04話.[寂しくなるよな]

「は? 熱が出て来られない?」


 どうせならと一緒に集合場所に行こうとしていた自分。

 

「おう、悪い……」

「いや、まあそれならしょうがない、なんか隆明が好きそうな物を買って帰るから安心して休んでくれ」


 だが、いなければならない隆明が熱で来られなくなってしまうのは……。

 とりあえずは困惑しつつもそれっぽいことを返しておいた。

 彼は「おう、高い物とかそういうのじゃなくていいからな」と答えて電話を切って。


「マジか……まあいい、行くかな」


 これで春原さんに怒られなくなったということだからプラスに捉えておこう。

 とりあえず間に合うように集合場所へ向かうと、


「あ、遅いよっ」

「悪い」


 結局怒られてしまったものの、無事に彼女と合流。

 ……まだ十五分前なのにとか細かいことを言わないのが秘訣だ。

 空気を悪くしたくないからな、こちらが折れておけばいい。


「隆明くんが好きそうな物はどこですか~」


 今日はご機嫌だった。

 隆明も来られていればもっと良かったに違いない。

 まあそれを言ったところで仕方がないから目的を達成した後に熱を出してしまったことを説明して家に向かわせよう。

 そうすれば少しは隆明も彼女のことを意識するかもしれないし。


「大手くんっ」

「え、なんだ?」

「もうっ、ちゃんと聞いててよっ。外で探すとお店からお店までの距離が遠いから商業施設に行こうって言ったのっ」

「おう、行くか」


 ところで、上木が好きそうな物ってなんだろうか?

 教室ではほとんど寝て過ごしているみたいだし、唯一知っていることはバスケが好きだということだけど、どうしようもないよなと。


「あ、荷物持つぞ」

「えっ? い、いいよ」

「そうか? ならまあそういうことで」

「やっぱり持ってっ」

「おう」


 後で妹にプレゼントするとか言い訳をして異性が好きそうな物を春原さんから教えてもらおうと決めた。

 とりあえずは目の前に誕生日がある隆明用のなにかを探すことの方が優先する。

 それを選び終えたら風邪の際に必要な物でも買っていってやろう。


「服とかどうかな? 運動用のシャツとかさ」

「いいだろうけど高くないか?」

「ご、五千円までならなんとかっ」

「無理しない方がいい、逆効果にはならないだろうけどさ」

「そっか……うん、大手くんの方が隆明くんのことを知っているもんね」


 待て、それこそスク水でも着させればいいんじゃ?

