間つぶしをしていた。
「そろそろ出るか」
このことは上木にも春原さんにも言ってあるからなにも問題にはならない。
「あ、良かった、まだ残ってて」
「当たり前だろ、早かったんだな」
「うん、テニス部はいつもこんな感じだよ」
十分ぐらいしてやって来た上木とも合流して帰路に就く。
「明日が隆明くんのお誕生日か」
「ああ、そういうことになるな」
「ふたりとも明日、隆明くんのお家に行くんだよね? その際は私も呼んでくれるとありがたいかな」
さあどうする?
俺としては春原さんと隆明をふたりきりにしてやりたい。
手作りケーキを一緒に食べてもらうのもいいだろうと考えて行動しているわけだが。
「上木」
「なに――あ、分かった」
「ああ」
偉い、察してくれて助かるぜ。
よし、とりあえずこれで春原さんは目の前のことに集中できるはずだ。
「行広くん、日曜日のこと忘れないでね」
「おう、迎えに行くから」
「うん、またね、純夏ちゃんも」
「う、うん、それじゃあね」
父も待っているだろうからさっさと帰ろう。
何気に冷えるようになってきているから風邪を引かれても嫌だからな。
「ただいま」
「……お邪魔します」
そういえば何気に異性を家に招くのは初めてだ。
残念ながらなにも発展しようがない彼女が相手ではあるが。
彼女は少しぎこちないながらも父の言うことをよく聞いて頑張ろうとしていた。
もちろん、俺が動くわけがない。
そんなことをしたら価値が下がってしまうから。
俺はあくまで発案しただけでその先のことの責任は取らないのだ。
だから、ただただ隆明に喜んでもらうために努力をしている彼女が素晴らしかった。
「嘘つき……」
部活から帰ってきた春原さんが急にぶつけてきた。
「そ、そう言ってくれるなよ、春原さんだけが作った物の方が喜ぶだろうからさ」
「そもそもこのことを言ってあるの?」
「ああ、作って持っていってやるってな、だから買うな、買わせるなって言ってあるよ」
まあ仮に買っていたとしても隆明なら食べてくれる。
とにかく下準備は終わっているからあとは盛り付けというか飾り付けていくだけ。
昨日父が優しく教えてくれていたし余計な口を挟まなくて十分だろう。
そして実際に十五時頃には彼女はそれを完成させた。
「ちゃんとあれも持ってきたか?」
「うん」
「行こうぜ、大丈夫、おめでとうと言ったら俺は帰るからさ」
入れ物もそれっぽい物を父が買ってくれていたから大丈夫。
量もふたりで食べるのなら現実的というか、あまり多量ではないのもいい。
あとは春原さんが頑張って作ったというのもいいことだろう。
「はい――ああ、行広か」
「誕生日おめでとう」
「はは、ありがとな――ん? あ、純夏さんもいたのか」
あまり触れないようにして彼女の背を押し、颯爽と俺はその場をあとにする。
気が利いて格好いいとすら思った、後で絶対に怒られるだろうが。
「行広くん」
「あれ、あ、いまはやめてやってくれよ?」
「行かないよ、ふたりが隆明くんのお家に行くのを待っていたんだ」
空気を読んでもらったからなあ、なにか礼をしないといけないな。
それを本当にしなければならないのは春原さんだけど、いまはそんなこと頭にないからしょうがないよな。
「いまから行広くんのお家に行く」
「明日じゃないのか?」
「え、もしかしていまから行ったら明日はなくなっちゃう?」
……少し意地悪がしたくなった俺は「ああ」と言って頷く。
彼女はどうしたものかと葛藤しているような感じだったが、「それでも」と言って曲げることはしなかった。
「冗談だよ、行こうぜ」
「あ、意地悪……」
家に着いたら彼女にはゆっくりしてもらって後片付けをすることに。
「なんで純夏ちゃんにそんな優しいの?」
「俺の友達が俺の友達を好きだってことなら協力してやりたいだろ?」
「もし私が隆明くんのことを好きでも協力してくれた?」
「まあそうだな。後悔したりしないならと言ってもらって、それだったらどっちも隆明といられるように行動したな。まあ隆明からすればあれかもしれないけど」
だって隆明のことはなんにも考えていないことになるから。
