第10話 ちみっこと校外学習 その4

 原因不明の悪寒はしばらくすると何事もなかったかのように治まった。



 本当に一体なんだったんだろう...気味が悪いよね...湖の時とは比べようもないくらいの悪意を感じた。何か嫌なことが起きなきゃいいけど...


 アタシに何かしたと勘違いした三人が、口々にシルベスターを責め立てるので、アタシは必死に違うと訴えた。三人に詰め寄られたシルベスターは、きっとアタシよりも青い顔をしてると思う。シルベスター、ゴメンね...アタシのせいで...何も悪くないのに...


 その後、なんとか分かって貰えたようで、取り敢えず戻ろうってことになった。帰り道はアタシが心配だからと殿下とシャロン様に脇を固められ、その後ろにエリオットが付くという形になった。

 

 シルベスターは更にその後ろから項垂れながら付いて来る。うぅ、せっかくあれだけ打ち解け合ったのなぁ...あぁ、また犬耳が垂れ下がって見えるよ...ホント、ゴメン...


 オマケにアタシがシルベスターのことをつい「スライ」って呼んじゃったもんだから、「やっぱり俺のことはアルと呼べ」だの、「私のことはシャルって呼んで」だの、「僕のことはエリーと」だの、ウザイったらなかった...お前ら、ホントにアタシのこと心配してる?


『精霊の森』から出たアタシ達は、引率の教師に断りを入れて一旦ホテルに戻ることにした。馬車に乗り込む際、振り返って見た森の姿は、なんだかさっきまでと違って不気味な感じがした...



◇◇◇



 ホテルに着いたアタシは、一旦部屋に戻ることにした。午後からは昨日あの四人と約束した通り、ボートに乗る予定だからだ。皆はまだ心配そうにしていたが、もう大丈夫だからと言って過保護な連中と別れた。体はもうなんともないからね。


 部屋に戻って一息つく。まだ四人は戻って来てない。少し疲れたのでベッドに横になりながら、アタシはさっきシルベスターから聞いた話を思い出す。


 闇の精霊と精霊王の戦い、星の精霊の導き、『星の乙女』の参戦、なんかこれだけで一つのゲームが作れそうなシチュエーションだよね。


『セイレン』の制作スタッフには悪いけど、こっちのストーリーの方が売れたんじゃね? って思ったりして。あれ? そう言えば『煉獄の王』っていうラスボスの設定、なんか今の話に似ている所があったような...アレは確か...


「...ちゃん...」


「ミナちゃんってば!」


「...ふぇ? あ、もしかして私寝てた?」


「おはよ~ 良く寝てたよ~」


「森を歩いて疲れちゃった?」


 何時の間にか寝てたらしい。結構疲れてたんだな。あれ? 眠る前になんか思い出したような? なんだっけ? 大事なことのような気がするけど思い出せないや...


「お腹空いたね~ お昼食べよ~」


「あ、あたしも~ お腹ペコペコ~」


「...そうだね、お昼にしようか」


 アタシ達は部屋を出て食堂に向かった。



◇◇◇



 昼食後、湖にやって来た。昨日と違って今日はボートが空いてるみたいで良かった。早速ボートに乗り込もうと四人に話し掛ける。


「二人乗り用のボートだけど、私ちっちゃいから三人でも行けるよね? 組み合わせはどうしようか?」


 すると四人が誰もアタシと目を合わさない。訝しむアタシの耳に響いた声は...


「あらぁ~ 偶然ねぇ、私もちょうどボートに乗りたいと思ってたの。ミナさん、ご一緒に如何?」


「シャロン様...」


 わぁ~ なんてデジャヴ~! よしお前ら説教だ! そこに正座しろ! って逃げるの早いな! もうボートに乗り込んでやがる! クソ~ 覚えてろよ~!


「さぁミナさん、行きますわよ~」


「はぁ...よろしくお願いします...」


 はいはい、どうせ逃げられないからね...ってか、シャロン様ボート漕げんの!?


「これくらい当然ですわ~ 淑女の嗜みでしてよ~」

 

 いや、絶対違うから! と思ったけど、オールを漕ぐ手つきがやけに熟れてるし力強いな。淑女って皆そうなの? この人だけだよね?


「本当にお上手ですね...」


 それにしても...まぁ揺れること揺れること。ボートじゃないよ? この人の双丘ね。オールを漕ぐ度にポヨンポヨンと揺れる揺れる。女のアタシでさえ目が釘付けになるよ...男子には目の毒だね...だから羨ましくなんかないんだってばさっ!


