第9話 ちみっこと校外学習 その3
今、アタシの目の前には同部屋四人組が正座している。
「ミナちゃん、ゴメンね~ 権力には逆らえないのよ~」
「ウチらじゃ公爵令嬢の言うことに従うしかないもんね~」
「シャロン様、怖いよね~」
「シャロン様、エロかったよね~」
まぁ、アタシも含めてこの部屋には低位貴族しかいないから、高位貴族に逆らえなかったってのは分かる。何せ子爵令嬢のアタシがこの中で一番高位なくらいだから。
だとしてもだ、友達を売っていいってことにゃならねぇだろ! あとエロいのは確かだが今は関係ねぇ! そう思って取り敢えず殴っておいた。拳骨一発ずつで勘弁してやることにする。
涙目になってアタシを見上げている四人組を見下ろして、少しだけすっきりしたアタシは、
「サラシ持ってったよね? 胸がスースーするからとっとと返して」
...をい、お前ら、何を目配せ合ってんだよ!?
「ご、ゴメンね~ これもシャロン様に言われててね、剥いだサラシは『戦利品として私の部屋に持って行っておきなさい』って...」
あんの痴女~! なんだよ戦利品って!? 人の使用済みサラシどうする気だよ!? あぁもう! 二泊三日なんだから予備のサラシなんて持って来てねぇぞ!
どうする? 痴女の部屋に押し掛けて取り戻すか? いや...下手したら返り討ちに合って、今度はベッドに引き摺り込まれたりするかも...ブルルルッ! 想像しただけで寒気が...
取り敢えずコイツらはもう一発殴っとく。夕食はどうしよう..この格好で人前に出たくないしなぁ。コイツらに部屋まで運ばせるか。
明日のことは明日考えよう。念の為、ブラは持って来といて良かったよ...
◇◇◇
翌朝、すっかり注目の的です! はい、それも当然ですね! 昨日までツルツルペッタンコだったお胸があ~ら不思議、たった一日でこ~んな膨よかに! どーですか奥さん!
...ハハハ、笑えねぇ...みんなの視線が痛い...もうお家帰ろうかな...
「ミナっ! お早う! そのなんだ...シャロンが色々と済まない...」
「お早う、ミナ。僕はその姿もいい...と思うぞ...」
「...お早うございます...」
殿下にエリオット、気を遣ってくれてありがと。でも目線を下に下げるの止めて貰っていいかな...
「皆さん、お早うございます!」
出たな痴女! アタシはすかさずエリオットを盾にする! ガルルルッ!
「シャロン、お前なぁ...もうちょっとやり方ってもんがあんだろ...」
「まぁ、アルベルト様。私はミナさんの素晴らしさをもっともっとお知らせしたかっただけですのよ? ご覧になって? あの恥ずかしそうに胸元を隠してる姿を。あれだけでご飯三杯いけますわっ!」
「ま、まぁ確かに...そういう意味じゃグッジョブ?」
朝っぱらから何言ってんだこのド変態バカップルはっ! ってかこの世界に米あんのかよ!? 久し振りに白いご飯を腹一杯食いたいなぁ...ってアタシも何言ってんだ!?
「あ、あの、そろそろ出発の時間なんで我々も行きませんか?」
エリオットの言う通り、今日はこれからトローリー馬車に乗って『精霊の森』に向かう。運行開始時刻はもうすぐだ。馬車乗り場に向かう途中、シルベスターが物陰から覗いているのを見付けたアタシは、当初の目的を思い出した。
「シルベスター、あなたも一緒にどう?」
シルベスターはビックリしたのか飛び上がって驚いたようだ。気付いていないとでも思ってたのかな?
「い、いいんですか?」
「うん、いいよ。行こう」
後ろの方で何か騒いでるが知るもんか! アタシはシルベスターの手を引いてちょうどやって来た馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
「ここが『精霊の森』...」
馬車に乗って約30分、アタシ達の目の前に壮大な森が広がっていた。ほとんど人の手が入っていない原生林だとは聞いていたけど、なるほど確かに遊歩道なんてものは無く、獣道に毛が生えたような道があるだけだ。引率の教師が大声で注意事項を説明する。
「いいか! この森は神聖な場所だから、枝を折ったりゴミを捨てたりすることは厳禁だ! 精霊の怒りに触れたくなかったら遵守するように! それと足元が滑り易いから注意しろ! それから迷子になったりしないよう常にグループ単位で行動すること! 以上!」
ちなみに今日、アタシは例の四人組とは別行動を取ってる。理由は言わずもがな。
「シルベスター、行こうか」
「い、いいんでしょうか..」
「いいの、いいの、気にしないで」
後ろの方から刺すような視線を感じるけど、黙って付いて来る所を見ると、嫌々ながらも受け入れてはいるみたいだ。シルベスターは縮まっているけど。それと目線を下げるな! シルベスター、お前もかっ!
