第22話 深愛

俺とアキはキールのいる不動産の前まで戻り扉を開ける


「おかえりなさいませ。少し掃除は必要かもしれませんが良い物件なのではと思いますが、いかがでしょうか?」


中に居たキールは俺にそう告げる


「はい、とても魅力的な物件でした。家と言うより屋敷で十分すぎる物件です。ですが、先住してる方との約束を果たしてから考えたいと思います」


「そうですか・・・やはり彼女はまだ居ましたか・・・」


こちらへどうぞと俺達2人を椅子へ誘い紅茶を出すキール


「はい。貴方の奥さん・・・名前はライラさんですね?その方はアンデッドに寄生されて、ずっと貴方との間に出来た子の遺体をあやしていました」


「・・・妻は人間、お察しだとは思いますが私は魔族。その間の子なのでハーフ魔族でして名前をウィルと言うのですが、親の感情抜きでも凄い可愛い子でして・・・」


キールは思い出しているのか幸せそうな顔をしている


「私がいつも通り仕事を終え家に帰ると、彼女は亡くなった息子の棺桶を目の前に首を吊っておりました。私は腰を抜かしましたが、這いずりながら何とか椅子に捕まって立ち上がり妻を降ろしたんです。最期まで苦しかっただろうに・・・生きるのも勇気がいりますが、死ぬのも同じ位・・・いや、それ以上に勇気がいる事だと思うのですよ・・・私には死ぬ勇気すら持ち合わせておりませんでした」


彼は悲しそうな顔で呟く


「降ろした時、彼女の後悔の念にアンデッドが取り付いたのでしょう・・・彼女は

目を開け棺桶を持ちあやし始めたんです・・・」


その時を思い出しているのだろうか、キールは震える手で紅茶をすすった


「家に帰るまで息子が亡くなった事も知らなかった私は、愛する人を一度に2人も失った事実を受け入れることが出来ませんでした。彼女はまだ生きている。だって目の前で動いているのだから・・・と思いたくて、動かない息子をあやしてる彼女を横目に泣きながら吊った縄を回収し、普段と同じ状態にし家を出ました・・・ここに居続けたら私は壊れてしまう・・・彼女は自殺なんかしていないと思い込んで、もう既にライラがアンデッドになっているのを知っていながら妻子を助けられなかった自分の不甲斐なさから逃げようと・・・」


「・・・それから帰られた事は?」


「勿論、何度か試してみました・・・アキさん」


キールは俺からアキに目線をずらす


「ライラの魔力・・・いや魔は門を入ってからも、ずっと動いてなかったのではありませんか?」


「うむ・・・確かに動いておらぬかった」


小さく頷き再び俺を見るキール


「・・・何度か帰ろうと家の前まで戻った時、私の目にも彼女の魔力が動いていない事を確認しました。ずっと同じ場所に・・・何日も、何日も・・・私は彼女がまだ存在してるだけで良くなってしまいました。もし、家に入って何かの拍子に彼女の後悔の念が消えたら存在すら消えてしまうのでは・・・と恐ろしくて、とてもじゃ無いが鍵を鍵穴に入れる事すら出来ませんでした・・・」


「・・・お子さんの亡くなられた理由はご存じだったのですか・・・?」


俺の質問に少しの沈黙が流れる


「私が魔族の中でも何の種族かご存じですか?」


俺の問と違う事を質問返しに聞いてくるキール


「おそらくですが・・・ヴァンパイアかと」


「・・・貴方には実に驚かされる・・・その通りです。何故、お分かりに?」


「貴方の部屋に入った時、羽ペンの横に黒のインクが1つと赤のインクが4つありました。一番使う黒ですら1つしかないのに赤4つはあまりにも多い。開けてみると中は血液でした・・・最初は悪趣味な人物程度の印象でしたが・・・ヴァンパイアの特性を思い出したんです。彼らは飲む血液の型で一時的に様々な能力があがる・・・つまりあの4つの赤インクはそれぞれの血液型・・・ヴァンパイアのドーピング剤じゃないかと・・・」


キールは頷きながら微笑む


「・・・ジャックさんが貴方を『パーティの核』と仰っていましたが、理由が良く分かる・・・貴方の人望は勿論、観察力・考察力。私が国から聞いていた以上です。私が貴族なら貴方をすぐに重用する事を王に進言したでしょう」


