第25話 死せる都市への遠征

 帝国軍の陸上巡航艦ラスハー級の格納庫に、羅刹鬼が運び込まれていく。

 羅刹鬼の他にエンネアの搭乗機であるノクス・メモリアとイルフリードの搭乗機ネブラ・ナーダ、護衛の兵士らが搭乗するデューク三機が搭載された。


 黒い衝角を備えた悪魔を思わせる漆黒の機体であるネブラ・ナーダに比べ、エンネアのノクス・メモリアは同じ黒色の機兵でありながらも、頭部には縦に長い笠のような兜を冠した騎士風の出で立ちだ。


 動力の改造によって出力の増大が実現したノクス・メモリアの運動性能の高さは帝国でも屈指の機体とされている。

 それだけ操縦者であるエンネアの魔力消費は凄まじく、長時間の戦闘には向かないものの、それを補って余りある戦闘能力の高さをエンネアは既に身につけていた。


 エンネアが指揮する機兵部隊として用意された三機のデュークには胴脛当て、盾による重装備の防御が施されており、甲蟹カブトガニを逆さにしたような頭部には尾剣のような通信アンテナが取り付けられている。

 重装騎士を思わせるデュークは、いざという時に、身を挺してキサラたちを守る役割を担っていた。


「イルフリードまで一緒だなんて、少し大袈裟過ぎないかしら?」


「第七魔導研究所の所長自ら遠征に出ることが異例なのでな」


「少佐は研究に没頭するあまり鍛錬を行っていませんから、これでも心許ないくらいです」


 大袈裟なほどの部隊に辟易とするキサラを、イルフリードとエンネアが淡々とした口調で説き伏せる。

 正論を示されて、キサラは口を噤んだ。


 羅刹鬼を使えることを除けば、階級こそ軍人ではあるが、戦闘には不向きなのだ。

 それを痛感しながらキサラはエンネアとともに陸上巡航艦ラスハーで出航した。



 †



 トーチ・タウンのあるトラバント領を抜け、湖畔沿いに東へ移動する。

 ブランチ領で補給を済ませたあとは南下を進め、グレイスフィール領へと入る。


 グレイスフィール領内に存在する古戦場跡地は正確には、学術都市アルゴンという錬金術で栄えた都市の跡地だ。

 四百年程前、グラスもこの都市にアトリエを構えていたが、魔族の空襲を受けて街は全焼。

 グラスもアトリエの移転を余儀なくされた。


 学術都市アルゴンを襲った魔族は、その後、帝国軍により討伐されたが、その際に討ち取られた毒をもつ竜の死骸が周辺の土地を完全に腐敗させてしまったのだ。

 以来、学術都市アルゴンは何人も立ち入ることが出来ない死の都市となり、廃墟と化している。

 その廃墟も長い年月を経て風化の一途を辿っていた。


 陸上巡航艦ラスハーが毒沼と化した沼地の畔で停止し、格納庫から機兵が射出機カタパルトで射出される。


「我々はここで待機する。指揮はエンネアが執る」


 イルフリードは愛機とともに陸上巡航艦ラスハーの護衛に当たり、羅刹鬼を含む残り四機が探索に乗り出す。


 生身の人間ではとても進むことのできない沼地を、機兵で掻き分けながら、キサラたちはかつてのアルゴンの中心地を目指した。


 四百年もの間、生者を寄せ付けなかった都市は、激しく荒廃が進んでいた。

 在りし日のアルゴンの地図を手掛かりにキサラは、グラスのアトリエの目星を付けていた。


 地図に描かれて居ない場所。

 そこにある建物が、恐らくグラスのアトリエだ。


 キサラの予想したとおり、都市の中心地の外れ――大きな岩盤を背にした場所に焼け落ちたと思しき黒焦げの建物の基礎が残されていた。


「羅刹鬼、なにか感じる?」


『なァンか、抜け殻めいたもンがあるみてェだなァ』


 キサラの問いかけに羅刹鬼が鼻を鳴らしている。

 気配か匂いを感じ取れるのだろう。


「抜け殻? あるってどこに?」


『地面の下さ。けどよォ、随分古いって話なンだから、半分くれェは黄泉の国に突っ込んでるかもなァ』


「……なるほど……」


 羅刹鬼の話は一理ある。あるいは、グラスほど他人を信用しない人間であれば、自己の研究に何らかの保険をかけていることも想像に難くない。


『んで、どうする? 禁忌の研究とやらを掘り出すかァ?』


「そのために来たのよ、羅刹鬼」


 からかうような口調の羅刹鬼に苦笑を漏らして応じると、通信機からエンネアの声がした。


「……キサラ少佐?」


「――ああ、ごめんね」


 キサラには普通に聞こえている羅刹鬼の声は、普通の人間には聞こえない。

 今の羅刹鬼とキサラの会話は、羅刹鬼に取り付けられた拡声器を通じて大きな独り言として流れていることを思い出した。


「……この場所に施設跡地の痕跡があると思われます」


「確かなんですか?」


 要点だけを述べると、デュークの操縦者から疑問の声が上がった。


「羅刹鬼が何かを感じ取ってくれている。それで十分」


「わかりました。地面を掘り、地下を捜索してみましょう」


 キサラの見解をエンネアが肯定する。

 黒焦げになった建物の基礎を中心として、機兵で毒沼を掻き分け、瓦礫で堤を作る作業が始まった。


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