第32話 対峙して退治します
守衛に門前払いを食らった家令は、ありのままをマルクに語った。
「なにぃ!? あの淫売が幅を利かせているだとぉ!? ふざけやがって! 俺の街だぞ!」
お前の街じゃないだろう。領主らしいこと何もやっていないんだから。家令は心の中で罵った。
「身の程を思い知らせてやる! おい、街へ行くぞ! 付いて来い!」
身の程を思い知らされるのはどっちだろうなと思いながら、ため息を吐いた家令は今来た道を重い足取りで戻るのだった。
街門は相変わらず固く閉ざされていた。エリスは高い外壁の上に立ってクズを見下ろしている。
「あら、お久し振りですわね、旦那様。わざわざ街に何のご用ですの?」
「惚けるな! この淫売が! なんで俺達を街に入れない!? さっさとこの門を開けろ!」
マルクが怒鳴り散らす。
「お断りしますわ。街に伝染病を持ち込まれたら敵いませんもの」
「なんだと!? なんの権限があってそんなことを!?」
「領主夫人の権限ですわ。お忘れかも知れませが、私達夫婦ですのよ? 夫が病に倒れたら妻が代行するのは当然でございましょう?」
「だったら今すぐお前とは離縁する! これなら文句ないだろう! それに俺は倒れてなどおらん! 分かったら早く門を開けろ! これは領主命令た!」
「今すぐと仰いますけど、私達、一度結婚したからには半年は離縁出来ませんよ?」
エリスは小馬鹿にしたような態度で告げた。マルクはポカンとしている。
「な、なにぃ!?」
「あら? ご存知なかったんですか? 結婚詐欺や婚約不履行などの犯罪を防ぐために、一度結んだ婚姻や婚約は半年経たないと解消出来ません。国の法律で定められておりますのよ?」
「そ、そうなのか!?」
「えぇ、ですから非常に不本意ながら、あと五ヶ月程は私達夫婦のままです。その間は領主夫人としての権限を行使させて貰いますわ」
「だ、だとしてもだ、この俺が領主として健在なんだから、俺の命令の方が上のはずだろう!」
「そんなに体中をボリボリ掻きながら言われても説得力ありませんわ。病気を撒き散らさない内に屋敷へ戻って貰えません?」
「ふざけるな! 街の連中をどう言いくるめたか知らんが、ここの領主は俺だ! お前じゃない! 街の連中を出せ! お前と俺、どっちが慕われているかハッキリするだろう!」
マルクが喚き散らす。
「あなたが慕われているですって? 笑わせないで下さる?」
エリスは黒い笑みを浮かべた。
「なんだとぉ! ?」
「だってそうでしょう? 税金を不当に引き上げる、関税を国に報告せず懐に入れる、取引商品の値段を勝手に吊り上げてその差額を着服する、無線飲食を繰り返す、ツケで買い物してはそのツケを踏み倒す、気に入らないことがあればすぐ暴力を振るう、器物を破損する、恐喝や恫喝は日常茶飯事、挙げ句に若い女性達を誘拐同然に拐って拉致監禁し凌辱する。これのどこに慕われる要素があるっていうんです? ちなみにこれは極一部です。まだまだ沢山の余罪がありますよ?」
「しょ、証拠はあるのか!?」
初めてマルクがたじろいだ。
「えぇ、ありますとも。納税書類や各種請求書の写し、関税の収支報告書、取引商品の値段一覧、暴力や恐喝、恫喝や誘拐の被害者達の証言。全て国に報告しました。結果が楽しみですわね?」
「で、でっち上げだ! だ、誰かが俺を陥れようとしてるんだ! そ、それにたかが子爵家の貴様なんぞの訴えに国が動いたりするものか!」
「たかが子爵家ですか...ハァ...あなたは何もご存知ないのね?」
「な、なんのことだ!?」
マルクが訝しむ。
「たかが子爵家があなたの拵えた多額の借金を全て肩代わり出来るはずがないでしょう? 我が家の財政はヘタな伯爵家よりずっと上なんですよ?」
「な、なんだと!?」
「あなたは我が家のお金にしか興味がなかったみたいなんで知らないでしょうが、我が家は再三、国から陞爵の誘いを受けてます。でもそれを全て断っているんです。だから子爵家のままなんですよ?」
「な、なんでそんなことを!?」
「煩わしいからです。伯爵に上がると王都に屋敷を構えなければならないし、王宮に出仕する必要があるし、社交上の付き合いも増えるしと、何も良いことがありません。だったら子爵のままで領地の発展に寄与した方がよっぽど良いと判断したんです」
「そんな理由で...」
「えぇ、ですから我が家は国の覚えもめでたく、発言力もそれなりにありますので、私が訴えれば確実に国は動きますよ?」
「そ、そんな...」
「それに私、決心しました。我が家の方針には反しますが、私自身は陞爵を受けようと」
「どういうことだ!?」
「あなたは領主に相応しくありません。ですから...」
エリスはここで一旦言葉を切っ後、厳かに宣言した。
「私がここの領主になります」
「なんだとぉ!? そんなことが許されて堪るか! 簒奪する気か! 訴えてやる! 覚悟しろ!」
マルクは怒りで今にもはち切れそうだ。
「どうぞご自由に。ちなみに私、我が子爵家の発展にかなり貢献してます。国から褒章されるくらいに。だからあなたが領主に相応しくないと分かれば、私が次の領主になるのはまず間違いないでしょうね。訴えるならお早目に」
「く、くそぉ! 覚えておれよ!」
悪役特有の捨てゼリフを吐いて去って行くマルクの背中を、エリスは冷たい笑顔で見送った。
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