 それだったらまだ中学のときのが残っているかもしれないから一応言ってみる。

 まあ当然「な、なに言ってるの!?」と彼女は大慌てだったが。


「隆明はスク水派らしくてな」

「だ、だからってそんなふたりきりでなんて……」

「言ってみただけだから」


 中学生がメインの漫画やノベルなんか知らないからそういうのも選べない。

 あいつはまじでなにがいいんだ……と、俺は滅茶苦茶悩んでいた。


「そうだ、春原さんは手料理を振る舞うとかは?」

「うぇ、わ、私は調理とかできなくて……」

「じゃあやっぱりスク水かなあ……」

「む、無理無理無理!」


 よし、俺はタオルでも買ってやることしよう。

 毎日替えなければならない物だから何枚あっても困らないしな。

 いまは百均のやつでも十分いい物があるがブランド物にした。


「やっぱりアシッ○スだろ」

「え、私はミズ○派だけどな」


 こういうときは「そうなんだ」で済ませておくのが一番。

 いいんだ、俺はこのメーカーを好いているというだけでな。


「そうだ、俺の父さんは調理能力が結構高いんだけどさ、教えてもらいながらケーキを作ってみたらどうだ?」

「ケーキか、確かにお誕生日には必要だよね。でも、市販の物の方いいって言われるに決まっているよ……」

「そんなことはない、誰かが自分のために慣れないことをしてまで作ってくれたってことがいいんだよ」


 あれでいて面倒見がいい親だし、近くで指示をしてもらえば失敗するということもないはず。

 教習車みたいなものだ、間違えてもちゃんとブレーキを踏んでくれるから問題はない。


「それでいいか?」

「あ、でも、なんか残る物をあげたいかなって……」

「そうか、それなら探しに行こう、俺はこの通りもう選び終えたわけだからな」

「うん……」


 いやでも地味にこのタオル高かったからな、一枚で千二百円超えだしな。

 隆明からすれば安いかもしれないがまあ気持ちだ気持ち、なんにもないより遥かにマシだ。

 しかも彼女だってなにかをくれるということなんだから、俺からのなんか正直どうでも良くなるはずだから。


「あ、ホビーショップだな」

「私、こういうのって全然分からないんだよね」

「隆明はフィギュアとか好きだぞ、もちろん異性のだけど」


 ちなみに俺もこういうのを集めたいとは思えない。

 ホビーショップ=フィギュアとかばかり、というわけではないが。


「フィギュアか、高いんじゃなかったっけ?」

「小さいのなら三千とかで買えると思うけど、やっぱり高いよな」

「ううん、ちょっと見に行こ」


 隆明が好きなアニメぐらいなら分かる。

 だからそれに出てくるキャラを紹介してみたりもした。


「あ、これ可愛い」

「ちっこいやつだな、それでもちょっと高いけど」

「あ、持っていたりしないかな?」

「隆明に確認していいか? どうせなら春原さんも喜んでほしいだろ?」

「うん……それはいいけど」


 店内で撮影するのもあれだったからネットで調べてスクショして送信。


「あ、持ってないだってさ、あと可愛いだって」

「そうなんだっ、これにしようかな……」

「それであとはケーキも作ってやれば間違いなく喜ぶぞ」


 これにしたって三千円超えと高いから止めるべきなのかもしれない。

 だが、喜んでくれそうな物が見つかって少し安心したような顔をしていたから中々言いづらかった。

 それにもうこれぐらいしか思い浮かばないから。


「あ、そういえば大手くんに持ってもらっていたよね」

「そうか、財布か」

「うん」


 あとはどう自然にあれを切り出すかだ。

 別に俺らの家族構成なんか知らないんだから適当に妹とか姉のためにだとか言っておけばいいんだけどさ。


「良かった」

「おう、良かったな――で、なんだけどさ」

「うん? あ、お財布しまってもいい?」

「おう」


 いや、隠す意味がないな、普通に言ってしまおう。


「南ちゃんが好きそうな物か、私も南ちゃんのことを多く知っているわけじゃないからね……」

「だよな……」

「それこそタオルでいいんじゃない? 私も運動部だから分かるけど、汗ってどの季節でもいっぱいかくからさ」

「まあそうだな、タオルぐらいだったら仲良くない俺からでも受けってくれるよな」


 誕生日プレゼントなどと言わなければいいのだ。

 俺がするのは一緒にいてくれてありがとう的なもの。

 タオルでいいな、誰であっても使う物だし。

 先程の店舗に戻って今度は違うメーカーの物にした。

 ……隆明と色違いとかなんか使用してほしくないしな。


「よし、ケーキの材料とかは一日とか二日に買いに行くとして、あとはジェルシートとかを買って帰ろう」


 ちゃんと連絡もしておかないとな。

 別にホールとか大きいのじゃなくていいんだ。

 あくまで彼女が頑張って作りましたよー的なものが出せて、伝わればいい。


「ん? なんでジェルシート?」

「隆明が今日熱を出してな」

「えっ、そうだったんだ……」

「だから春原さんが見舞いに行ってやれば落ち着くだろ、早く買って行こうぜ」


 が、意外にも動こうとはせず。

 こういうときは間違いなく「早く言ってよっ!」と怒ってひとりで行くところだと考えていたのだが……。


「多分、お家にあると思う、だから行く必要はないよ」

「大丈夫、そのときは春原さんに任せて帰るつもりだからな。もちろん、そういう代金は俺が払うから心配しなくていい、高かったもんな」

「そうじゃなくてさ、確かに心配だけどお母さんとかが――」

「ああ、日曜日は必ず出ることになってて家に両方いないんだよ。で、俺が風邪を引いたときなんかには男とか関係なく寂しくなったりするものだからさ、隆明も程度の差はあっても変わらないと思うんだ。そんなときに普段一緒にいる春原さんが行ってあげたら落ち着くだろうからさ、だから頼むよ」


