第59話 エピローグ

 あれから1ヶ月が経ち、エリスがこの辺境伯領に来てから約3ヶ月が経とうとしていた。


 その間、色々なことがあった。


 まず農場。つい最近、魔獣牧場の初出荷が行われた。小麦の収穫とパン屋の経営は軌道に乗り、従業員も10人まで増えた。野菜はもちろんのこと、来年は果物まで出荷出来そうである。


 ユリ達は普通に街と農場を行き来できるようになり、ちょっとした出荷なら、エリスに頼ることなく自分達で運ぶようになっていた。頼もしい限りである。


 ヒナとキクの作るパンは町でも好評で、二人は農場での販売の他、移動パン屋として街に屋台をオープンしていた。農場が休みの日はこちらで販売している。


 次に公衆浴場。街の皆に周知され、今や住民達の憩いの場として大人気である。それに伴い、露天風呂の規模を拡張し、内風呂の数を増やすことにした。


 それに伴い、お土産物屋の出店の数を増やし、従業員も新たに雇った。彼らはお土産物屋が暇な時は風呂の掃除なども担って貰っている。


 最後にホテルとお土産物屋。従業員達の教育も終わり、新たな名物として魚料理が加わった。温泉卵や温泉饅頭の作り方もマスターした。つい先日、プレオープンとして近隣の領主らを招き、おもてなししした所、展望大浴場や豪華なスイート、そして山の幸をたっぷりと使った料理など、全てにおいて大好評だった。 

 

 牧場体験ツアーも好評で、客達は乗馬体験や牛の乳搾り、バーベキューなどを堪能していた。プレオープンが大成功に終わったことにより、かなりの宣伝効果が期待出来るだろう。


 ちなみにホテルの名前は『グランドホテル エリス&カイ』に決まった。最後まで「こっ恥ずかしいっ!」と抵抗していた二人だったが、最後は多数決に押し切られた。なお、どさくさ紛れに農場の名前も『エリス&カイ農場』になっていた。


 そうこうしている内、正式なオープンまであと一週間に迫ったある日、


「えっ!? お父様!?」


「エリス、辛い思いをさせて本当に申し訳なかった」


 エリスの父親であるボーデン子爵がやって来た。エリスの嘆願書と訴状を見て急いで駆け付けて来たのだ。後ろには国から派遣されて来た役人達も控えている。

 

「お前からの訴状であのクズの爵位剥奪と財産の没収が決まったよ。更に裁判にかけられて有罪となり、一生を犯罪奴隷として鉱山労働することになるだろう。それと嘆願書により、お前の陞爵と領主任命が決まったよ。おめでとう」


「ありがとうございます、お父様」


「さて、これからあのクズに引導を渡して来るが、一緒に来るかい?」


「いいえ、遠慮しますわ。顔も見たくありませんもの。あ、お父様。クズの屋敷に行くなら、この防護服を着て行って下さいまし」


 訝しむ父親に事の経緯を説明すると「さすがは我が娘だ」と笑った。その後、聞いたところによると、ゴミ屋敷と化した家に一人でいたクズは、すっかり意気消沈して全ての罪を認めたそうな。あれだけ太っていた体も、約3ヶ月の間に痩せ細り別人のようだったとのこと。こうして全てが終わった。


 

◇◇◇



 いよいよオープン初日を迎えた『グランドホテル エリス&カイ』には、大勢の宿泊客が訪れ満室となった。幸先良い船出にエリスとカイの顔も綻ぶ。


 カイは昨日、エリスにプロポーズした。「お嬢さんを下さい!」と父親に言ったところ、ぶん殴られそうになり、慌ててエリスが止めるというシーンがあったものの「娘を泣かせたら殺す」の一言でなんとか許して貰った。


 今、エリスとカイの左手の薬指には、真っ赤な魔石で作った指輪が輝いている。カイがエリスに誕生日プレゼントとして贈った例の魔石だ。それをカットしてお揃いの指輪にしている。二人で一つという意味だ。


 これからオープン前のセレモニーで二人してスピーチを行う。 


「さぁ、カイ。行きましょう!」


「あぁ、エリス。行こう!」


 手を繋いだ二人は万雷の拍手の中、壇上に上がった。



◇◇◇



 半年後、やっと前夫との離婚が成立したエリスは、盛大な結婚式を開いた。晴天の元、教会には沢山の人が祝福するために集まっていた。ユリ達やヒナ達は早くも涙ぐんでいた。

 

 町長始め、街の有力者達や近隣の領主達に混じって、隊商のリーダーの顔も見える。その隣には牧場のオーナーや魚の養殖場の責任者の顔も見える。


 そんな中、真っ白なウェディングドレスに身を包んだエリスを、父親がエスコートしてバージンロードを歩く。その後ろにはエリスの兄達の姿もある。


 父親からカイがエスコートを引き継ぐ。


「エリス、とてもキレイだ...」


「ありがとう。カイもとっても素敵よ」


 そう言って笑ったエリスは、まるで美の女神に祝福されたような美しさだった。カイは思わずウットリとしてしまう。


黒い結婚だと嫁いで来たその日に言われた花嫁は今、誰よりも美しく輝く笑顔で新しい夫に寄り添っていた。


 そんな二人の門出を祝うかのように、空はどこまでも青く澄み、木々の間を渡る風はどこまでも穏やかに吹いていた。



~ fin. ~

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