第24話 孤独な錬金術師

 第七魔導研究所において、キサラの反魂術を支持する研究者によるもう一つの研究は僅かな進展を示していた。


 反魂術のための、器としてのホムンクルス――。


 その研究は今から四百年前、まだ人間と魔族が種の存続を賭けて争っていた時代にさかのぼる。


 当時、人類は異界の生命体――魔神デウスーラとその眷属である魔族たちによる侵略を受けていた。


 のちに人魔大戦と呼ばれる侵略戦争は七十年に及び、人類は滅亡の窮地に立たされ、不老不死を求めるときの錬金術師らによって様々な実験が繰り返し行われた。


 彼らは人造生命を開発し、人間の魂を移すための器にしようとしていたのだ。


 だが、その研究も聖華の三女神に選ばれた勇者が地上に降臨したことによって、終わりを迎える。

 勇者とその仲間たちで構成された『六聖者』によって魔神デウスーラは討伐され、その眷属たちも大陸北東部の魔界と呼ばれる地に封じ込められることとなった。


 かくして人類は滅亡の危機を免れ、ホムンクルスの研究は不老不死を目的にするものから、新たな生命を創造するという点だけを引き継ぎ、現代に受け継がれた。


 すなわち、現代におけるホムンクルスは主人の命令を忠実にこなすだけの人形のような存在に過ぎず、寿命も二十年程度と短い。

 反魂術の実験に耐え得るのは、不老不死の素体とすることを目的としていた四百年前の研究を紐解く必要があった。


 キサラが第七魔導研究所所長に就任してすぐに開始された文献研究は、グラス=ディメリアと呼ばれる一人の錬金術師に辿り着いていた。


 だが、このグラスという錬金術師は誰も信じず、誰も愛さず、誰にも愛されることなく孤独の果てに自死を選んだ憐れな天才であり、子孫はおろか弟子すら存在しない。


 彼の実績は今日でも語られるほど偉大なものだったが、その方法論を知る術が残されていないのだ。


 研究所に招致した帝国錬金学会に所属する歴史家によると、グラスは歴史上に数名しか存在しない冠位グランデの称号を持つ錬金術師であり、人魔大戦末期頃に活躍、彼の数々の発明は人類の勝利に大きく貢献したとされている。


 彼が残した技術は今日の錬金術の礎となったが、ホムンクルスの研究は彼の晩年のもので、その研究を引き継ぐ者は誰もいない。


 病に苦しんだ晩年のグラスは、治療法として、ホムンクルスへの魂の置換を試みていたことが、彼の主治医の口伝により伝わっている。

 だが、研究は難航し、進行する病の苦しみに耐えかねて、アトリエに火を放ち焼身自殺したというのがグラスの最期とされている。


 ――神人カムトの介入。


 報告を聞いたキサラは、直感で神人の介入を疑った。

 恐らくグラスの研究は完成していたのだ。

 不老不死を実現した故に、世界の抑止力である神人に消されたのだと。


「どんな手を使ってでもいい、錬金術師グラス=ディメリアの研究資料――その複製を探し当てる」


 確信を強めたキサラは、帝国軍の情報網を駆使してグラスの足跡を探り始めることを決定する。

 すぐに皇帝の勅命が下り、イルフリードら暗黒騎士の介入によって大々的な調査が進められた。


 ――その一ヶ月後。


 未だ調査の手が入っていない、グラスと関係の深い土地の手掛かりが見つかった。


 人魔大戦時に魔族の空襲を受けたその場所は、トーチ・タウンの南東に位置するグレイスフィール領内に存在する古戦場跡地であり、腐敗した魔族の死体の影響等で、瘴気が発生し毒沼と化した地だった。


 直ちに遠征部隊が編成され、四百年の間、何人も立ち入ることのなかったその地を暴く旅が始まった。

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