第31話 終末の予兆
渦巻く風の遙か下に、人間が新たに築いた文明の一部が集まっている。
幻装兵を竜巻の中に留めながら、アルカナは上空から第七魔導研究所を見下ろしていた。
『見えますか? アルカナ』
「ええ、とても……」
神の言葉を伝える神凪ルシアと意識を同調させることで、アルカナの機体――ケイサス・アルカナムの映像盤には、ルシアの千里眼によって視える第七魔導研究所の内部がはっきりと映し出されていた。
『その竜巻を、どう使うのです?』
ルシアに問いかけられ、アルカナは自らの迷いに気づいた。
暴風雨を起こし、第七魔導研究所を呑み込むは容易い。
この竜巻でサキガミ・キサラがいる研究室を穿つことも可能だ。
だが、それをしてはならない――。
迷いはアルカナの行動を制限し、自分でも驚くような考えが口を突いて出た。
「……人間への牽制に」
神人の粛正をサキガミ・キサラが恐れるとは思えない。
アルカナは自らの甘い考えに自嘲の笑みを浮かべた。
『あなたらしくもない。一体、どうしたのです?』
「街が近い……。第七魔導研究所で暴風雨を起こせば、運河を伝って街を呑み込むでしょう」
アルカナは、粛正の在り方に迷いを持っている。
――もう疲れた。
だが、それを告げる勇気は、アルカナにはなかった。
ルシアに告白したところで、理解されるとも思えない。
――サキガミの里ごとまた滅ぼすの? 神人の務めとして。
あの時、ハクライの巫女は、全てを見抜いていた。
粛正対象は、反魂術を行使する者。それは今も変わらない。
だが、ハクライの巫女を失ったサキガミ・キサラが、同じ過ちを犯すだろうかという疑問も湧いた。
研究は行われているが、物理的には不可能なはずだ。
完全素体であるホムンクルスに自らの魂を移そうと試みたグラスは、闇に葬り去られた。
技術は継承されず、唯一残された手掛かりは現代の技術で完全素体のホムンクルスを生み出すことは不可能であることを示している。
――私が死ねば反魂術を行える者はいなくなるわ。
あの時信じたハクライの巫女の言葉は、現状を予言しているかのようだ。
アルカナは、自らに問いかける。
果たして自分は本当に正しいのか? と。
『……それがなにか? 必要とあらば、この街ごと滅ぼして構いません』
ルシアの微笑みがアルカナの脳裏に浮かぶ。
微笑みながら恐ろしい言葉を口にするルシアは、人理のためなら手段を選ばない。
かつてのアルカナと同じだ。
「街の人間は、反魂術とは関係がありません。ハクライの里のように全てを滅ぼす必要はないでしょう」
『ええ。そうです。あなたはいつだって正しい』
「狙いはサキガミ・キサラ、ただ一人――。ですが、邪魔する者には容赦はしません」
『終末ノ巫女は、そうでなければ』
アルカナの言葉にルシアが満足げに微笑む。
二人の会話は、竜巻の間に割り入った槍によって中断された。
『さあ、あなたの使命を果たしなさい』
ルシアの声はそこで途切れる。
アルカナは竜巻を解き、第七魔導研究所の敷地外に降下した。
六機の機兵が即座にアルカナのケイサス・アルカナムを取り囲む。
『こちらルドラ隊、敵機を発見。繰り返す――』
「命が惜しくば、退きなさい」
通信を遮断し、アルカナが自らの声を機体に直接届ける。
だが、誰も従わず、戦闘が開始された。
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