第22話 サキガミ・キサラ少佐

 聖華暦せいかれき824年3月



 第七魔導研究所における反魂術の魔獣実験が行われてから三年――。


「――これまでの功績を称え、アルカディア帝国軍は大勲黒竜章を贈るものとする」


 勲章の授与式の雛壇にキサラの姿があった。


「汝をアルカディア帝国名誉国民と認め、より一層の活躍を期待する」


 イルフリードの言葉通り、キサラは少佐の任が与えられ、第七魔導研究所の所長に就任した。


 これまでの三年間の活動でキサラの『魂魄転生理論』には実現可能性があると認められたのだ。


「所長就任、おめでとうございます。サキガミ・キサラ少佐」


「ありがとう、エンネア中尉」


 式典の後、キサラは新たに設立された研究室へとエンネアと共に移動していた。


 封建社会で軍事大国であるアルカディア帝国では、キサラのような外部の人間が特別な任に着くために相応の階級が用意される。

 キサラの階級は、いわば所長になるための特別処置だ。


「中尉に昇級したところで、任務は変わりませんけれどね」


 エンネアは、魔獣実験の失敗作の討伐や、三年間のキサラに対する護衛という名の監視の功績が認められ、キサラに合わせるように中尉に昇級した。


「いざという時には、隊を指揮することが出来るわ」


「その時が訪れないことを祈るのみです」


 エンネアが苦く笑う。


「それは私も同じだわ」


 神人の介入を気にしなければならなくなるほど、魔獣実験は進んでいた。

 魂の保管のために、羅刹鬼を使うことを思いつき、研究に羅刹鬼が投入されてからは同一個体と思しき魔獣の復活に成功している。


 以前の研究室よりも格段に広い新しい研究室には、先に運び込まれた羅刹鬼が鎮座していた。


 キサラの到着に、実験準備室に控えていた研究員たちが姿を現す。

 彼らは恭しく頭を垂れて新たな所長を迎えた。


 透明な壁で隔てられた実験室にも明かりが点される。

 実験に使用される魔獣の目が鋭くキサラたちの方を見ていた。

 それとは別に、実験台の上には罪人が眠らされている。

 今日の実験のための『材料』だ。


「今日の実験は二つ。ひとつは、人間の身体に魔獣の魂を宿らせる。そしてもうひとつは、人間の身体に人間の魂を宿らせること」


 キサラの発言に誰も動揺する様子はない。

 仮死状態にされている罪人の身体が鬼の骨を並べて描かれた魔法陣の中心に、厳かに運ばれた。


 『魂魄転生理論』は、キサラが導き出した理論だ。


 人間というものは、こんはくの存在によって成り立っている。


 はくは器であり魂の容れ物、私たちが肉体と呼ぶもの。

 魂は、私たちそのもの。

 記憶や人格を司った唯一無二のもの。

 多くは死ぬと同時にはくから漏れ出て、しばらくすると存在が希薄になり消滅する。

 消滅したのちは、黄泉の国へと消える。


 その魂を繋ぎ止め、新たな肉体を与えることで、反魂術は完成する。


 この魂魄転生理論においては命の総量は一定であると仮定し、命の置換は等価交換であるとみなす。


 即ち、失った肉体の補填には、他者の肉体を使用する。

 そこに元の肉体を出た魂を戻すことで、反魂術は完成するのだ。


 その理論は、未だ実証には到らない。

 今日はその最終確認の実験でもある。


 何度も繰り返された実験により、死罪に値する罪人は底を尽きかけていた。


 一方で、羅刹鬼の投入により、魂の保管についての問題は既に解決されていた。


「羅刹鬼」


『……ったく、わしを貯蔵庫代わりにするンじゃねェよ』


 羅刹鬼はそう言いながら、魔獣の魂を吐き出した。

 魂はまっすぐに、魔法陣に安置されている罪人の身体に入る。


 魔法陣の中で蒼白い炎が揺らめき立った


「……次」


 キサラが促すと、研究員たちが慎重に罪人を運び出して、檻の中に押し込んだ。

 入れ替わりに別の罪人が運ばれてくる


 今度は二人。

 両方に薬物が投与され、片方は身体を痙攣させてやがて弛緩した。


「羅刹鬼」


『随分な悪行をやらかしたンだなァ。このまま喰っちまいたいぜ』


 キサラに言われるまでもなく、罪人の魂を取り込んだ羅刹鬼がくつくつと笑っている。


「駄目よ、出して」


『へいへい』


 羅刹鬼は魂を吐き出したが、魔法陣には何の変化も起きなかった。


「……どうなっているんでしょうか……?」


 研究員の一人が、沈黙に耐えかねて訊ねた。


「実験は失敗。……でも、これは想定の範囲内――」


 キサラの声に異音が重なる。

 檻がガタガタと揺れているのだ。


 目覚めた罪人が、シェルトードのように四つ脚で跳ねている。

 人間の肉体に魔獣の魂が明らかに宿っていた。


「人間の魂は、あまりにも複雑かつ多様な記憶と感情をもつため、他者の肉体を受け入れづらいという仮説が支持された。反して、魔獣は肉体を選ばない」


 キサラは導き出された結論を口にする。

 研究員は熱心にそれを書き留め、憐れな魔獣の器と化した罪人を一瞥して笑った。


「魂は肉体を『選ぶ』。誰でも良いというわけではない」


 想定されていた仮説が検証された。

 魂に最適な『容れ物』を用意する必要があるのだ。


「……次の課題を探りましょう」


 キサラが静かに言うのに合わせ、エンネアが研究員に罪人の身体を『処分』するように告げる。

 罪人が入った檻も一緒に片付けられると、研究室の中は静かになった。


「……これらの仮説を裏付けるかのように、かつての研究としてホムンクルスの完全素体の研究が存在する。ホムンクルスは、人間の魂に適合する器として最適化された肉体――錬金術師たちがかつて実現していたという不老不死の研究を紐解く。これが次の課題です」


「ですが、その人たちも神人に殺されて、技術はなにも残されていません」


 研究者の一人が挙手の上、声を上げる。

 錬金術側からのアプローチをしていた研究者だ。

 キサラは彼の発言に静かに微笑んで告げた。


「それを探り当てるのが、あなた方の使命です」

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