第17話 実験の強行


 所長命令が下され、八脚牛の幼獣が魔法陣の中に運び込まれる。

 一体は命を絶たれ、もう一体は薬で眠らされていた。


 部屋に漂う魂があったと仮定した場合、それはティールテイルの魂のみ。


 八脚牛同士であれば、反魂術の成功の確率が高くなるとキサラは仮説を立てた。


 魔獣が本能で生きている生物であることから、強くて健康的な肉体であれば、器を選ばないことが推定される。

 それ故に、シェルトードと同じタイミングで命を絶たれたティールテイルは肉体を求めてシェルトードに魂を移したのだ。


 同一性を保つためには工夫が必要になる。

 反魂術を行う空間に、目的の魂以外を入れないことが求められる。


 仮説の通りであることを祈りながら、キサラは反魂術の実験を再開した。


「彼岸の扉よ、禁忌の英知よ――」


 キサラの詠唱が終わり、魔法陣の光が八脚牛に吸い込まれていく。

 それと同時に、鬼の骨が音を立てて砕け始めた。


 破裂音を響かせながら、鬼の骨が弾け飛んでいく。


「……失敗か……?」


 ガラスの障壁に当たる鬼の破片を睨めつけるように見つめながら、所長がキサラに問いかけた。


「いえ、反応があります」


 視線を実験台の上の八脚牛に注いだまま、キサラが応えた。


「――――!!」


 咆吼を上げ、泡立った唾液を漏らしながら八脚牛が開眼する。

 元来大人しい性質のはずの魔獣は、拘束具を引き千切って獰猛な咆吼を上げた。


「なんだ!? なにが起こっている!?」


 明らかな異変を身に感じたのか、所長が後ずさりながら叫んでいる。


「ナウマンが!!」


 悲鳴を上げたのは、実験室の奥にある飼育室に控えていた研究者たちだった。


「命令を取り違えた研究員が殺処分を――」


「なんだと!?」


 顔面を蒼白にした研究員が震えながら飼育室で頭を下げている。

 辛うじて実験台に八脚牛を繋げている拘束具は、今にも千切れそうに伸びきっている。


「ナウマンの魂が入っているということ……」


 目の前の光景を生み出した原因を辿りながら、キサラが呟いている。


 エンネアが鋭く叫ぶ声が、どこか遠くで聞こえたような気がしたが、それは気のせいではなかった。


「キサラさん!」


 八脚牛と向き合うように佇んだままのキサラの肩を、強い力が揺さぶる。


「殺処分命令を!」


 叫ぶエンネアの声にキサラは我に返り、その言葉に首肯した。


「キサラさんは、安全な場所へ」


 実験室内で唯一の軍人であるエンネアが剣を抜きざまに八脚牛の前肢を薙いだ。

 八脚牛は怒りに鼻息を荒くし、エンネアへと突進する。


「はっ!」


 エンネアは小柄な身体を生かして素早く軌道から逸れ、八脚牛はそのまま壁に激突した。


「オ゛ォオオオオッ!」


 低く濁った声を上げながら、八脚牛は八本の脚で突進を続けている。

 所長らが控えているガラスの障壁にひびが入り、障壁を支える柱がたわんだ。


「よそ見しないで。あなたの相手は私よ!」


 エンネアが鋭く声を上げ、八脚牛の臀部に短剣を投擲する。


「!!」


 短剣は八脚牛の臀部に深々と突き刺さり、八脚牛は突進を止めて攻撃者を探し始めた。


「援護するわ、エンネア」


 麻酔の入った魔導砲ハンドガンを構えたキサラが、八脚牛を撃つ。

 だが、攻撃を受けて更に凶暴化した八脚牛は筋肉で針を弾いた。


「そんなの利きませんよ!」


 キサラを突き倒すようにして八脚牛の視界から遠ざけながら、エンネアが剣を構えて跳躍する。


「オォオオオ!」


 その攻撃を予測していたかのように八脚牛が角を突き出して、エンネアの剣を弾いた。


「あっ!」


 幼獣とはいえ2m近くある八脚牛に弾かれ、エンネアの身体は宙を舞い、床に叩き付けられた。


「エンネア!」


 キサラが悲鳴を上げるよりも早くエンネアは跳ね起き、なおも剣を構える。

 八脚牛は怒りと興奮で荒々しく鼻息を漏らしながら前脚で空を掻き、エンネアへと突進した。


「させないわ!」


 キサラの声と同時に、蒼い炎が八脚牛の頭部を直撃する。

 突然の炎の出現に野生の勘が働いたのか、八脚牛は標的をエンネアからキサラへと移した。


 キサラはまっすぐに八脚牛を見つめ、手のひらを向ける。


「火の悪魔よ、喰らい尽くせ、――飛炎魔ひえんま


 蒼焔の詠唱と同時にキサラの手のひらから蒼い炎の渦が発せられ、八脚牛の身体を包み込んで激しい炎を上げた。


 散水魔導機スプリンクラーが炎を感知し、天井から水を降らせ始める。


「……大丈夫だった?」


 キサラが問いかけながら、呆然と佇むエンネアの元へと近づく。


 エンネアは無言で剣を構え直すと、炎を燻らせている八脚牛の口内に深々と剣を突き立てた。


 火が消え、散水魔導機スプリンクラーの水が止まると、実験室の惨状が露わになった。

 黒焦げになり、開いたままの口からどす黒い血と煙を零している八脚牛は、普通では考えられないほど早く死後硬直を始めている。


「……キサラ君」


 危険がないと判断されたのか、実験室の扉が開かれ、所長が重く声を上げた。


「申し訳ございません。始末書を――」


「必要ない。報告書を上げたまえ。皇帝もお喜びになるだろう」


 キサラの言葉を遮って告げた所長が笑みを湛えて踵を返す。

 所長らが去った後は人払いがなされ、キサラとエンネアだけが実験室に残された。


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