第16話 魔獣実験

 広い実験室の中心に、小石のように磨かれた白い鬼の骨が並べられている。


 重なる円のような紋様を描くそれは、キサラが描く魔法陣だ。


 初の魔獣実験に備えて、何個体かの魔獣が用意されている。

 シェルトードと呼ばれるごく小型の魔獣で蛙に似た生態のもの、ティールテイルと呼ばれる鋭い歯で満たされた口と鋭い鉤爪を備える肉食魔獣、それに加えて家畜として飼育されている八脚牛やつあしぎゅうと呼ばれる八本の脚と、鋭い二本の角と巨大な衝角を額に備えた幼獣が揃えられた。


 いずれも実験への影響を鑑み、成獣ではなく体長1mから2m程度の幼獣が選ばれた。

 その他に比較的温厚な性質のナウマンと呼ばれる巨大な牙を持つ象のような大型魔獣の幼獣も、実験室の奥に次の実験段階への予備個体として準備されている。


 実験室の周囲は、ハクライ織りを使った注連縄しめなわによる結界が張られている。

 キサラが鬼の骨を削り出したを用いて自ら機織り機で織り上げたものだ。

 ハクライ織りの注連縄しめなわには、その特徴である蝶の紋様が同色の白い糸で施されている。


「準備は調ったか?」


「はい」


 初の魔獣実験とあり、第七魔導研究所の所長以下重要な役職に就く者たちが、キサラの実験室に集っている。

 ガラス張りの実験室の向こうの視線をその背に痛いほど感じながら、キサラは実験室中央の実験台に置かれた実験個体を目視で確認した。


 実験直前に殺処分されたシェルトードの幼獣は、魂の材料として用意された。

 個体判別のため、雑食でありながら草しか好まなかった特異な個体だ。


 その隣に、赤いタグを付けられたシェルトードが、眠っている。

 薬で仮死状態にされたこの個体は、殺処分されたシェルトードの魂が入る器だ。


 それらは鬼の骨を並べて作られた魔法陣の中央に安置されている。


 全ての材料が揃っていることを確かめ、キサラは詠唱を始めた。


「彼岸の扉よ、禁忌の英知よ。どうか、祈りにこたえてほしい――」


 詠唱に反応して小石状の鬼の骨が発光し始める、魔法陣が実験台の高さまで浮かび上がり、二体の実験固体もまた光に包まれた。


「おぉ……」


 実験を見守る所長らから感嘆の声が上がる。


 皆が見守る中、キサラが詠唱を終えると、魔法陣の光が集約して一つの光となり、仮死状態のシェルトードの中に入っていくのが見えた。


 程なくして、仮死状態のシェルトードの意識レベルが回復する。

 目を開けると飛び起きて、四つ脚になり、きょろきょろと警戒するように辺りを見回している。


「同一個体であるかを確認します」


 キサラが魂の材料となったシェルトードの好物の草が入った器持ち、新たに活動を始めたシェルトードへと近づける。


 だが――


「キサラさん!」


 エンネアが突如として割って入り、キサラをシェルトードから遠ざける。

 キサラの手を離れた器を、シェルトードはバリバリと噛み砕き、続いて隣にある別個体を食べ始めた。


「……っ」


 明らかに凶暴性が増していた。

 おぞましい魔獣が本性を露わにして、同種である個体を貪っている。


「……ありがとうエンネア……」


 その状況を平然と眺めながら、キサラはエンネアに礼を言う。

 エンネアは答えなかった。


 黙ったまま俯いているエンネアの腕が震えていることに気づき、キサラは確かめるように声をかけた。


「エンネア……?」


「……実験を続けるんですか?」


 怒りを押し殺したような冷たい声で、エンネアが訊いた。


「え?」


「安全性に問題が――」


「構わん、続けろ」


 エンネアの発言は、実験に立ち会う第七魔導研究所の所長によって遮られた。


「エンネア少尉、下がりたまえ」


「失礼を致しました」


 命令を受け、エンネアが頭を垂れて退く。


 シェルトードの実験体はすぐに片付けられ、予定通り、ティールテイルの実験が開始された。


 キサラの詠唱に応えるように魔法陣が反応し、魂と思しき光の珠が仮死状態のティールテイルの肉体に入る。実験は、一見して成功していた。


 だが、目を覚ましたティールテイルは、実験台の上に這いつくばり、目だけをぎょろぎょろと動かす奇妙な仕草を見せた。


 緩慢な動きは、まるで身体の使い方がわかっていないかのようでもある。

 試しに、第一実験の魂の材料となったシェルトードの好物である草を与えるとよく食べた。


「……どういうことかね?」


 実験の顛末を見ていた第七研究所の所長が低く訊ねる。

 キサラはガラス越しに彼を見遣り、今得られたばかりの成果と問題点を述べた。


「実験は半分成功、半分失敗です。目的の肉体に目的の魂が入っていません。魂を使用する側の実験個体を、先に殺処分していたことに原因があると考えます」


「ほう? つまり?」


 眉を持ち上げ、所長が興味深げにキサラにその先を促す。


「行き場を失ったティールテイルの魂が、シェルトードに這入り込んだ。次のティールテイルでは、彷徨うこととなったシェルトードの魂が這入り込んだ」


「種間を越えて入れ違えが起きたと?」


「恐らく。ただ、魂を肉眼で把握する術がありません」


 光の珠が具現するが、それはあくまで術に反応した魂の軌跡だ。


「より強い魂を持つ個体が、肉体を有する権利を持つとすれば?」


「それは、有り得ます」


 キサラの考察を聞き、所長は導き出された可能性を口にした。

 その発言はキサラの実験において光明となりそうなものだ。

 だが――


「よろしい。ならば、より強い種同士で実験を続けたまえ」


「しかし、この反魂術は不完全――」


「皇帝は反魂術の完成をお望みだ。より実証実験を進めるのが君の務めではないのか?」


 所長は実験の再考察ではなく、続行を求めた。


「……わかりました」

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