彼は窓を向きため息をつく


「あれは当時の地位を利用して国に融通してもらった血液です・・・国王は本当の理由を知っておりますが、表向きには輸血に必要と言ってね・・・実は血液型にはもっと珍しい型もあるのですが、さすがに本当に輸血が必要な方々から横取りする訳にはいきませんでしたので・・・」


ティーポットから紅茶を継ぎ足すキール


「先ほどの質問の答えですが・・・聡明な貴方なら察しはついているのではと。息子は病とか事故ではなく殺されました・・・」


「・・・」


やっぱり知ってたんだな


「・・・息子が死んだ5年前、当時この国は魔族差別がとても酷い物でした・・・今はボットさんのパーティメンバー、レナさんが特別名誉国民権を授与されハーフ魔族だけは少しだけマシになりましたが、当時は地獄でした・・・」


レナも人間にしか見えなかったとは言え、バレた時は本当に苦労していたからな・・・


「私は人間であるライラを妻とする為、魔族である親・兄弟一族を捨てこの国に亡命しました。私は純魔族ではありますが運よくレナさんと同じように人間にしか見えなかったので国王は魔法技術向上を見込み、監視付きでこの国に留まる事お許しになったのです。あの家はその時に下賜された物」


本当に偉大なお方です・・・と呟くキール


「ですが、その事情を知っている貴族にはそれを良く思わぬものも多くいました。魔法研究を職にしている貴族からすれば私は目の上のたんこぶですからね・・・ですが、魔法に関しては私と戦っても勝ち目はない・・・ですので・・・」


キールは糸目だった目を大きく開いて叫ぶ


「あいつらは私が魔族だと反魔族団体に吹き込んだんだ!!魔族を敵視するやつらが私が仕事で留守の時間を狙い家に来て人族の妻はどうにか難を逃れたようだが、私の息子・・・ウィルは・・・」


また糸目に戻り下を向く


「・・・私は調べてその事を知り、全て王に話して魔法研究職の退職を願いました・・・だが、魔族を裏切り、人族にも嫌われ最愛の2人すら失った私に帰る場所はありませんでした・・・」


「それで、不動産を?」


キールは下を向いたまま大きく頷く


「はい・・・王は今までの研究成果の褒美として定期的な監視巡回がありで良いなら幾らでも他の仕事をあてがうと・・・私はあの家を管理できる不動産管理業を願い出たのです。王はあの家の処分の自由と共に便宜を図り職を与えて下さり、襲った団体は強制解散。吹き込んだ貴族には『キールは人族であるのにけしかけた』と宣言してくださり多額の賠償金を王命で課されました。その賠償金で様々な不動産を買い、今の私があります」


「なるほど、それでキールさん1人で切り盛りしている状態の不動産屋が国との大きな繋がりを持っているわけですね」


実は昔から疑問に思っていた


国からの強制依頼を勇者パーティに依頼できる実力者なのに労働者がキールしかいない


国に繋がれる位、儲けているのであれば従業員は多くて当たり前なのだから


「えぇ、ウィルを殺した人間は憎くはありましたがここまでして下さった王、そして最愛のライラが人族であった事から復讐は考えませんでした・・・いえ、考えましたが全てを失い、実行する気が起きなかっただけかもしれません・・・」


顔を上げ糸目が俺を捉える


「しばらくたった頃・・・つまり今日、貴方がやって来ました。勇者だけではなく強大な力を持つ少女を仲間にし、ここまで慕われてくる人望は勇者の親友だった言う運だけでは説明がつかない。きっと貴方は大きな何かを、勇者やアキさんを変えた何か力を持っていて、もしかしたら・・・貴方なら・・・こんな私を変えてくれるのではないかと思い、鍵をお渡ししたのです・・・内見にお付き合いできなかったのは彼女と骨になったウィルに今更会うのが怖かったのかもしれません・・・ボットさん、彼女は・・・ライラは・・・」


消えそうな声で言葉を紡ぐキール


「・・・私を許してくれるでしょうか?」


あぁ、彼は5年間、守ってあげられなかった事を1秒たりとも忘れられず後悔しているんだ


「・・・大丈夫だと思います。キールさん、今の貴方はこれを読む覚悟を持っていらっしゃると思いました。俺がライラさんとした約束、果たさせていただきます」





俺はライラからキールに宛てた手紙を取り出してキールの目の前に置いた




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