おいおいって言われると思う、裏で動いていることが分かったら。
「よし、終わり、っと」
「お疲れ様」
「ありがとよ」
ソファに座ってのんびりとする。
彼女はもうひとつのソファに座ってのんびりとしていた。
人をじっと見るような趣味はないから適当に前とか横とか天井とかを見ておく。
「上手くいく可能性は低いんだけどな」
「恋愛ってそういうものだよ」
「ああ、分かっているんだけどな、それでも上手くいってほしいものだろ?」
「うん、そうだね」
自分が関わってしまっているから尚更そう思う。
だからって同情で付き合ってほしいわけじゃない。
そんなの双方にとって幸せとは言えないからな。
「上木はそういうのないのか? 誰かを好きだとか」
「よく分からない」
「ま、曖昧なものだしな、それに大体は自分が関係しないところで起こることだし」
春原さんから隆明に対しての好意を聞いていたから協力できただけ。
仮に聞いていなくてもあれなら察することができただろうが、協力とまではいかなかったかもしれないからまあ良かったんじゃないかと考えている。
「行広くん」
「見下ろすの好きだな、あ、やっぱり隆明のところに行きたいとか?」
「違うよ、横に座ってもいい?」
「ああ、いいぞ」
やっぱりそうだ、彼女は足が長いな。
俺なんか多分、上半身の方がって感じだろうから余計に。
「いい子いい子」
「懐かしい感じがするよ」
「え? 私は何度もしたわけじゃないよ?」
「知ってる、なんか母さんにされたときのことを思い出してさ」
俺は余裕がある男だからいちいち感情的になったりはしない。
「そうだ、妹さんは元気か?」
「うん、お勉強が面倒くさいっていつも言ってる」
「はは、まあやらないと後で困ることになるのは自分だからな」
俺も受験生のときは隆明と一緒にいっぱいやったもんだ。
最後の大会でボロ負けしたから隆明はずっと「部活やりてえ」と言っていたが。
それでもやらなければならないことはきちんとやるタイプだから一緒の高校に無事合格できたということになる。
あ、ここを選んだ理由は俺も隆明も家から近いからということのみだ。
「寄りかかってもいい?」
「おう」
おぅ、け、結構重量が……。
相手は異性だから絶対に言わないが、支えるのは大変だった。
「秋が会いたいって」
「俺の悪口とか言っていなかったか?」
「……知らない」
え、なんでそこで知らないとなるのか。
その後も別の聞き方をしてみたものの、全て躱されてしまい。
「こっちに来てもらうのはあれだからそれなら上木の家に行くか」
「うん」
あの子がいてくれたおかげで上木姉が苦手と感じることも薄れたわけだし。
つか、可能性があるかもしれない唯一の異性だから大切にしたかった。
もちろん、他の男子が好きになったのなら応援するし、求めてくれば協力もする。
依存はしないようにしたかった、どうなるのかはまだ分からないから難しいが。
「ただいま」
「ようこそようこそっ、よく来てくれましたねっ」
「お、おう」
まさか玄関で待っているとは思わなかった。
もしかしたら上木が連絡をしていたのかもしれない。
……やはりやたらと距離が近いんだよな。
あと、声が大きい、怒られているわけじゃないのにびくっとなる。
「でも、私知っていますよ? お姉ちゃん以外の女の人と歩いていたことを」
「ああ、友達なんだよ」
「そうですかあ? なんかやたらと仲がいい感じが伝わってきましたけど」
「あの子は別の男子が好きなんだよ」
そりゃ恋愛関連のことがなければ普通だからそうだ。
意外と一緒にいる期間が長いからそういう風に伝わってもおかしくはない。
「あれ……あ、上木、いまから春原さんが会いたいって言ってきたんだけどさ」
「それならここに呼びなよ」
「まあ一応外でな、ちょっと行ってくるわ」
上手くいかなかったとか……そういう可能性が高いか。
上木家の前で待っていると送って数分待つ。
「あ、こっち――」
「ばかっ!」
「い、いきなりだな……」
現れたと思ったら急に罵倒。
この感じだとやっぱり……。
「楽しかったっ」
「よ、良かったな」
紛らわしいわ!
