第15話 監視役エンネア・ライトフィールド

 聖華暦せいかれき821年4月



 一年後――。


 サキガミの里から帝国へと持ち込んだ研究記録の解読が進み、キサラの『魂魄転生理論』はほぼ完成を迎えていた。


 魔獣実験の前の検証として、研究室では、蘇生した蝶たちが飼育されている。


 予定通り、魔獣での実証実験が行われることとなり、翌年の完成に向けて新しい実験棟として魔獣飼育室付きの研究室の建設が新たに進められている。


 第七魔導研究所が新設されて以降、異例の速さでキサラの研究は進んでいた。




 †




「手伝いましょうか?」


 広い実験室に鬼の骨を小石状にしたものを並べているキサラに、見かねた様子でエンネアが声をかけた。


「大丈夫よ、エンネア。あなたは研究者ではないもの」


「…………」


 研究にあたってキサラは助手などをつけず、単独で行うことを好んでいた。

 この作業も昨晩から夜を徹して行われているが、キサラ以外の誰も鬼の骨には触れていない。


 第七魔導研究所にやってきて一年、周囲では多くの変化があった。

 幾つもの研究室の研究が頓挫し、新たな研究室の立ち上げが起こっている。


 他の研究室との交流がないキサラには事の仔細はわからないが、エンネアの話によると、他の研究室への妨害工作が横行しているとのことだった。


 そうした背景もあり、キサラは帝国の人間を信頼していないのだ。


 監視役のエンネアとはほとんど毎日顔を合わせているが、いまだに彼女がなにを考えているかわからない。

 エンネアも与えられた任務以上のことは行おうとはしなかった。


 ただ、監視役として働いている彼女の存在が、他の研究室に起きたような妨害工作からキサラを無縁にしているのも事実だ。


「魂魄転生理論……。これが不死や蘇生とどう関係するんです?」


 規則性を持って床に並べられた夥しい骨を眺め、エンネアが溜息混じりに問いかける。キサラは骨を並べる作業を止めずに問い返した。


「エンネアは、もし自分が死んだらどうなると思っているの?」


「無になります。私という肉体は消え、私という存在がなくなります」


 エンネアが即答する。


「この国の多くの人はそう考えているようね。だから肉体の延命に重きを置く」


「違うんですか?」


 キサラの答えが意外のようで、エンネアの声色が僅かに変わった。


「私の研究が提唱しているのは、人間というものは、こんはくの存在によって成り立っているというもの」


「なんですか、それは?」


はくは器であり魂の容れ物、私たちが肉体と呼ぶもの。魂は、私たちそのもの。記憶や人格を司った唯一無二のもの。多くは死ぬと同時にはくから漏れ出て、しばらくすると存在が希薄になり消滅する。消滅したのちは、黄泉の国へと消えるの」


 全ての骨を並べ終え、キサラはその円の中心に立った。


「つまり、無になる、と」


 振り返ったキサラと目を合わせ、エンネアが抑揚なく結論づける。


「そう。滅びの概念は同じ。でも、魂をこの世に繋ぎ止めることが出来たら――」


「容れ物を用意すればいい?」


「そう」


 エンネアの聡明な答えにキサラは微笑み、鬼の骨を並べて作り上げた魔法陣に向き合った。


「でも、なんでもいいというわけじゃない。それを今から確かめるの」


「……魔獣を使って? 人間でやれば早いのではありませんか?」


 責めるような口調でエンネアが口早に言った。


「人間は、魂に人格が宿っているから、はくの選定が難しいの。でも、恐らく魔獣はそうじゃない」


「畜生は単純でしょうから」


 吐き捨てるように言うエンネアは明らかな嫌悪を見せている。

 キサラはそれを無視して穏やかに続けた。


「そう。新たな肉体を用意すれば、恐らく魂を乗り移らせ、蘇生する。この蝶のように」


「それに成功したら、次はどうするんです?」


「その先は、人間の身体に魔獣の魂を入れる段階に入る」


 自分で提唱しながらも吐き気を催すようなおぞましい実験だ。

 平然を装いながら口にすると、エンネアは顔を歪めて嫌悪を示した。


「……神の怒りに触れそうですね」


「そうね」


 軽蔑の隠ったエンネアの言葉を耳に、キサラは自嘲に頬を引き攣らせながら微笑んだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る