第33話 驚きました

 クズが立ち去って行く姿を見送ったエリスは、深いため息を吐いた。


「フウッ...やっと終わったわね...」


「エリス、お疲れ様。喉渇いたでしょ?」


 そこへカイが、冷たい水を入れた瓶を持って現れた。


「ありがとう、カイ。ゴクゴク...プハー! プウッ、すっきりしたわ~♪」


「その...カッコ良かったよ...」


「フフッ、ありがと」


 カイが躊躇いがちに言うと、エリスは花が綻ぶような笑顔で答えた。なおもカイは続ける。


「本気で領主になる気なんだね...」


「えぇ、そのつもりよ。そうなってもカイは付いて来てくれる?」


「もちろんだよ!」


 食い気味に答えるカイにエリスはまた破顔した。


「ありがとう。嬉しいわ」


「それにしても...国から褒章を受けたって本当?」


「あぁこれ? 本当よ」


 そう言ってエリスは、ストレージから事も無げにジャラジャラと勲章を取り出した。


「そ、そんなにあるの!?」


 カイの目が丸くなる。


「えぇ、一つは例の成長促進剤でしょ。それから荒れ地を農地に開墾したこと。それと街道を整備したこと。灌漑事業を成功させたこともあったわね。あ、あとスタンピード化した魔獣を殲滅したこと。指名手配されてた山賊を一網打尽にしたこと。こんなところだったかしら」


 カイはもう驚き過ぎて言葉も出ない。


「ね? 分かる? 私が自分の領地で行ったこれらの改革のほとんどは、この土地でも行ったことなのよ?」


「あ、言われてみれば確かに...」


「場所が変わっても人々の暮らしはそう変わるものじゃないから、他の場所で通用したことは、この場所でも通用するんだってことが分かったのは収穫だったわ。もちろん全てって訳じゃないけどね」


 これが領主の目線ってことなのかな...とカイは遠い目をしながら思った。


「エリス様!」


 そこへ町長がやって来た。感極まったのか涙を浮かべている。


「わ、私は感動しました! エリス様に一生付いていきます! どうかこの地の領主にお成り下さい!」


「え、えぇ、そのつもりです...その時は若輩者ですがよろしくお願いしますね...」


 エリスは若干引きながら答えた。


「全身全霊でもってお仕え致します!」


 町長はすっかりエリス信者と化したようだ。


「そう言えばエリスっていくつなの?」


 今更ながらカイが尋ねる。


「あ、私もカイに聞こうと思ってた。私は15。あ、もうすぐ16。カイは?」


「驚いたな、僕もだよ。もうすぐ16」


「おぉっ! 同い年だったんだね~! ちなみに誕生日はいつなの?」


「水無月の10日。もうすぐだね」


「えっ!? ウソッ!? 私も同じ!」


「えぇ~!?」


「「 偶然ってあるものなんだね~! 」」


 二人の声がキレイに被った。



◇◇◇



 一方その頃、怒りに燃えるマルクは、エリスのことを延々と罵倒しながら国に対する訴状を認めていた。


「クソッ! あの淫売め! 男に腰を振るしか能が無いクセに調子に乗りやがって! 俺様を廃嫡するだと!? 舐めやがって! ふざけるな! 俺様には高貴な血が流れているんだ! あんな売女とは違うんだ!」


 家令はそんな主を冷め切った目で眺めていた。高貴な血というのはエリスのような者にこそ相応しい言葉だと思っていた。間違いなくこのクズには一滴も流れていないだろう。


「おい! この訴状を持って急ぎ隣の領地まで行って来い! そこから国へ連絡するんだ! いいな!」


「分かりました...」


 もうこの男はダメだろう。コイツが破滅するのは勝手だが、巻き添えになるのはゴメンだ。家令は逃げることにした。このクズのことだ。告発されて逃げ場が無いと分かれば、間違いなく自分をスケープゴートにして罪を逃れようとするだろう。逃げるなら今しかない。


 いざという場合に備えて逃げる準備は万全だ。今持てるだけの金と貴重品をカバンに詰めて家令は屋敷を後にした。ここには二度と戻らない。街道を歩きながら家令は、あのクズが書いた訴状を破り捨てた。


 こうして最後の使用人に見捨てられたマルクは、広大なゴミ屋敷にたった一人取り残されたのだった。

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