「あ、シャロン様。浮島に向かって貰えますか?」


「ガッテン! 承知しましたわぁ~」


 威勢の良いお嬢様だな...まぁ目的地に向かってくれればなんでもいいや。浮島には小さいながらも桟橋が設置されてて上陸し易くなってる。アタシ達が着いた時にも他に何艇かのボートが泊まっていた。やっぱりちょっとした観光スポットになってるんだね。


「着きましたわぁ~ 小さい島ですわね~」


「お疲れ様でした」


 浮島は直径20mくらいの小さな島で、円というより楕円に近い形をしている。島の中央にある『精霊王の祠』は、遠くからだと木造の掘っ建て小屋のように見えたが、近くで見るとしっかりした造りになっているのが分かった。


「あら、結構立派な建物なんですのね。飾り付けもしてありますわ」


「えぇ、キレイですね」


 祠の中には石碑があり、注連縄が張られている。お供え物だろうか? 花や食べ物などが置かれている。さすがに賽銭箱は設置されてなかった。


 アタシ達は、他のボートでやって来た人達と一緒に祠の前で手を合わせて祈りを捧げた。



「...っ!」



「シャロン様? 何か仰いました?」


「いえ? 何も言ってませんわ?」


「そうですか...」


 何か聞こえた気がしたけど、気のせいだったかな?


「ふぅ、それにしても元気そうなんで安心しましたわ」


「えっ? それじゃ私のことを心配して一緒に?」


「当然じゃありませんの。ミナさんが青い顔をして震えている姿を見た時、私胸が張り裂けそうでしたのよ」


「シャロン様...ありがとうございます...」


 うぅ、シャロン様ゴメンね、疑ったりして。変態なだけの人じゃなかったんだね。


「だって元気になって貰わないと一緒にお風呂に入れませんからね~♪ グフフッ♪ 楽しみですわ~♪ 今夜もたっぷりと堪能させて下さいね~♪」


 ...うん、今夜は絶対に内風呂に入る。感動を返せっ!



◇◇◇



 なんと今夜の夕食後、肝試しがあるらしい。生徒有志の企画なんだとか。前世を思い出して懐かしくなってしまった。もちろん喜んで参加させて貰う。


 前世のアタシはお化け屋敷とかホラー映画とか心霊スポットとか、軒並み平気だった。女の子なら「キャアッ!」って叫んで彼氏に抱き付いたりしたら可愛げもあったんだろうけどさ。それでも若い頃はそれなりに彼氏とかも居たんだけどね...か、悲しくないったら!


 ペアになるのはもちろん男女で、くじ引きで決めるそうな。まぁベタだよね。そしてくじ引きの結果、アタシのペアはシルベスターだった。殿下とエリオットが悔しそうにしてる。なんでだ?


「シルベスター...じゃなかったスライ、よろしくね」


「う、うん、こちらこそ...」


 なんか元気ないな...まぁ昼間のことを気にしてるんだろうけど。


「昼間はなんかゴメンね...アタシのせいであらぬ疑い掛けられちゃって...」


「い、いや、そっちは平気。それより体調の方は大丈夫?」


 えぇ子やなぁ! 自分のことよりアタシの心配って。


「うん、もう全然大丈夫。心配掛けてゴメンね」


「そ、そっか。良かった」


「あ、そろそろアタシ達の番だね。行こうか」


「そ、そうだね...」


 今回の肝試しのコースは、湖の畔にある小さな廃屋まで行って、そこに置いてある一輪の花を持って帰って来るまでとのこと。カンテラの灯り一つが頼りだ。前のペアがスタートしてから15分後に次のペアがスタートする。


 これもベタだけど、脅し用のお化け役とか居るのかな? 釣竿にコンニャクぶら下げたりとか? アタシはワクワクしながらスタートしたんだけど...


「...スライ、もしかして怖いの?」


「そそそんなことないよっ! ぼぼぼボクは男なんだからっ!」


 いやそうは言ってもアタシの後ろに隠れてる時点で丸分かりなんだけど...ってか、こんなちっちゃい体の後ろに隠れ切れる訳もないし。丸見えだっての。


「スライ、火魔法が使えるアンタが前に出て照らしてくれないと。今夜は月も出てないから、カンテラの灯りだけだと足元が覚束ないんだけど...」


「わ、分かってるんだけどぉ...」


 ダメだこりゃ! アタシは諦めて先へ進むことにした。


「み、ミナ~ 置いてかないでよ~」


 置いてかれた子犬かっ! 仕方無いないなぁ...って後ろを振り返った瞬間、アタシは闇に呑み込まれた。


 えっ? なにっ? って思う間も無くアタシの意識はブラックアウトした。


 意識を失う間際、アタシを呼ぶシルベスターの声が聞こえた気がした...


 


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