第28話 神に弓引く者
経験したこともない嵐が、かつての学術都市アルゴンを包んでいる。
激しい風雨が機体を容赦なく叩き付け、毒沼の水は既に機兵の膝丈まで迫っていた。
(これが
暴風雨が辺りを一掃するように吹き抜け、旋風を起こす。
あまりの風の強さにノクス・メモリアが思いがけず傾ぎ、エンネアは足踏板を強く踏みしめながら体勢を立て直さなければならなかった。
(キサラさん、どうか無事でいて……)
縦孔の入り口では、地下に潜ったキサラを待つように羅刹鬼が屈んだままになっている。
その姿は辛うじて風雨の合間に視認することが出来たが、周囲に築いた簡易な堤防の様子は全くわからない。
一メートル先さえ見えない風雨の中、キサラの救助に向かうべきか迷いながらノクス・メモリアを羅刹鬼へ向けて歩ませ始めたその時。
周囲が閃光に白く染め上げられ、轟音が鳴り響いた。
「!!」
閃光が晴れた次の瞬間、エンネアの前をデュークと思しき機体が横切った。
「え……?」
空を仰ぐように横倒しになったデュークから、機兵の血ともいえる
機体は何者かの手によって真っ二つに切り捨てられていた。
搭乗者の安否は確認するまでもなかった。
「敵襲!!」
咄嗟に跳び退き、叫びながら槍を構える。
その途端に激しい風雨が止み、見たこともない白色の機兵の姿が露わになった。
『――人には人の領分がある。それを逸脱し、神に弓引く者には――』
雷鳴だけが不気味に轟く中、その搭乗者は冷たく言い放った。
「死を与えるのが、私の役目です」
――
エンネアは確信すると同時に槍を振るう。
だが、それを神人の操る機兵は悠々と受けた。
翡翠色に妖しく煌めく剣はエンネアの槍を弾き、旋風を起こして機体を薙いだ。
「ぐぅっ!」
剣の直撃を受けたわけでもないのに大きな衝撃が加わり、機体が吹き飛ばされる。
「少尉!」
敵の追撃の間に僚機のデュークが割って入ったかと思うと、轟音がエンネアの耳をつんざいた。
『
冷たい声と共に神人が容赦なくデュークを薙ぐ。
「止めて!」
衝撃で沼地に吹き飛ばされたエンネアは、映像盤に映し出された光景に悲鳴を上げた。
鈍い音を立て、デュークの頭部が刎ね飛ばされる。
機体の頭は、エンネアの元に落ちた。
「……そんな……」
機兵の装甲をいとも簡単に破る神人の機兵――幻装兵が、エンネアの元にゆっくりと歩み寄る。
『サキガミ・キサラは、どこですか?』
上空を取り囲む雷に照らされながら幻装兵が近づいてくる。
神人の問いかけにエンネアは奥歯を噛み、肩部の
『逃げても無駄です』
思惑通り、神人はエンネアを追うことを選択する。
エンネアは脚部の
だが――
「なっ!?」
一陣の風が吹いたかと思うと、幻装兵が信じられない速さでエンネアの懐に入り込んで来た。
「くぅっ!」
咄嗟に槍を引き、顔面を狙って跳ね上げるようにしながら攻撃を繰り出す。
幻装兵はそれを予測していたように剣で払い、距離を取った。
(神人を相手に私一人……。かなり分が悪い……)
エンネアには魔力切れのリスクがあったが、神人にそれがあるかはわからない。
「はあぁあああっ!」
柄の中心を握りしめて槍を打ち下ろし、穂と石突きの両方を使って攻撃を試みる。
だが、エンネアの全ての攻撃は簡単にいなされ、幻装兵の機体に掠ることさえ出来ない。
幻装兵の剣の腕も、エンネアの状況を不利にしていた。
攻撃範囲の広さで敵の優位に立つ槍が意味を成さないほど、幻装兵の動きは素早く、無駄がなかった。
『もう一度聞きます。サキガミ・キサラはどこです?』
『教えられないわ』
戯れのように剣を合わせていた神人が、じょじょに力を込め始めている。
あっという間にエンネアは押し負け始めた。
『いいでしょう。神に逆らう罪を、身を以て知りなさい』
「……っ!」
息が止まるほどの強い殺意がエンネアに向けられる。
エンネアは柄を持つ手を緩め、石突きに近い位置で槍を持ち直し、肩部の
『不意打ちにすらなりません。これが、
エンネアの槍の穂先を危なげなく
「……ぅぐっ!」
激しい衝撃と共にノクス・メモリアは吹き飛ばされ、瓦礫の残骸に激突した。
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