第32話 王子

「リカ、駄目じゃないか。今、お客の対応をしているんだ」


「伯父様!?カイト様からお聞きしました。ボット様を早朝にお呼びしたと!?」


「あぁ確かに早く会いたくて呼びに行ってもらったよ。勿論、無理強いはせずにお願いして来てもらったのだよ。ほら、彼がボット君だ」


そう言ってシゲルは俺を紹介する


「貴族のお願いは一般の方からすれば命令になってしまう事も多々あるのです!?ボット様、朝早くお呼びたていたしまして誠に申し訳ございません。ハイド家次期当主リカ・ハイドと申します」


「『勇者ジャックボット』創設者の1人、ボットと申します。お見知りおきを」


リカと俺はそう言って互いに頭を下げる


この様子から察するにリカは俺達が既に会っていることは言っていないのだろう


シゲルが俺を鑑定したいと言っていると言う事からも俺との約束を守って俺の適正職業『龍を支へし者』の事も黙っていてくれているようだ


勿論、既に適正職業も報告されていて確認の為に呼んでシゲルが演技している可能性も考えていたが、リカの慌てぶりからしても本当に言っていない・・・と信じたい


「リカ、申し訳ないが席を外してくれないか?今、ボット君と大事な話があるんだ」


シゲルはリカに退室を促す


「伯父様、私もご一緒にお話しをお聞きしてもよろしいでしょうか?」


なお食い下がるリカ


「・・・どうしたんだ。普段は聞き分けの良い子なのに急に逆らったりして・・・まぁ、良いだろう。夫にしたい人の話は聞きたいだろうし、そこに座りなさい」


「伯父様!?ボット様の前でそのお話を・・・!!」


リカは顔を真っ赤にして手で隠す


そういえば・・・俺はそこで1つの疑問が湧き出る


「・・・申し訳ございませんが、1つ質問をよろしいでしょうか」


「なんだね?是非とも聞いてくれたまえ」


「恐れ入ります。王族との婚姻をお断りになったとお聞きしました。なのに私と婚姻を結ぶとなると、王家からの反応は大丈夫なのでしょうか?」


王族を断って庶民と結婚


王家にしたら顔に泥を塗られたととってもおかしくはない


「・・・それは大丈夫だよ。実はその婚姻の申し込みは国王陛下の次男、つまり第2王子が成人の儀でリカに鑑定を受けた時に一目惚れをされ、陛下の許可を仰がずに申し込まれてね。王子殿下はリカを本妻では無く妾にと望まれたんだ」


金銭が裕福であれば一夫多妻も認められるこの国で、王子であれば勿論容姿に優れているリカであれば欲して当然だろう


「・・・だが、リカは既に貴族の次期当主として選ばれていて『妾』と言うのは相手が王家でも難しいんだ。私が死んだらこの子が当主になる。貴族の当主が『妾』なら、『本妻』の貴族家からすればハイド家は完全に家来に見られてしまう」


シゲルは俺に貴族のしがらみを話し始めた


基本、貴族家の当主自体は爵位による差はあれど皆『国王陛下の家臣』として公爵家以下で主従関係を結ぶことは禁じられている


これは貴族同士が主従関係を勝手に結ぶことで勢力が大きくなり、王家への反逆を防ぐためと言われている


なので婚姻等、対等関係の同盟を結ぶなどで自分の地位を確保するらしい


同盟でも勢力は大きくなるのでは思うが、誘われても断れる対等と誘われたら断れない主従では全く意味が違うとも言われているし、貴族同士の婚姻を認めないと近親婚が起きやすく、生まれてくる子供に様々な影響が出やすいと言う理由から認められたとも言われている


だが、一夫多妻の本妻と妾は違う


外に出るときは妻は皆対等な立場なのだが、家の中では完全に本妻が妻の中の頂点として他全員の妾を管理し旦那との調整をする


なので貴族は本妻に『貴族の娘』をとったら、妾には『商人・市民の娘』を得て上下関係を作っても納得できる環境にするのが普通だ


王族の場合は本妻に血のつながっている王家・公爵家を除き最高位の爵位『侯爵』の娘から選び、後はそれ以下の爵位から貴族の娘を妾として迎える


ただの娘同士であればそれで問題がなかった


しかしリカは次期当主、いつかは当主になり子爵を授けられる


いくら侯爵家の娘とは言え本妻となれば爵位自体を襲名していない当主でもない人間が、じきに子爵を得るハイド家当主のリカの完全に上の立場になってしまう


仮に第2王子が王になれば本妻が王妃陛下になり『王妃』と言う位が与えられ実家の貴族家から離れる慣例の為ハイド家当主より上の立場になり、リカが妾でも問題なかったが王位継承順位は長男である第1王子に続く2番目


