第26話 急変する空
『……当たりだなァ』
大人しく作業に参加していた羅刹鬼が、錆びた鉄の扉を爪の先で擦っている。
『これ、開けりゃいいンだよな?』
「ええ。開けられそう?」
『扉の原型は保証しねェぞ』
問いかけに羅刹鬼は扉の合わせ目に爪を差し込み、指先に力を入れた。
耳障りな金属音を立てて、錆びた扉が
扉を開いた先からは、同じように錆びた扉が現れた。
『はン! この向こうにも扉があンぜ』
羅刹鬼が鼻を慣らしながら、次の扉を開く。
結果的に三重の扉を開くと、さらに地下に続く梯子が露わになった。
「……見つけた……」
梯子の先は暗くて見えないが、これだけ厳重に守られていることが、なによりの証拠だ。
「羅刹鬼、ここで待っていて」
『止めても行くンだろ?』
「ええ」
あらかじめ用意しておいた防毒衣に身を包みながら、キサラは頷いた。
「少佐!」
その発言から次の行動を察したのだろう。
エンネアの慌てた声が通信機から響いた。
「全機この場で待機。私は地下を探索する」
拡声器を通じて全機に呼びかけ、エンネアと残る三機のデュークに地上での警戒待機を命ずる。
キサラはそのまま羅刹鬼を降り、地下へと続く扉の前に立った。
防毒衣を着ていてもわかるほど、蒸し暑く不快な風が吹き付け、毒の沼地を波立たせている。
彼方の空からは、墨を零したような不穏な雲が近づいている。
羅刹鬼の外に出た歩みを阻害するように、向かい風が強くなり、毒の沼地がざわざわと騒ぎ始めた。
飛沫が巻き上げられ、機兵に当たり、斑に染めていく。
キサラは風に追われるように地下へと潜った。
†
黒雲が渦を巻き、轟々とうねりをあげながら空を暗く染め上げている。
雷鳴が轟きはじめると、風は一層強さを増した。
映像盤に映された
「来たか……」
ネブラ・ナーダの
まるでそうなることを予測していたかのように、彼の視線は映像盤上部にある通信機へと向いた。
「イルフリード様! 突如、廃墟の上空で激しい雷雨が降り始めています。調査隊との通信も繋がりません……」
渦巻く漆黒の雲の間に、イルフリードの瞳は真っ白な機体の姿を見出していた。
雲間から降りた機体が掲げた腕をゆっくりと下ろす。
その動きに反応して、鋭い疾風が地上を薙いだ。
「なんだあれは!?」
毒沼の汚泥が巻き上げられ、廃墟の残骸を打ち砕く。
真っ白な機体――それが神人の操る幻装兵であることに気づいたイルフリードは、低く喉を鳴らすようにして笑った。
「遂に、
「神人……」
通信機を通じてイルフリードの呟きを聞いた艦長が、ごくりと生唾を飲む。
「全艦戦闘配置だ。最大限の警戒をもって事に当たれ」
「はっ、全艦戦闘配置! これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない!」
敵兵は一機。
それも幾分か離れた先にいる。
だが、イルフリードの命令は、正しく艦長に伝わり、すぐに厳戒態勢が敷かれた。
戦闘配置を呼びかける艦長の艦内放送が繰り返され、警報が鳴り響いている。
甲板の船員は慌ただしく動き回り、砲塔にも実戦に耐えうる人員が割かれた。
「私はネブラ・ナーダで出る。三十分経って戻らなければ、艦を突入させろ」
脱出するために船を突入させる。
最終手段への判断は、三十分後だ。
「はっ! 了解しました。ご武運を!」
イルフリードの命令にきびきびと答えた艦長が、ネブラ・ナーダの出撃に備える。
格納庫を出たネブラ・ナーダは、そのまま
「
拡声器で叫ぶ管制員の声が響き渡っている。
射出機が蒸気を吹き上げて激しく駆動を始め、ネブラ・ナーダの機体は自然に前傾姿勢を取った。
「ネブラ・ナーダ出ます! ネブラ・ナーダ発進!」
管制員の号令を受け、
最大出力に達した動力が、甲板の上でうねりを上げている。
激しい蒸気と共に凄まじい速度で射出されたネブラ・ナーダは、目的地に向かって飛翔した。
「神人のお手並み拝見といこうか」
豪雨の中を漆黒の弾丸のように突き抜けるネブラ・ナーダの操縦槽内で、イルフリードは獰猛な笑みを浮かべた。
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