ラスボス?

夏野資基

ラスボス?

 国王の勅命を受け冒険へと旅立った私:佐藤と人類最強の魔法士:山田くんは、紆余曲折ありながらも、遂に魔王を討ち倒す。極度の暑がりゆえに世界全土を凍土へと変えてしまった魔王:冬将軍の支配から、ようやく人類は解放された。

 私は魔王城の大広間で、巨大な砂時計を見上げる。あとはこの、時が止まった砂時計──冬将軍が造り上げ、冬将軍の死後も世界全土を凍土に保ち続けている、恐ろしい魔動装置だ──を破壊するのみとなった。私は砂時計に向かって、退魔の大剣を振り上げる。この砂時計の破壊をもって、百年以上続いた長い冬の時代が終わり、遂に世界は春を取り戻すのだ。

 というのに、稀代の魔法士:山田くんが砂時計の破壊に待ったをかけた。その前にやるべきことがあるのだと言う。どうしたのだろう。まだ何処かに敵が潜んでいるのだろうか。

「佐藤さんが好きです! 僕と付き合ってください!」

 いきなり山田くんに告白されてしまった。

「それは砂時計の破壊よりも先に解決すべき問題なのか?」

「イエス。めっちゃ大事」

 普段どおりの軽い調子で私の質問にそう答えた山田くんは、実のところ非常に優秀な魔法士である。その判断は、常に適切で無駄がない。だから今回の告白にも、何か理由があるのだろう。

 しかし、告白。告白か。私は困惑する。幼少期から剣の鍛錬にばかり励んでいた私には、『好き』も『付き合う』も、よく分からないのであった。

「僕の人生ってさ、ずっとつまんなかったんだよね」

 話の途中なのに別の話が始まった。山田くんの悪い癖だ。でも、その飄々ひょうひょうとした話ぶりは山田くんらしくもあって、嫌いではない。

「魔法の才能に恵まれすぎちゃったせいでさ、好きでもない魔法をずっとやらされてきたんだよね。魔王を倒すために。今まで、ずーっと」

 佐藤さんも同じでしょ? 人類最強の剣士である、佐藤さん。

 そう言って笑みを浮かべた山田くんが、私に同意を求めてきた。私は頷く。正解だ。私も、なまじ剣の才能があったばかりに、幼少期から好きでもない剣の鍛錬ばかりさせられてきた。魔王を倒すために。それこそ、『好き』や『付き合う』について、考える暇すら無いほどに。

「僕はさ、今回の旅がすごく楽しかったんだ。佐藤さんと喋ったりご飯を食べたりしてただけなのに、今までの人生で一番楽しかったんだよ。魔王を倒して終わらせるのが、惜しいくらいに」

 これって佐藤さんが『好き』ってことだと思うんだよね、と山田くんが言う。

 山田くんの言葉に触発され、私も今回の旅を振り返る。思い起こされるのは、楽しい思い出ばかりだ。山田くんが突発的に繰り出す『魔物あるある話』が面白くて思わず何度も笑ってしまったこと。山田くんの思い付きで立ち寄った店で食べたアップルパイが非常に美味しかったこと。山田くんの寄り道のせいで宿泊したホテルのベッドが予想以上にふかふかで朝寝坊をしてしまったこと。

 そして、魔王軍との戦いに、山田くんという、頼もしい仲間と共に臨めたこと。山田くんという、私を怖がらない仲間がいたこと。山田くんという、背中を預けられる仲間がいたこと。山田くんという、戦闘での勝利を共に分かち合える仲間がいたこと。

 どれもこれも、私の人生で初めてのことばかりだった。山田くんが居なければ、経験できないことばかりだった。

 山田くんと共にいることで得られたすべてが、私にとって尊く、貴重で、非常に有意義なものだった。それこそ、人生で一番といっても過言ではないほどに。ずっと続けていたいと、願ってしまうほどに。