妾であるハイド家当主を完全に支配できる本妻


本妻の実家からすればハイド家自体が完全に家来扱いになってしまい、主従関係を結ぶのと同意義になってしまうと言う事らしい


「それは王命を作った王家自身が、その王命を破る環境を作ってしまうことになる。リカを次期当主から外す事も考えたがハイド家で『鑑定・大』を覚えるのを許されてるのは当主と次期当主のみ。

既にリカは次期当主として鑑定・大を覚えており次期当主を今さら変えるのも難しい。私は困り国王陛下に指示を受け賜わりに拝謁した所、陛下は『その婚姻を許す事は出来ぬ』と仰られた」


シゲルは陛下には辛いご決断を仰いでしまったとため息をつく


「リカに『王子殿下に嫁ぐか』と聞いたら『まだ神に仕える未熟な身だから』と困った顔を見せたので、私はそのままリカは未熟でまだ神官として修業が必要だと王子殿下にお断りしたのだよ。

当時、王子殿下は御年15歳。リカに一目惚れした時はまだリカが次期当主とご存じでなかった。次期当主だからと言う理由で王命が出たと断ると王子殿下のメンツが潰れてしまう。だからこの事は陛下と私だけの中で収める事にしたのだよ」


「知りませんでした・・・てっきり私自身がお断りしたからだと・・・」


リカも初めて知ったのか驚いた顔をしている


「勿論、リカ自身の意思が第一で断ったんだよ。ただ相手は王族だ。いくら貴族でも簡単には断れない。ふつうは『未熟だから』なんて理由で断れないさ」


「それを・・・庶民でただの鍛冶師である私に言って良かったのでしょうか?」


俺の問いに笑って頷くシゲル


「いやー、陛下と私だけで収めたはずなのに何故か貴族ほぼ全員知っていてね。拝謁の時に陛下と2人という状態には出来ず必ず陛下には護衛がつく。

そこから漏れたんだろうね。第2王子殿下から不評をかわない様に貴族は黙っているが、皆知っているさ。リカは次期当主で貴族同士の付き合いがまだ少ないから知らなくて当然だがね。

庶民にも噂程度には流れているから君が仮に話しても噂と思われるはずだ。勿論、黙ってくれると信じているがね」


でだ・・・とシゲルは真面目な顔をする


「元々、殿下との婚姻は叶わぬものだったがリカ自身が断ったと言うのも事実。だが王族との求婚すら断ったこの子が君となら結婚したいと言ったんだよ。今まで、一切結婚への欲が無かった彼女が急にだ。だから気になって調べた・・・あぁ、ありがとう」


メイドがシゲルのティーカップに紅茶を継ぎ足しているのをシゲルはお礼を言いながら見つめてる


「・・・調べたら明らかに君は普通の鍛冶職人とは違う。英雄4人が皆、唯一無二の潜在魔法持ちに加え、滅多に持っていないレベル大の習得魔法を持っている。さらに英雄は人間・エルフ・ドワーフにハーフ魔族と種族性も多様でそれだけで話題に事欠かない。

王族・貴族・市民の全てが英雄4人に目が行き、誰も一般市民かつ裏方の君に興味を持たなかった。」


再び紅茶をすするシゲル


「私もリカから話を聞いていなかったら『装備関係なく、あれだけの才がある4人なら強くて当たり前』で終わっていただろうからね。調べる前の噂の段階では君は『普通』の鍛冶師と聞いていた。

パーティが有名になり始めた時には既に君の鍛冶作を装備しており強い状態だったから彼らの標準能力がそこだと私含めて皆勘違いしていたんだ。人は『これからどこまで強くなるのか』には興味があるが、『昔はどこまで弱かったか』と興味を持つ人はとても少ない。仮に気になってそれを知っても『努力でここまでにした』と思う人が大半だろうからね。まず君が原因と思う人はいないだろう」


