02話.[付いていくだけ]

 日曜日。

 いいのか悪いのか晴れてしまった。

 なので集合時間である十三時に合わせて外へと出たのだが。


「来ないな」


 もう十三時半なのに誰も来ない。

 時間や集合場所を間違えたかと思って確認してみたが、確かにここが指定されている。


「ごめん、遅れちゃった」

「気にしなくていいぞ、隆明も春原さんもいないわけだからな」


 メインがいなければ意味がない。

 なにをやっているんだと連絡をしてみたら『ちょっと遅れる』と既に遅れているのに追加をしてきた。


「ねえ、どうして私だけ呼び捨てなの?」

「あ、そういえばそうだな、悪い、上木さんって呼ぶよ」

「別にいいけどね」


 ふたりはそれでも十四時ぐらいに来てくれたから文句を言わないでおいた。

 全て隆明と春原さんに任せる予定だからなにも言わずに付いていくことに。


「四人だったらなんか運動ができる場所がいいかもな」

「え、せっかくお休みなのに……」

「あ、買い物とかがしたかったとか?」

「そりゃ……うん、みんなで見て回るだけでも面白いかなって」


 お、今日は自然に喋れている。

 多分すぐにいつも通りに戻ってしまうだろうが、悪くはない感じだ。

 隆明も彼女のそれを優先して行動することにしたらしく、早速行きたいところに向かって歩き始めた。

 ……にしても、俺の横を歩く上木が大きくて圧が。

 しかもなんで俺が内側なんだよ、男が外側を歩くべきだろうよ。


「あ、大手くんたちも行きたいところがあったら言ってねっ」

「今日のメインはあくまで春原さんだからな、俺は付いていくだけだ」

「私も行広くんと同じ、付いていくだけ」

「そ、そっか、じゃあ……付き合ってもらおうかな」


 流石に「中学生だぞっ」と盛り上がることはしないようだった。

 一応、嫌われたくないという気持ちがあるんだろう。

 それどころか今日はまともというか、きっと彼女からすれば好印象だろうなと。


「行広くん、歩く速度は速くない?」

「……馬鹿にしすぎだろ」

「疲れてほしくないからだけど」


 余計なことを考えるのはやめよう。

 恐らく煽っているつもりはないのだ。

 本当に相手のためを思って口にしている。

 だからこそそうやって無垢な表情ができるのだ。

 大体、男がそんな小さいことでいちいち感情的になっていたら終わりだ。

 余裕を見せないとな、……どこまでできるのかは分からないが。


「や、やっぱり大泉くんが行きたいところにしようよっ」

「それなら春原さんが行きたいところかな」

「え、だから……」

「いいんだよ、付き合うから」


 今日なにかいいことがあったなこいつ。

 対する彼女はたじたじ、横にいる大きな女子は真顔。

 なんか歪なパーティだった、隆明がいてくれて良かったと思える場面だ。


「もしかして春原さんって」

「言ってやるな」

「そうだね」


 意外と察する能力が高いのか、単純に彼女ががばがばなのか。

 とりあえず最初に選ばれた店は服屋だった。

 どんな服装が好みなのか聞くかと思えばそうではなく、ひとり黙々と少し赤い顔で見始めただけだ。


「あー、隆明って異性がどんな服を着ていたら可愛いと思う?」

「俺か? うーん、あんまり無理していない感じの方がいいな。あと、派手すぎない方がいい、シンプルな物が結局一番なんだよ」

「なるほどな、俺は意外とメイド服とか好きだけどな」

「メイド服は無茶だろ、コスプレしてくれる女の子が多いとは思えないしな」


 もちろんメイド服趣味なんかない。

 流石に付き合わされたのになにも進展しなかったら嫌だからしたまでのことだ。

 俺も同意見、気に入った異性であればおしゃれでもださくても魅力的に見えるものだし。

 まあ異性側としては気になった人間に気に入ってもらいたくて力を入れたくなるところだろうが、力が入りすぎても逆効果になることを知った方がいい。

 化粧も濃すぎなくていいし、髪とかだってばっちり決めなくていいんだ。

 好きになるとすればそういうところじゃないだろうからな――って、実際は面食いとか髪の毛が綺麗だからとかで好きになる人間もいるからどれが正しいのかなんて言えるわけではないが。