 山田くんの言う『好き』が、そういった楽しい感情に起因するものならば。

 ──私も、山田くんのことが『好き』だった。

「僕らさ、さっき二人で魔王を倒しちゃったじゃん? そうなると、もう一緒に居る理由が無くなっちゃうんだよね」

 山田くんに言われて、はたと気づく。私が山田くんと共に旅を出来たのは、倒すべき魔王が強力だったからだ。その魔王を倒した今、私たちが二人がかりで挑むべき脅威は、何処にも存在しない。

 これから世界中で始まるであろう魔王軍残党討伐のために、私たちは直ぐに引き離されてしまうだろう。世界は広く、魔物は各地に遍在している。私と山田くんに手分けして討伐させたほうが効率的だと、みなが判断する。

 そして、残党討伐が終われば、私たちはそれぞれ故郷に戻り、今までどおり好きでもない剣や魔法に向き合い続ける日々を送ることになるだろう。私も山田くんも平穏な日々を送るには、なまじ剣や魔法の才能がありすぎる。

 強さゆえに他者に都合よく利用される生活が、また始まってしまうのだ。

 そんなの嫌だ。

 山田くんはそんな私の考えを、すべて見透かしているかのようだった。

「僕も、やっと見つけた自分の『好き』を、手放したくないんだよね」

「だから私と『付き合う』、というわけか」

「そういうこと。だって『付き合って』れば、人類最強の魔法士と人類最強の剣士が意味もなく揃っていても、誰も文句言わないじゃん」

 だからさ、佐藤さん。このあとも二人でずっと、『好き』を続けていかない?

 珍しく静かな笑みを浮かべた山田くんが、私に右手を差し出してきた。了承なら手を握れ、ということだろうか。

 今回の告白で確信した。私と山田くんは、似ている。二人とも、自身の才能に人生を狂わされ、たったひとつの『好き』を得る機会すら、奪われ続けてきた。

 私たちは、これからいくら足搔いたとしても、恐らく真に自由にはなれないだろう。自身の才能の所為で、きっとこれからも役割を押し付けられる。それは『好き』を奪われ続ける、つまらない人生だ。

 私には、山田くんの気持ちが痛いほど理解できた。

 ──私も、自分が初めて手に入れた『好き』を、手放したくなかった。

 だから、私は。

 山田くんに差し出された手を──握り返した。

「わかった。付き合おう」

「え、本当? 本当に?」

「ああ」

「やったーーー!!!」

 先ほどから一転、私の手を握ったまま飛び上がって喜ぶ幼子おさなごのような山田くんを見て、私の頬も勝手に緩む。山田くんはその突拍子の無さで、いつも私を楽しませてくれた。だから山田くんと『付き合って』いれば、こうやって愉快なことを沢山経験できるだろう。これから、何度でも。


 そして再び、私が砂時計に向かって、退魔の大剣を振り上げる時。私の視界の隅に、山田くんの姿が映った。床に描かれた魔法陣を、靴で消し潰しているようだ。あの魔法陣には見覚えがあった。山田くんが得意とする強力な魔法陣だ。簡易な模様のわりに強力な魔法を発動できる優れもので、私も旅の道中で何度も助けられていた。

 告白の直前に描いていたのだろうか。全く気づかなかった。

 なんとなしに私は尋ねてみる。

「それで、どうして砂時計を破壊する直前に告白したんだ」

 すると山田くんが、いつもの軽い調子で答えてきた。

「あー、もし佐藤さんにフラれたら、魔法で世界全体の時間を巻き戻そうと思っててさ。ほら、そうすれば強い魔王が復活して、また佐藤さんと旅ができるでしょ? それでまたフラれたら、また時間を巻き戻す。そんな感じでさ、佐藤さんとの旅を永遠に繰り返そうかなって。でもその魔法、佐藤さんに止められちゃう前に発動させるとなると、流石に僕でもこの砂時計が必要でさあ」

 ……山田くんの今の言葉は、聞かなかったことにしておく。


(了)

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