気付いた私は本当に運がよかったかもしれないとつぶやくシゲル


実際は『あの勇者ジャックボットの装備を作った人に自分も作って貰いたい』と言う貴族もいた事はいた


勇者ジャックボットの為になるならと試作品に短剣を作ってみたが、出来は普通の鍛冶職人と全く同じ


結果その貴族には『勇者ジャックボットは装備は普通だが使い手が凄い』と言う烙印を押されて2度とそれから連絡は来なかった


今思えば、潜在魔法の『対親愛』の部分で効果が出てなかったのだろう


メンバーは俺の装備の凄さに気付いても貴族からすれば実際に目の前に出された短剣が俺の実力の全てと見る


メンバーの中では100点評価だが、貴族からは平均の50点評価


世間には50点と噂で伝わって俺に誰も興味を持たなかったという事なのだろう


・・・と言う俺もメンバーが俺を褒めすぎているだけと思っていて自己評価が50点だったしな


「リカが君は大成すると言った。意外に思うかもしれないが、私はこの子を自分の娘の様に可愛く思っていてね・・・」


いや、意外じゃなく普通に伯父馬鹿と思えました


「・・・何とか希望を叶えてやりたいし、姪として、何よりハイド家次期当主として彼女の予言を信じてやりたい。そう思ったのだよ」


「伯父様・・・」


リカが感動したようにシゲルを見ている


その視線を受けてシゲルの口角がほんの少しだけ上がる


あっ、今リカに対して格好つけて見事に成功して喜んだな


「ただ、君がどの様な人間か会ってみないと分からないし、ただの噂でそこまでリカが推すなら鑑定もしたくてね。それで呼んだのだよ」


やっぱり元々鑑定をする為に断らせない様に話を運んでいた様だ


「それでも、分かったことがある。ボット君、君が私の鑑定を断った時点で何か私に知られたくない普通の人が持っていない能力・あるいは固有職レベルの適正職業があると分かってしまった。勿論私の提案を受けてもバレてしまう訳だから君は詰んでいた訳だが・・・」


すまない事をしたねと俺に謝りながら、ティーカップを再び置く


「そこでボット君に言いたいことがある。これは『鑑定・大』を持つからと言うわけでも無く、貴族だからと言うわけでも無い。1人の可愛い姪を持つ伯父としての言葉だ」


シゲルは威厳は残しながら柔和な顔をして俺を見る


「・・・何でしょうか?」


「彼女は既に次期当主の座につき、彼女の父親・・・つまり私の弟ではなく現当主である私に結婚相手を決める権利がある。貴族同士の婚姻ならお互い顔を合わせた事のない初対面同士で婚姻させる事もある。その婚姻は相手の貴族家のブランドと契約する意味があるからだ。」


優しくも真面目な口調で説明を続けるシゲル


「ただ、君は勇者ジャックボットのメンバーで有能とはいえ一般市民だ。初対面の人と結婚する風習や他にも沢山の夫に囲まれる妻なんて光景は市民にはないから君も困るだろう」


「伯父様!?わ、私はボット様以外の方を夫とする気は・・・」


そう言ってまた顔を赤くするリカ


「・・・本当に君は慕われてるんだね。私にもこれ位なついて欲しかったよ・・・まぁリカの婚約者を選ぶ権利を持つ私とすれば、王族との婚姻を断る意思を尊重した位だし、このままこの子の好きな相手を婚姻相手に出来たらと思うよ。

ハイド家は『鑑定・大』を使える人材を輩出し続けたら潰れる事はない。貴族同士の同盟ももちろん大事だが、他の貴族家に比べたらかなりそこの部分は譲歩出来る。当主としては失格かもしれないがね・・・」


そう言って寂しそうな顔をするハイド家当主


「勿論、君に今すぐにリカと婚姻しろとは言わない。お互いがお互いを知らなすぎるし、君の意見も尊重してほしいからね。ただ・・・」


シゲルは本当に真剣で心から訴える顔をする





「・・・私にすら隠した君の持つその能力。もし、見せたくないなら見せろと無理強いはしない。ただ・・・ただ、リカが何かの危機に陥った時、その力で救えるなら必ず使って助けてやってくれないかね?この通りだ・・・」




