我が家の壺を割って去っていく勇者

青水

我が家の壺を割って去っていく勇者

 ある日のこと。

 突然、我が家に客がやってきた。……いや、その男は『客』というよりも、『侵入者』『不審者』『強盗』といった形容をすべき、か。


 俺が住むこの村は、周囲に魔物が多数生息していること以外、特筆すべき点のない、いたって平凡な村だ。観光地なんかないので、もちろん観光客など来ず、村の規模も並か小さいくらいだ。この村から何キルロかいったところに、そこそこ栄えた町があるので、そこを訪れる人々が、休憩として村に寄っていくくらいだ。


 その男の存在は、村中で話題になっていた。彼は旅人のような服の上に防具を着ていて、腰には剣を下げている。彼が話題になっているのは、挙動がいささか不審だからだ。どう不審なのかは答えづらいが、とにかく不審なのだ。

 そいつが、我が家にやってきたのだ――。


 ガチャリ、と。

 俺が朝食を食べていると、突然家のドアが開いた。そして、まるで自分の家に帰宅したかのように自然な動作で、男が俺の家の中に土足で侵入した。


「お、おいっ!」


 慌てて声をかける。


「ん?」


 男は足を止めると、俺を一瞥する。


「あんた、俺の家に何か用か?」

「いや、用ってほどじゃないのだがな……」


 男の目は既に俺ではなく、調度品の数々を見ている。もしも、彼が強盗だとしたら、こんなに堂々とした強盗がいるものなんだな、と感心してしまう。


「じゃあ、なんだ? 用がないのに、人の家に勝手に踏み込むお前は何なんだ?」

「一応、勇者と呼ばれている」

「勇者?」


 一応、勇者なる存在がいることは小耳にはさんだ。


「そう」彼は自信満々に大きく頷いた。「この国を――いや、この世界を救うために、俺は旅をしているんだ」

「何から救うんだ?」

「魔王だ」

「魔王は一〇〇〇年前に封印されたはずじゃ――」

「その封印は解かれようとしている」

「どうして、封印が解かれるってわかるんだ?」

「精霊が俺に教えてくれたんだ」

「ふうん?」


 彼は本当に勇者で精霊の声を聴くことができるのか、あるいは精霊の声を聴いたと思い込んでいる精神異常者なのか……。

 判断が難しいところだ。


「で、その勇者さんがどうして俺の家に?」

「いや、まあ……」


 勇者は表情の乏しい顔をぽりぽりと掻いた。何と答えるべきか、悩んでいるのだろう。やがて、答えがまとまったのか口を開いた。


「俺のことは気にしないでくれ」

「いや、『気にしないでくれ』って……そんなの無理に決まってるだろ」

「まあまあまあ。気にするな」


 そう言うと、勇者は我が家を物色し始めた。

 戸棚を開いて中に入っている物を確認、ベッドの下に何かないか屈んで確認。


「うーむ、よさそうな物は何もないな……」

「よさそうな物ってなんだよ?」


 エロ本とかか?

 俺の問いかけを無視すると、勇者はキッチンへと向かった。キッチンの端のほうには壺が二つ置かれている。それを見ると、勇者は壺を極めて自然な動作で持ち上げて――。


 そして――叩き割った。


 パリイィィィィィン。

 見事に壺は割れた。バラバラになった破片が地面に散らばった。


 勇者の壺を割る動作があまりに自然体すぎたので、俺はそれを止めることができなかったのだ。ただ呆然と、様子を眺めることしかできなかった。


「んー……何も入ってなかったか」

「ちょちょ、お前何やってんだYO!」


 硬直がとけた俺は怒り気味に勇者に尋ねた。しかし、彼はまるで悪気のなさそうな顔で、


「何って見ればわかるだろう? 壺を割ったんだ」


 と、言った。


「は!? 壺を、割る!? いや、どう考えてもおかしいだろ!? どうして、壺を割るんだよ!?」

「金とかアイテムとか入ってないかなー、と」


 勇者はのんびりとした口調で答えた。盗人猛々しい、というやつか。


「壺の中にそんなもん入れてるわけねえだろっ!」

「そうか?」

「そうだ!」

「俺の経験則だと、壺の中には大抵小銭が入ってるんだけどな」

「お前、常習犯か!」

「こっちのには入ってるんじゃないかな」


 マイペースにそう言うと、勇者はもう一つの壺を持ち上げて――。


「お、おいやめろ!」


 俺は勇者の蛮行を止めようと、彼の腕を掴んだ。よく鍛えられた腕だ。彼が勇者なのは、自称ではなく事実なのかもしれない。


「はなしてくれ」

「いやいや、こっちも割るつもりなんだろ?」

「もちろん」

「さらっと肯定するんじゃないよっ!」

「だって、壺を割らないと、中に何が入っているかわからないだろう?」

「割らなくても、中を見ればいいだけのことだろ。というか、仮に壺に何か入っていたとして、それを勝手に奪っていくつもりなのか!?」

「もちろん、そうだ」

「この、泥棒め!」


 俺は強く罵った。

 彼は勇者なのかもしれないが、同時に泥棒でもある。世界を救う使命を持っているからといって、泥棒が許されるなんてことはない。

 俺は勇者に謝罪するように強く言おうとした――がしかし。


 勇者は懐からナニカを取り出すと、それを俺に見せつけてきた。


「この紋所が目に入らぬか!」

「そ、それは――」

「そう、王家の紋章だ。これを持っているということはつまり――」

「つまり?」

「何をしても構わないということだ」


 パリイィィィィィン。

 なんということでしょう。我が家の宝物であった壺は、見事に叩き割られてしまった! 


「オオオオオイッ!」

「うーん、こっちもやはり何も入ってなかったか……」

「おい、今、『やはり』って言ったよな!? 言ったよな!?」

「この家には何もなさそうだな。次、行くか」


 勇者は酒場をはしごするかのように軽ーく呟くと、我が家から出て行った。


 賠償はもちろんのこと、謝罪の一つすらなかった。我が家の床は土足の勇者によって泥で汚れ、割れた壺は修復不可能だったので、塵取りで掃いて捨てた。

 涙が止まらなかった。この二つの壺は、俺が薄給を必死に貯めて、ようやく買えた代物だっていうのに……。


「クソッ! 勇者め!」


 俺は一人、悪態をついた。


 ◇


 その後、壺割り勇者は村を出禁になった。あらゆる家で蛮行を働いたらしい。勝手に人様の家に入るとは……一体、親はどういう教育をしたんだ?


 村を出禁になってから半年後。


『封印が解けて復活した魔王を勇者がうち滅ぼした』


 というニュースが入ってきた。

 勇者の蛮行の被害に遭ったので、俺はそのことを素直に喜べなかった。しかし、世界では救世の英雄として勇者はたたえられた。


 世界は平和になったのだ。

 めでたしめでたし――では終わらなかった。


 その後の話。

 世界を救った勇者は調子に乗って、「姫を寄こせ」と王様に言ったらしい。親バカで有名な王様は、もちろんこれを拒否。姫本人にも拒絶され、激怒した勇者は、姫を誘拐しようと試みた。しかし、誘拐計画は見事に失敗し、勇者は捕らえられ、牢獄の中に叩き込まれた。衛兵によると、勇者は牢獄の中に置いてある壺を叩き割る、などの奇行を繰り返しているとか――。

 勇者といえど、なんでも許されるわけではないのだ。


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