誰だって少しは問題なところもあるってことだ。
まあそういう点では安心できるかもしれない。
俺と違って人気な彼女も恋愛に関しては上手にできないということが。
「よ、良かったけど……ふたりきりは緊張するから……」
「元々そういう計画だったからな、俺としては楽しめたようで満足だよ」
ケーキのことも聞いてみたが、ちゃんと「美味いっ」と言ってくれたらしい。
ただそこはやはり春原さんというか、自分だけが作ったなんて言えなかったみたいだ。
フィギュアも方も喜んでくれたみたいだし、そんなところでヘタるなーって言いたいけどな。
「ありがとね、今回のことだけじゃなくて色々お世話になったから」
「礼なんかいいんだよ」
「それで、どうして南ちゃんの――」
「私が呼んだからだよ」
「そ、そうなんだ」
いきなり巨人が現れるとびっくりするな。
上木はこちらの頭に手を置きつつ「秋も会いたがっていたから」とも答える。
……なんか滅茶苦茶馬鹿にされているようにしか思えなかった。
「や、やめてあげなよ、なんか大手くんが怖い顔をしているよ?」
「馬鹿にしているわけじゃないよ」
「そ、そっか、まあとりあえずお礼が言いたかっただけだから、それじゃあね」
「気をつけろよ」
「うん」
春原さんが去ってから手をどかしてもらう。
「上木さ、俺のことナチュラルに馬鹿にしているだろ」
「そんなことないよ」
本当かよ……。
彼女はこちらの頭をまた撫でて「ほら」と言った。
馬鹿にしていないということが伝わってくることはなかった。
「ん……」
夕方までゆっくりしたいと言うからこうなるとは思っていた。
でも、来るなりすぐ寝るってそれはおかしいだろと言いたくなる。
まあ週唯一の完全休みだから分からなくもないが……。
「行広、ちゃんと布団とか掛けてやれよ」
「まあ掛けてるけどさ」
「あと、女の子の寝顔をじろじろ見るな」
語弊がある、側にいてと言われたからここにいるだけだ。
いいよな、こっちなんか行動を縛られているようなものなのにすやすやできてさ。
「本当に疲れているんだな」
「そうだな」
まあいいか、寝られるということは信用してくれているということだし。
離れるなと言われたものの邪魔するわけにはいかないからリビングに移動。
「いやあ、それにしても行広がふたりも魅力的な子を連れてくるなんてな」
「まあ最近はあの子のことも忘れて行動できたような気がするよ」
「でも残念だな、純夏ちゃんは隆明のことが好きなんだろ?」
「いいんだよ、複数人に好かれる必要はないんだ」
「お、じゃあ南ちゃんがいてくれればいいと?」
どちらにしても上木とぐらいしかあとは関わりがないからな。
贅沢は言わないから上木にだけは好かれたいと思っている、それが贅沢だが。
「つか、店は大丈夫なのか?」
「ああ、ちゃんとお金は貯めてあるからな」
「その割には必死に夕方頃までやろうとするときもあるよな」
「まあな、予約とか入っている場合はどうしても伸ばさないといけないからさ」
予約か、それはまたすごい話だな。
敢えて古臭いとも言える店に予約してまで来てくれるんだから。
交流って大切だよな、それでもって贔屓にしてくれる人がいるんだからさ。
「将来は継いでもらおうか」
「その前に潰れるだろ」
「は!? 潰れねえよっ」
「ははは、冗談だよ」
で、父が大声を出したからか上木がこっちにやって来てしまった。
「っと、俺はちょっと出かけてくるよ」
「あいよー」
多分、父なりに空気を読んでくれたのだと思う。
そういうのは一切いらなかったがな、ふたりきりだとどうしようもないし。
緊張するとかじゃなくて彼女はあくまでマイペースだから疲れるのだ。
寝ることを選択したのならやることがなくなるからな。
「お父さん優しいね」
「まあな、喧嘩とか全くしたことないぞ」
空気が悪くなったこともない。
母にはたまに叱られてしゅんとなっていることもあるが、少なくとも俺は父と喧嘩などをしたことがなかった。
「あ、だから行広くんもそうなのかな?」
「分からない、それでも相手を嫌な気持ちにさせないようにって行動しているぞ」
「じゃあそこは駄目だね、私は行広くんに嫌な気持ちにさせられたから」
え、いつだ? 寧ろ色々と付き合っていいことばかりだったはずだけどな。
でも、ここでどうしてそうなったのかを言わないのが彼女。
「寝たらお腹空いた」
「分かった、炒飯でも作るから待っていてくれ」
せめて理由を言ってからにしてほしかったが初めてではないから片付けて昼ご飯作りに励み、できたら一緒に食べて。
「美味しい」
「それなら良かった」
「こういうところや優しいところはいいんだけどね、それ以外が……はぁ」
それってつまり見た目とか身長とかが駄目だということなんだろうか?
それはもうしょうがないで片付けてもらうしかない。
願ったところで容姿や身長が急激にいい方へ変化するなんてありえないのだから。
「なんてね、嘘だよ」
「いいから食べろ」
「食べたらお昼寝しよ?」
まだ寝るのかよ、もう来てから三時間も寝ていたのに。
しゃあないから付き合ってやるか、手持ち無沙汰感が半端なかったし。
「はい、ここに転んで?」
「布団は上木が使えよ」
「いいから」
転ぶと勘違いかもしれないが上木の……。
とにかく気にしないで寝転んでいたら彼女も横に寝転びこちらの頭を撫でてきた。
この行為を気に入っているのかもしれない。
「いい子いい子、そうしたら今度は寝ましょうねー」
「おい……」
「大丈夫、ゆーくんなら寝られるよー」
快適に寝るためにはまだ足りないものがある。
しょうがねえ、彼女は寝てほしいみたいだしちゃんとしないとな。
「え?」
「手を繋いでいないと寝られないんだ」
「ふふ、じゃあこのままで寝ましょうねー」
なっ、……彼女に勝てる日はなさそうだ。
これは俺が真剣に動いても躱されて終わるだけなのが容易に想像できる。
それっぽい言動や態度をしているくせに残酷な人間だと思った一日となった。
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