「この中から春原さんに似合っているものを探そうぜ」

「お、勝負か? いいな、受けて立つぞ」

「よし、あんまり長居してもあれだから時間は十分ぐらいにしよう」

「分かった、俺の方が絶対に春原さんに似合うものを探し当ててみせるぜ」


 俺は半ばぐらいのあれで探し始めた。

 隆明が彼女のために動いてくれればそれでいいから本気になる必要はない。

 要は焚き付けてやればいいのだ。

 ただ、彼が好きになる可能性というやつは低いから、いいのか不安になってくる。

 結局、彼女といさせればいさせるほど、彼女は期待してしまうわけなんだからな。

 あれだけ付き合ってくれたのに好きではない、ってことにもなりかねない。

 そうしたら俺も悪いということになるわけだし、うん、気をつけなければな。


「お、このスカートいいな」


 ……ひらひらしたものが好きなのは本当なのかもしれなかった。

 そのスカートをベースに似合う服を探していく。

 こういうのは考えれば考えるほど難しくなるし、なにより勝ちたいわけじゃないから近くにあった白色の服にした。

 白と白で着ていたら眩しそうだけど、似合うんじゃないかなって。


「行広くんってそういうのが好きなんだ」

「春原さんはテニス部だからさ、なんか似合っている感じしないか?」

「詳しいんだね」

「自分で言っていたからな、知ろうと探ったわけじゃないぞ?」

「私だったらどんなのを選んでくれるの?」


 上木のか、大きいから中々に難しい問題だ。

 そのことを強調するとデリカシーがないと言われてしまうかもしれないから、サイズが大きくて良さそうなものを探すことにした。


「これとかどうだ?」

「シンプルなのがいいんだね」

「服とか俺は無頓着だからな、着られればいいって考えでしかないからさ」

「私も同じだよ、だから何年も着ちゃう」

「いいだろ、愛着も湧くってもんだ」


 商品を持ってうろうろしていると疑われるから隆明のところへ移動。

 何気にふたりで見ていたらしく、余計なお世話だったなと反省。

 なので、これはなかったことにして戻しておくことにした。

 大体、お前からのなんてどうでもいいわ、って話だもんな。


「あれ、よかったの?」

「いいんだよ、邪魔したくはないからな」

「そっか」


 意外だったのは彼が選んだそれを彼女が購入したことだ。

 ここだけで一万円近くの消費、色々と我慢し続けてきた結果なんだろう。


「つ、次こそは隆明くんが行きたいところねっ」

「俺か、俺だったらゲームセンターとかかな、それなら男女どっちも楽しめると思うからさ」

「分かったっ」


 正直に言おう、俺らの存在は必要なかった。

 もう彼女は彼しか見えていなかったし、彼もまた彼女を楽しませようと行動していたから。

 つかなんで名前呼びになってんだよ……。


「上木、俺らは帰るか」

「え、なんで? 最後まで付き合わなきゃ駄目だよ」

「そう言われてもな、あれで残る必要があるか?」

「約束でしょ? ちゃんと守らないと」


 もっともだが……。

 まあ最後まで黙って付いていくと決めていたんだから守るか。

 次からはふたりで行かせればいいんだ。


「行広くん」

「えっ?」


 ゲームセンター内はとにかく音が大きいから近くにいても聞こえづらい。

 俺の名前を呼んでいることはすぐに理解できたから構わないが、彼女はここでも声が小さいから合わせてほしいものだと思う。


「あのゲームで遊びたい」

「行ってくればいいだろ?」

「行広くんも来て、背後に知らない人がいるのは怖いからさ」


 まあいいか、見ているぐらいなら俺でもできるし。

 つか、知らない人レベルだと思うけどな、俺って。

 今回のこれだって春原さんが誘っていなければ来ていないわけだから。


「もっと近くに来てよ」

「え? ああ、近くに来いってことか」


 あんまり近すぎても疑われるから難しいな。

 先程よりも一歩踏み込んで突っ立っていることにした。

 お客は多いものの、ここら辺を使用する人間がいないから無意味なことだが。


「疲れた」

「お疲れさん」

「荷物持って」

「まあいいけど」