 俺はどういうポジションの人間なのかと笑えてくるがな。

 でも、言いたいことはちゃんと言えたからどうでもいいか。


「ほら、ドラッグストアもこの中にあるからさ」

「うん……」


 常備してあるだろうから購入したのは数点だけ。

 あまり多くても逆効果にしかならないからこれもまた気持ちだけでいいのだ。


「ほら、ここが隆明の家だ、これを頼んだぞ」


 帰り道はずっと喋っていなかったが荷物を返して「それじゃあな」と残して。

 俺はそのまま上木の家に行く、これを渡しておかないと気恥ずかしいから。


「はーい、あっ、この前のっ」

「あ、姉ちゃんを呼んでくれないか?」

「分かりましたっ」


 数分が経過した頃、眠そうな感じの上木が出てきてくれた。

 思いきり部屋着って感じがするから少し申し訳ないと考えつつもタオルを渡す。


「え?」

「これからも友達でいてもらうつもりだからな」

「え、くれるの? あ、もしかして誕生日を聞いてきたのってこれのために? ――あ、いや、ありがとう、タオルは本当によく使うからいっぱいあると助かるからね」


 良かった、男心を少しは分かってくれているようで。


「それじゃあな」

「あ、待って」

「お?」


 彼女はまた「待ってて」と残して家の中に入った。

 もう筋トレの本はいらない、あれは初心者向けじゃなかったから。

 ネットを探せばいくらでも初心者向けの記事があるからそっちを頼る。

 もっとも、筋トレなんかしていないからどちらにしろ意味はないわけだが。


「はい」

「え?」

「上木あきですっ、よろしくお願いします!」

「え?」


 いや、会わせてやってほしいのは隆明に対してであってだなと困惑。

 無難に自己紹介しておいたが、とにかく妹さんは元気いっぱいだと分かった。


「行広さんっ、お姉ちゃんと仲いいんですかっ?」

「あー、まあ悪くはないな」

「おお! そのまま仲良くしてあげてくださいねっ」


 あと、これだったら上木の方がいいということも分かった。

 テンションが高いのはいいのだが、それはそれで相手をするのが大変だから。


「ささっ、上がってくださいっ」

「え、もう帰ろうと思ったんだけど……」

「まだお昼なんですからいいじゃないですかっ、さあほらどうぞ!」


 ああ、同級生が上木姉の方で良かったー。

 多分拒んでも意味がないから大人しく上がらせてもらうことに。

 リビングに招かれ、ソファに座るように言われたからこちらも大人しく座る。


「ごめん、なんか秋が会いたがっていたから」

「そうか、それならいいんだ、上木が勘違いして俺が妹さんと会いたがっているみたいなことを言っていたら嫌だったからさ」

「秋ですよっ、丁度いま頃の!」


 くれた飲み物を礼を言ってから全て飲み干して。

「おおっ、いい飲みっぷりですねっ」と言われ、なんか接待されている気分になった。


「ところで、お姉ちゃんのこと名字で呼んでいるんですね」

「ああ、俺らは知り合ったばかりだからな」

「それなのにプレゼント、ですか?」

「ああ、まあ貴重な友達だからな」

「あ、もしかして……」


 ひとりってわけじゃないと説明しておく。

 隆明がいてくれているし、なんなら春原さんだって友達だと言ってもおかしくはないレベルだと思う。

 寧ろ上木相手よりとも一緒に時間が長いからな。


「試しに南、って呼んでみましょうよ」

「それは本人が許可しないとな」


 仲良くならないと違和感が出てくるからということでしていない。

 決して過去に恥ずかしい思いをしたとかではなく、何故かそうなっているからこれはもうどうしようもないことなんだ。


「お姉ちゃん」

「やだ……」

「え? なんでっ?」

「……だってなんか恥ずかしいから」

「えぇ……」

 