そう言ってシゲル頭を下げた


「伯父様・・・」


貴族は庶民に頭を下げない


だから彼は『貴族』ではなく『1人の可愛い姪を持つ伯父』と前置きして、ハイド家が今まで築いてきたプライドを1度置いてでも姪の為に頭を下げたのだ


俺が本当に使える能力かも分からなくても姪の将来の為に


「分かりました・・・必ず。お約束いたします」


俺はそう言うと顔を上げとても嬉しそうな顔をするシゲル


「感謝するよ。ボット君。これで少し、肩の荷が下りた。この子は少し危なっかしい所があるからね」


「お、伯父様!?恥ずかしい事を言わないでください!?」


昨日会ったときはずっと物静かな女性と思っていたが、表情豊かなリカ


きっとこれが家族にだけ見せる素の彼女なのだろう


「ボット君、いきなり呼んで済まなかったね。今、カイトに送らせる様手配する」


「ありが・・・「ちょっとお待ちください!」・・・ございます?」


俺の言葉に被せる様にリカが遮った


「どうしたんだい?」


シゲルはちょっと不安げな表情でリカを見る


リカは恥ずかしそうにそれでもはっきりとした声で話し出す





「わ、私もボット様とご一緒できないでしょうか!!」





「「・・・はぁ?」」


意図せずハモってしまう俺とシゲル


「お互いを知ると言っても貴族の次期当主と一般の方。特に私は王族・公爵家の方々しか入る事の許されない大聖堂で仕える身。普段、まったく接点がない私達がどの様にお互いを知る事が出来ましょうか?

カイト様からお聞きしました。ボット様は貴族程ではありませんが、かなり大きい御屋敷にお住みの様子。まだ当主では無い私ならハイド家としては問題無いはずです」


「リ、リカ様。『ご一緒』とは一緒に住むということでしょうか?・・・1度落ち着かれてはいかがでしょうか?未婚の貴族の女性が庶民の家に転がり込むなど・・・」


「私は落ち着いております!!ぼ、ボット様・・・」


リカが潤んだ目で上目遣いをして俺を見てくる


「私の事、お、お嫌いですか・・・?」


いや、リカ、可愛い子のそれはズルいです・・・


と言うか昨日のリカはこんなに積極的な子だったか?


「ボット君、そこまで好かれる君に逆に嫉妬の感情を私は持つよ・・・」


子爵、そんな事言ってないで助けてくれ!


そんな俺の願いもシゲルには届きそうにない


「ボット様?」


「も、勿論嫌いではございません。世の男性が泣いて羨む、とても素敵なお話だと思います」


「でしたら!」


「で、ですが私にはアキと言う子と家族2人で暮らしておりまして、家族の意見を聞きませんと・・・それと子爵の許可も・・・」


「私は婚約者を選ぶ権利はあるが、次期当主の住む場所を決める権利はないのだよ。20歳でもうとっくに成人してるからね・・・」


庶民の俺が言うのも何だがことごとく役に立たない子爵・・・


「でしたら、私からアキ様に直接お願いに伺います」


「えぇ・・・あー・・・はい・・・」


「リカ・・・一体どうしたんだい・・・?ボット君、すまないね。カイトにリカへの護衛の意味でも送らせるから。家族と話し合ってくれ。急な話で家族は反対するだろうし、納得して諦めて帰ってくるはずだから・・・」


これは貴族だから等ではない


俺は完全にリカと言う人間に圧されていた










「ボット、お主、朝食の材料を買いに行くと出たのではなかったかの?」


「は、はい・・・」


「で、帰った来たお主を見たら手ぶらで横にリカを連れておると」


「はい・・・」


「買ってきたのは食材じゃなくリカと言う事じゃな?お主、今日の朝食は別の意味の食事をしようとしているのかの?」


「い、いえ・・・」


「ほほう・・・違うのなら今日はリカが食材かの?わらわは人肉のどの部位がおいしいかなど知らん・・・って、ボット!?聞いておるのかぁ!?」


屋敷に入ってすぐ正座をした俺の前で拗ねながら説教しているアキの声の一部は屋敷の外に護衛で待機しているカイトにも聞こえたという・・・

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