 それからも付き人みたいなことをやらされて一時間が経過。

 ……こうして別れているぐらいなら結局いる必要ない気がするんだ。


「ふたりとも楽しそうだね」

「邪魔をするのも悪いから帰ろうぜ」

「駄目だって」


 なるほど、上木も可愛いところがあるじゃないか。

 つまり隆明のことが気になっているんだな? ふっ、素直に言えばいいものを。


「隆明、上木の相手もしてやってくれ」

「そうだな、みんなで来ているんだからな」


 春原さんには悪いが、春原さんだけの味方というわけでもないししょうがない。

 俺が荷物を持っているのもおかしいから隆明に持ってもらう。


「……大手くんのばか」

「しょうがない、上木も興味を抱いたみたいだからな」

「えっ、そうなんだ……」


 誰かを贔屓しているわけではないし、決めるのは結局隆明だからな。

 そういうのが嫌だったら次からは誘わなければいいんだ。

 裏切り者程度に扱ってくれると助かる、意味のないことをしなくて済むから。


「ちょっと休憩するか、ちょっと疲れたからな」

「アイス食べたい」

「私はパフェかな……」

「似たような物だからどっちも食べられる店に入るか」


 やっぱり甘いものが好きなんだなと。

 窓際に春原さん、中央に隆明、通路側に上木と座らせ、俺は対面側にひとり自由に着席。

 一応、少しは彼女のことを考えて行動してやったつもりだ。

 無理やり三人で座っている分、密着率も上がるわけだしいいだろう。


「なんでこっちは三人なんだ?」

「そんなの決まってる、その方が絵面がいいからだ」

「いや行広だって見た目は……いや、やっぱりやめておこう」


 なんでそこでやめちゃうんだよ……。

 文句を言っても仕方がないからささっと頼むものを決めて待機。

 片方はどこか緊張している感じだったが、メニューを一緒に見られて嬉しそうだった。

 もう片方にはこちらのメニューを渡しておいた。

 すまん上木、一気にどっちも得するような作戦を考えてやれなくて。

 隆明はひとりしかいないからどうしようもないことだと片付けてほしかった。




「今日はこれぐらいかな」

「そうだね、これ以上は暗くなっちゃうし」

「ああ、明日は学校だからこれぐらいで解散が一番だな」


 こういうときになんでも口にして動かしてくれるのは助かる。

 ちゃんと言えない者同士が集まると本当に厄介なことになるから。


「やだ」

「「え?」」

「ま、まだ早いよっ、だって十七時だよ? まだ三時間しか遊べてない……」


 遅れたのはふたりだけどなとツッコミたくなったが我慢。

 どちらにしろ条件は達成しているわけだから、解散にならなくても俺は帰らせてもらうつもりでいるが。


「行広はどうする?」

「俺は帰る、ちゃんと約束は守ったしな」


 流石にこれ以上は付き合いきれない。

 つか、俺が間違いなく空気の読めない邪魔な人間だったわけだし。

 悲しいよな、休日を使ったのにそれってさ。


「上木さんは?」

「まだ遊ぶなら私は大丈夫だけど」

「よし、それならもう少し遊ぼうか。行広、今日はありがとな」

「いや、なにができたわけじゃないからな、それじゃあな」


 凄えナイスアシストだろこれ。

 きっと月曜日には滅茶苦茶感謝されるんだろうなと考えていた自分。


「座ってっ」

「え」

「いいから早くっ」


 空き教室の椅子に座らされて困惑。

 もう放課後なのにいいのだろうか?


「……なんで南ちゃんも残したの」

「え、そりゃ本人が残るって言ったからだろ? 大体、連れて行ったのは春原さんだぞ?」

「……気になっていることを知っていたら連れてこなかったよっ」


 どうしよう、俺が勝手にそう妄想しただけなんだけど。

 今更、あくまで俺の妄想だったんだ、なんて言えないしな……。

 言ったら多分言葉の雨が降ることになるし。

 いや、やっぱり言っておこうか。


「えっ、あくまで妄想っ?」

「あ、ああ、やたらと帰ったら駄目だって上木が言うからさ、上木も隆明に興味があると思ったんだよ」

「な、なな、なんでそんな確かでもないことを言ったのっ」


 で、でけえっ、声がでけえ!