 これはまた珍しい感じだ。

 名前は呼ぶが呼ばれるのは恥ずかしいってこともあるのかもな。

 俺は普通にそのままにさせているから相手がする分には構わない。

 でもまあそれは人によって違うから責められることじゃないんだよ。


「じゃあ秋って呼んでくださいっ」

「いや……」

「お試しですから」

「じゃあ……秋」

「はいっ、上木秋ですっ」


 今度は絶対に隆明を連れてこようと決めた。

 多分気に入るはずだ、そしてあっという間にこっちに笑顔を向けることはなくなってくれることだろう。

 距離が近くて難しいんだ、隆明だったらそこら辺も上手く対応できるからそれがいい。


「行広くんが困っているから離れて」

「はーい、勉強をしてくるね」

「うん、頑張って」

「頑張れよ」

「はいっ、ありがとうございます!」


 絶対に後で悪口祭りだろうな。

 あんな男と関わるなーとか、お姉ちゃんより小さい男とか情けないとか。

 俺の考えていることはともかくとして、上木的には確かに俺といるよりも隆明とか他の男子といる方がいいんだよなと。


「そろそろ帰るよ、あんまり異性の家に居座るのもあれだしな」

「え、まだいてくれればいいのに」

「と言われてもな、なにかすることとかあるか?」


 せっかくの休日なんだからゆっくりしてほしい――って、その休みに来たお前が言うなよって話だが。


「肩を揉んであげるよ」

「それなら俺が揉んでやるよ――って、触れられないけどな」

「いいよ、届くのならだけど」

「座ってれば届くよっ、いや、座ってなくても届くよ!」

「ふふ、その必死な感じが可愛い」


 ぐぅ、はっ、いかんいかん、余裕がある男がなにをやってる。

 本人から許可を出ているんだから一切気にせずにやってさっさと帰ろう。


「硬いな」

「うん、疲れるからね」

「お疲れさん、よく毎日できるよな」

「好きだからね。でも、身長が高いのはやっぱり色々な影響があるなって」

「まあそうだろうな」


 どうしてもいいところばかりを意識してしまいがちだが、実際にそうなってからじゃないと気づけないデメリットというのもあるんだろう。

 彼女は身長が高いから服とかもサイズがなさそうだし、それぐらいになると可愛さより着られる物優先になるだろうから微妙かもしれない。


「気持ちいい、こういうことを誰かがやってくれるわけじゃないから嬉しいよ」

「まあ家族以外は触れづらいだろ」

「じゃあ行広くんも?」


 真っ直ぐに聞いてきやがって。

 やっぱり男心を分かっていないなこれは。


「そりゃそうだ、煽られたからなんとかできているだけだよ」

「ごめん」

「いやいいよっ、変に謝られたら困るだろっ」


 やっぱり上木は苦手だ……。


「そういえばお買い物に行っていたんだよね? ひとりで行ってきたの?」

「いや、春原さんと隆明のプレゼントを選びにな」

「なんで誘ってくれなかったの?」


 どうしてってそりゃ恋愛関連のことで間違いなく怒られるからだ。

 隆明のことを好きだと知っているのだから大体は察することができると思うが。


「本当は隆明本人を連れて行って現地で別れるつもりだったんだ、でも、今日に限って風邪を引いてさ、だからまあ約束通りふたりで行ってきたわけだな」

「……初耳なんだけど」

「俺が言わないようにしたんだ、春原さんもほいほい話されたくないだろうしな。あと、隆明にそういう意味で興味があるわけじゃないんだろ? だったらあんまり不安にさせるようなことをしないでやってほしくてさ。いや、こんなことを言っているけど、上木が悪いわけじゃないから不安にならないでくれな」


 やめて距離を作る。

 彼女はどこか納得のいかない、というような表情を浮かべていた。


「分かったよ、今度はちゃんと言うから」

「それよりもお願いしたいことがあって」

「なんだ? 俺にできる範囲でなら付き合ってやるぞ?」


 どうせ部活が終わるまで待っていたりするんだし。

 今更なにかが増えたところで負担が増えるというわけでもない。


「日曜日は行広くんのお家でずっと過ごしたい」

「泊まりたいってことか?」

「ううん、夕方頃までゆっくりさせてくれればいい」

「いいぞ、それならそういうことにしよう」

「ありがとう」


 日曜は必ず父もいるから問題もない。

 それに春原さんが父に協力してもらってケーキ作りをし始める日よりも前に彼女を連れて行くことは悪いことじゃない。

 多分、違うと言っても聞いてくれないだろうから。

 あの子が好きなのは父も知っている隆明だ。

 隆明から変わることはあっても、こっちにとは絶対にならないんだから勘違いしてほしくなかった。


「じゃあな、ちゃんと休めよー」

「うん、またね」


 一応隆明に連絡をしてみると春原さんはちゃんと来てくれたということだった。

 良かった、家の前でヘタって帰宅、なんてことにならないで。

 付き合いたいなら勇気を出さなければ駄目だ、臆している場合じゃない。


「え? 来いって……別にいいけどさ」


 家に帰る前で助かった。

 上木家からは近いというのも大きい。


「よう……」

「どうなんだ?」

「ちょっと微妙だな、まあ上がってくれ」


 やっぱり同性の家ってのは落ち着くものだ。

 他に誰かがいるというわけでもないから気にする必要はないし。


「さっき純夏さんが来てくれてジェルシートとかもくれてちょっと楽になったんだけどさ、移したくないから帰らせたら寂しくなっちまってな、はは……はぁ」

「そうなのか? まあそうだよな、男でも関係なく寂しくなるよな」

「ああ、こんなのは初めてだけどな」


 もう言ってあるから今日渡しておくことにする。


「ほら、ちょっといいやつなんだぜ」

「おお、ありがとよ」


 この様子だと春原さんはまだ渡してないみたいだ。

 渡していたのだとしたら絶対に分かりやすいところに置いておくはずだからな。


「行広……なにか作ってくれ、腹が減ったんだ」

「おう、台所借りるぞ、食材も少し使用させてもらうからな」


 彼の両親が共働きで良かったと思える一日となった。

 まあ、流石に隆明には一階にいってもらったが。

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