森に足を一歩踏み入れると、静謐な雰囲気が伝わって来る。ブナやナラ、モミといった大木が生い茂り、足元にはシダ、ワラビなどが生えている。多少足を取られるが、歩き難いという程でもない。前世では森林浴が好きだったこともあり、思いっきり深呼吸してみる。
「ん~ 気持ちいいね~ 手付かずの自然っていいよね~」
「そ、そうですね」
「...ねぇ、その喋り方止めない?」
「えっ? で、でもボクはバートレット嬢に」
「ミナ」
「えっ?」
「ミナでいいよ」
「み、ミナ...」
「ん、よろしい」
「で、ではボクのことはその...スライと...」
おふっ! いきなり愛称呼びとわっ! ま、まぁ打ち解けてくれるのはいいことだけど。
「分かった、スライ」
はにかんだ笑顔がいいねっ! 尻尾がブンブン振れているのが見えるようだよ。それはそうと後ろの三人、殺気を飛ばして来ないようにね...
「ところでスライ、この『精霊の森』に関する逸話とか詳しい方?」
「はい、あ、いや...うん、それなりには」
やっぱりね。魔道騎士団長の息子ってのは伊達じゃないか。
「精霊王が昔住んでたって聞いたけど?」
「そう、ここは昔1000年くらい前かな? 精霊王が治めていた土地で、その頃、ここには沢山の精霊達が暮らしていたんだって。だけどある時、反乱が起こって精霊王が倒されてしまってからは、土地は荒れ果ててしまって住めなくなり、精霊達もみんな居なくなってしまったらしいよ」
「反乱って?」
「闇の精霊『プルートー』が反旗を翻したらしいよ。まず手始めに光の精霊『レム』を取り込んでしまってここは闇に包まれた。その闇に乗じて精霊王を倒したんだって」
「闇の精霊か...ん? ちょっと待って、光の精霊って『星の乙女』の守護精霊じゃなかった?」
「良く知ってるね、その通り! ここを包み込んだ闇は徐々に広がり始めてね、このまま広がり続けると、この世界全てが闇に閉ざされてしまう。そんな時に立ち上がったのが『星の乙女』彼女は星の精霊『アトラス』の導きによってこの地にやって来た」
「星の精霊の導き...それが『星力』ってこと?」
「本当に詳しいね! ボクより詳しいんじゃない!?」
いやぁそれ程でも~ ってゲームの知識なんだけどね...
「それからどうなったの?」
「うん、実は精霊王は倒されたフリをしてただけでね、助けに来た『星の乙女』の力を借りて激闘の末に闇の精霊『プルートー』を倒して光の精霊『レム』を開放し、この世界に光が戻ったって訳。助けられた光の精霊『レム』は『星の乙女』に精霊の加護を与えて感謝の意を表したらしいよ」
「ふうん、なるほどねぇ。なんだか壮大なスケールの話だねぇ...あれ? ちょっと待って? 精霊王はどうなったの?」
「精霊王はその戦いで力尽き、この地に眠ったと言われているよ」
「あぁ、それが『スバル湖』の浮島にあるっていう精霊王の祠ね」
「その通り」
「ところで『星の乙女』はその後どうなったの?」
「精霊の加護を受けて、その後も邪悪なるものと戦ったりしたらしいけど、あんまり詳しくは伝わっていないらしいよ」
「そうなんだ?」
「なにせ1000年くらい前の話だしねぇ。その後『星の乙女』が現れたことも無いし」
「えっ? その後一人も?」
「うん、一人も」
「そうなんだ...スライ、色々と教えてくれてありがとう」
「いえいえ、このくらい。ミナも結構詳しかったじゃない? 興味あったの?」
「アハハ、まあね」
アタシは曖昧に頷きながら考える。闇の精霊に光の精霊、精霊王に星の精霊、それに『星の乙女』まで。まさかゲームに出て来なかった場所で、こんな風に絡んでいるとは思わなかった。
今聞いた話が今後どう関わってくるのか、それとも全然関係無いことなのか、今の段階では判断しかねるなと思っていたその時、
「...っ!」
まただ。またあの悪寒に襲われた。しかもあの時より強烈な...アタシが思わず立ち尽くしていると、
「ミナ? 大丈夫?」
シルベスターが気遣ってくれるがアタシは体の震えが止まらない。
「だ、大丈夫...」
と答えるのがやっとだ。
「「「ミナッ(さん)!」」」
異変を察知した三人が駆け寄って来る。
アタシは震える体を自分で抱き締めながら、言い知れない不安にただ怯えるだけだった。
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