 鼓膜が破れるかと思った、間違いなく聴力に悪影響が出ていると思う。


「そ、それなのに私は……協力してくれた大手くんに八つ当たりをしちゃったということになるのっ?」

「まあそのことに関しては気にしなくていい、なにもできていないからな」


 それよりと話題を変える。

 どうだったんだ、楽しかったのか? と。


「うん、楽しかった、やっぱり優しくていいなって」

「はは、隆明もそう言ってもらえて嬉しいだろうな」


 彼女はどこかうっとりとした表情を浮かべながら椅子に座る。

 放課後なのにいいのか、なんて野暮なことを言ったりはしない。

 テニスも好きだけど同じぐらい隆明が好きだということなんだろう。


「いいなあ、大手くんならなにも気にせずに話せるもんね」

「俺だったら好きになれなかったんだからいいだろ」

「分かってるよ、可愛くないなあ……」


 気づけば俺に冷たくなっている気がする。

 逆に隆明と対するときは冷静に対応できるようになったおかげか滅茶苦茶柔らかい態度になったし、……損ばっかりだなおい。


「というか、乙女みたいだな」

「乙女ですからっ」

「春原さんのことが好きな男子からしたら悔しいだろうな」

「知らないよ、私だって好きな人といたいもん」

「別に責めてるわけじゃない、俺も一応男子だから分かるんだよ」


 俺も高校生の内に恋というやつをしておきたい。

 社会に出てから縁があるとは思えないし、異性が当たり前のように近くにいてくれているいま頑張っておかなければならない。

 でも、俺のことを気に入ってくれる人間がいないからなあ。

 近づいてきてくれる女子も全て隆明目当て、どうしようもないな。

 それに自分で決めたアレがあるし。


「あ、部活に行かなきゃ」

「頑張れよ」

「うんっ、ありがとう!」


 良かった、これで責められるようなこともないだろう。

 俺の妄想というか想像では隆明のことを気に入っているはずなので、上木が俺のところに来ることもないと思う。

 まあいいんだ、俺はあの子と話せない限りは恋をすることも不可能なんだし。

 ……それがなくても不可能なんてことは置いておく。


「帰るか」


 無駄に居残っても意味がない。

 だからさっさと外に出てなんとも言えない気温の中歩いていた。


「行広くん」

「あれ、部活はいいのかよ?」

「それより行広くんにお願いしたいことがあって」

「あ、隆明とふたりで遊びに行きたいのか?」

「え? なんで隆明くんの名前が出てくるの? 私が言いたいのは連絡先を教えてほしいってことだけど」


 それぐらいで部活をサボってくるなよ……。

 それなら午前中とかに来ればいいものを。

 外でとかじゃないと教えてくれないなんて考えているのだろうか?


「はい、書いたから」

「うん、ありがとう」

「部活、頑張れよ」

「うん、楽しんでくるね」


 楽しもうとするところはいいところかもな。

 俺なんか中学のあれだけでうへえとなったぐらいだし、努力できるのは普通に素晴らしいことだと思う。

 ぜひともこれからも頑張ってほしいと偉そうに考えた。




「意外と送ってきたりするんだな」


『よろしく』だけで終わると思っていた自分だったが、実際はそうではなくやり取りが続けられていた。


「電話か、まあ打つの面倒くさいからな、いいぞ、と」


 まだ風呂に入れていないからあれだけどしょうがないな。

 それにあの瞳を見ることにならなければ普通に話せるわけだし。


「もしもし?」

「あ、私」

「お、おう、分かっているけど」


 他の異性が電話をかけてきていたらびびるわ。

 ん? というかこの音って……。


「もしかしていま……」

「うん、お風呂に入ってるの」

「は? ということはずっとそこで?」

「うん、長時間入る派だから」


 なるほど、時間つぶしに使われているだけか。

 俺は初じゃないからな、だからって驚いたりはしない。


「あ、ちょっと待ってて」


 なにかの写真を撮る音が聞こえてきて、それからすぐに画像が送られてきた。


「ほら、ふくらはぎの筋肉もがっちりしているんだよ」

「ほー」


 白いな、なんで男子と女子というだけでこんなに違うのか。

 同じ日本人なのになんでなのか、大抵の男の足なんて汚いだけなのに。


「太もももね、スポーツをしない子と比べて――」

「待て、それは流石にやめろよ?」

「なんで?」

「際どすぎるだろ、気をつけろよ」

「あ、えっち」


 語弊がある。

 そもそもふくらはぎだろうが撮影してそれを送るなんて女子がしていいことじゃない。

 相手が親しくないなら尚更のこと、心配になってきたぞ。


「というかさ、どうしていきなり交換ってことになったんだ?」

「純夏ちゃんとしたから」

「隆明ともだろ?」


 隠さなくたっていい、別に傷ついたりはしないさ。

 これまでもこれからも、あんな変態でも隆明の方がモテることには変わらない。

 だから醜く嫉妬するのではなく「すげえな」と感心しておけばいいのだ。

 俺は余裕がある人間なんだ、リア充爆発しろとか言わないんだよ。


「ううん、断じてしてないよ」

「まあ気になっている人間には頼みづらいか」

「放課後もそうだったけど勘違いしているよね」


 最近は変わってきているとはいえ春原さんがそうだったから分かるんだ。

 仲良くしたいのに勇気が出ない、仮に相手がいてくれても素直になれない。

 好きな異性ができたら俺でも上手く話せなさそうだから責めるつもりはない。


「学校だと疲れて行く気がなくなるからこうしてお話ししたかったの」

「あ、別に責めているわけじゃないからな?」

「うん、それは分かってるよ」


 その後も続けたものの、悪い雰囲気になることはなかった。

 ただまあ、風呂にずっと行けなかったことは気になることだったけどな。

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