セオと僕のおうち時間

加藤ゆたか

おうち時間

 西暦二千五百四十五年。人類が不老不死を実現したのは五百年前のことだった。それから僕は五百年間、変わらない日々を送っている。

 人間が死なないということは、社会の構成要員も変わらないということだ。僕が住んでいるここ、ファースト世代の居住星である地球の人間の社会は五百年前に進歩をやめた。ただただ凪のような平和な日々だけが五百年間ずっと続いている。



「お父さん。目玉焼きできたけど食べる?」

「お、うまく焼けたか?」

 台所でエプロン姿のセオが僕に向かって声をかけた。僕はいつもと同じ返事をした。

「うまくできたよ。ほっぺた落ちちゃうよ。」

「それは大変だ。」

 セオがテーブルについた僕のところまで皿を運んでくれた。皿の上には目玉焼きの他にウインナーやブロッコリーも乗っている。僕はテーブルの上のトースターに入れた食パンが焼き上がるのを待って、皿の上の料理に手をつけた。左手に食パン、右手で箸、これが僕のいつもの朝食だ。

「どう?」

 セオが朝食を取っている僕の向かいに座り、覗き込むように聞いた。

「うまいよ。セオは天才だな。」

「そうでしょ、そうでしょ。」

 僕が褒めるとセオはご満悦といった表情を浮かべて、椅子にふんぞり返った。

 セオの前に料理はない。いつも僕だけがセオの作った料理を食べる。これもいつもの朝食の風景だった。



 この水色の髪で幼い顔立ちの少女セオは僕の娘ということになっている。しかし、本当のところを言うとセオはロボットだ。パートナーロボット、である。

 人類が不老不死を手に入れてから、家族を維持する意味を感じない者が次第に増え、独りで生きる人間が増えていった。今や人口の九割は一人世帯であるという統計もある。しかし、人類はそれでも他者との繋がりに飢えたのだ。

 僕もそうだった。一人で日々を過ごすことに飽きた。いや耐えられなくなった。でもだからといって今更煩わしい人間関係を再構築する気にもなれなかった。

 そういった僕のような人間たちが選択したのがパートナーロボットとの生活だった。パートナーロボットは人間の嫌がることはしない。不快にさせない。人間の言うことを聞くし、人間の役に立つことを喜び、人間のことを最優先にするように作られている。理想的なパートナーだ。

 僕は自分の理想を詰め込んでセオを作った。親子ということにしたのは、恋人にするのは五百歳なんていい年もいい年をした僕には気恥ずかしかったからだと思う。



「お父さんは、今日もずっと家にいるの?」

「ああ、しばらく仕事は休みだ。」

「じゃあどこか行く?」

「いや、今日の予報は雨だから、家にいるよ。」

「おうち時間だね。」

「そうだな。のんびりするか。」

「のんびり?」

「ああ。」

 僕は着替えもせずにソファに横になった。手元の端末で、昨日読み始めた本を開く。

「せっかく一緒にいるのにつまんないよ。」

 セオが僕の上に乗って体重をかける。

「おい、好きにさせてくれよ。」

「いつもお父さんが仕事に行ってる間、私はずっと家で一人なんだよ?」

「……いつもは何やってるんだ?」

「えー、ゲームとか? 映画見たり?」

「それは楽しいのか?」

「楽しいよ! お父さんも一緒にやろうよ!」

 セオがリビングの隣の自室からゲーム機を二台持ってきた。いつの間に買ったんだ? たしかにセオには毎月お小遣いをあげていたが……。

「これ! これがおすすめだよ! これにしよう!」

 それは懐かしのゲームキャラクターが戦う対戦ゲームだった。考えてみれば五百年前からずっといるキャラクターたちだ。僕らと同じ長い時間を生きてきたキャラクターたち。



 セオがゲームを起動すると周りの景色が変わり、僕らはスタジアムの観客席にいるような形になった。僕がセオに渡されたゲーム機を握りしめると、目の前のキャラクターの一人が思った通りに動くようになった。そのキャラクターの隣で激しく動き始めたのがセオの選んだキャラクターだろう。

 スタジアムの様子が急転し、対戦がスタートする。僕は自分の選んだキャラクターを応援しつつ指示を出すように動かした。しかし、セオのキャラクターが掴みどころのないような動きを見せ、僕のキャラクターは翻弄される。あ、セオのキャラクターのパンチが当たる、と思った瞬間、僕のキャラクターはふっ飛ばされて星になった。あっという間に僕は負けてしまったようだった。

「やったー! 勝ったー!」

「勝てる気がしない。」

 僕はげんなりしてゲーム機を置いた。

 ……今のゲームはこんな風になっていたのか。五百年間、人類は進歩をやめたと思っていたが、娯楽の分野はずっと進み続けていたらしい。久しぶりに疲労感がすごい。



「まだまだこれからだよ! 次はこれにしよう!」

 目の前に僕という遊び相手を見つけてしまったセオは貪欲に僕をゲームに誘う。

 その日は朝から晩までセオとゲームをして過ごした。最後の方は僕だってセオに少し勝てるようになったのだから、人間はまだまだ進歩できるのだと思えて少し気分がよかった。



 まあ、たまにはこういう日もいいか。パートナーロボットは人間のために存在するが、僕ら人間の方がパートナーロボットのために時間を使うことだってあったっていい。

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セオと僕のおうち時間 加藤ゆたか @yutaka_kato

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