第14話 異国の地
ひらひらと雪が舞っている。
季節は移り、冬が来ていた。
人馬機兵のキャラバンが向かう先は吹き荒ぶ風で白く煙っていたが、山沿いに
サキガミの里があるカナド地方から南下してから二か月、キサラを運ぶ人馬機兵のキャラバンは漸く国境要塞と呼ばれる地帯に辿り着いた。
帝国の国境要塞へ到着後、帝国軍の輸送艇への乗り換えが行われ、キサラの身柄はトーチ・タウンと呼ばれる交易町へと、移送された。
輸送艇と呼ばれる巨大な船での移動は、キサラの世界に新たな刺激を
陸路を進む船は地面から少し浮いて、キサラの体感したことのない速さで荒れ地や森を進んでいく。
船室の丸窓から窺える景色はめまぐるしく変わり、キサラはその速さに驚嘆しながら首にかけていたサヤの魂が入った勾玉を取り出した。
帝国の領土は山や森が多く、彼方此方に鬱蒼とした森が広がっている。
輸送艇に乗る間、キサラはその景色をサヤにも見せようと、勾玉を丸窓の傍に置いた。
†
トーチ・タウンの南、都市間連絡船の
イルフリードと数人の兵士に囲まれて商業区と呼ばれる商店の建ち並ぶ一角を足早に過ぎていく。
大通りを囲む建物は煉瓦造りの二階建て以上の建物ばかりで、木造の平屋が主流の里の家とは全く雰囲気が異なる。
見たこともない建物や、商店の軒先に並ぶ物珍しい品々に、キサラは異国の地へ来たことを実感した。
イルフリードに導かれるまま東西に分かれる街を繋ぐ跳ね橋を渡ると、演習場と呼ばれる一画に辿り着いた。
森を削ったようなその場所では、アルカディア帝国の兵士らが実践演習に励む姿が窺える。
兵士たちはイルフリードが近づくと演習を中断し、敬礼で彼を迎えた。
「見えて来たぞ」
兵士たちの敬礼に無表情で返しながら、イルフリードが低く呟くように言う。
何が、と聞くまでもなく、真新しい建物が山を削ったと思しき地に
「あれが第七魔導研究所だ」
†
予想に反して、キサラの身柄は演習場の片隅に設けられた軍部の建物に移された。
数日間の幽閉のち、キサラは魔術師組織・『聖華の園』に登録され、諸々の手続きを経て、第七魔導研究所に所属する研究員として専用の研究室へ連行された。
「所属? 幽閉の間違いではないの?」
「予算はおりた。想定している研究の何倍もの速さで研究も進められるだろう」
イルフリードは淡々と決定事項だけを述べる。
「では、蝶や蛹の死骸を――」
「その必要はない。まずは理論を完成させ、魔獣を研究対象として実践研究を行うことだ」
キサラの言葉を遮り、イルフリードは研究の先を急がせた。
「え……?」
「いずれ人間を対象とする。皇帝を蝕む病は待ってはくれない」
「それが、あなたたちの考え?」
問いかけにイルフリードはキサラを見下ろし、重く口を開いた。
「いや、第七研究室所長の研究者としての意見だ」
イルフリードの答えに重なるように研究室入り口の自動扉が左右に開く。
「――イルフリード様」
恭しく頭を垂れたのは、肩より少し長いブロンドの髪を持つ黒の軍服姿の女性だった。姿勢を正し、その顔が露わになる。
あどけなさが残る女性は、キサラよりも年下のように思われた。
恐らく二十歳も超えていないのではないだろうか。
「…………」
品良く軍服に飾られた肩章と同じ、
「紹介しよう。エンネア・ライトフィールド少尉だ。士官学校を卒業したばかりだが、非常に優秀な軍人だ」
「サキガミ・キサラ様ですね。よろしくお願いします」
イルフリードの側仕え軍人として任命されたというエンネアは、一見、明るい笑顔を見せた。
だがその目はすぐに笑みなく細められた。
まるでキサラを嫌悪しているかのように。
「彼女には、お前の監視役を任せた」
「私、逃げたりなんかしないわよ?」
「念のためだ」
キサラの言葉にイルフリードは眉一つ動かさない。
「……羅刹鬼には会える?」
「私を通せばな。来い」
答えを待つことなくイルフリードが踵を返す。キサラとエンネアも彼に続いた。
†
羅刹鬼はキサラの研究室の隣室、同じく第七魔導研究所で管理されていた。
「羅刹鬼の封印を解いても?」
キサラの問いかけにイルフリードが片眉を持ち上げた。
「この鬼は、お前が乗らなければ動かないのだったな」
「ええ」
睨めつけるような高圧的な視線に挑むように返すと、イルフリードは視線を逸らして羅刹鬼を見上げた。
「ならば許可しよう。下手な考えは起こさないことだ」
イルフリードの命令ですぐに人員が呼ばれ、羅刹鬼に梯子がかけられた。
双肩にかけられた梯子の右側にキサラが、左側にエンネアが上り、
「あなたは、怖くないの?」
「いずれ私が戦うことになるかも知れない相手ならば、恐れた方が負けです」
エンネアは指示通り注連縄を解きながら、やや挑発的に応じる。
キサラと視線を合わせず、自身の手許に集中していた。
『……はァ。封印ってヤツァ、なんでこんなに窮屈かなァ』
封印が解けると同時に羅刹鬼が長い溜息を吐いた。
「羅刹鬼、調子はどう?」
『悪かァないぜ』
「そう、良かった」
羅刹鬼の答えに微笑みを漏らし、その親指の爪を撫でる。
封印を解かれたとはいえ、羅刹鬼は動かず、その声もキサラにしか聞こえないため、エンネアとイルフリードは無言でキサラの様子を見守っている。
エンネアは警戒を露わにしており、腰の剣の柄に手をかけていた。
『で、ココが新しい
「なにか足りないものはある?」
『別になんの不自由もねェが、酒は呑みてェなァ』
「用意させるわ」
殺気のようなひりひりとしたエンネアの警戒心の中でも、久し振りの羅刹鬼との会話はキサラの心を落ち着かせる。
一通り羅刹鬼との会話を終えたキサラは、イルフリードとエンネアを振り返った。
「イルフリード、羅刹鬼に酒を手配出来る?」
「……飲むのか?」
肩を竦めるようにして問い返すイルフリードに、キサラは首を縦に振った。
「里では御神酒と呼ばれているの。鬼に捧げる神聖な酒よ」
「……手配しよう。エンネア」
「かしこまりました」
押し黙ったままのエンネアが、イルフリードの命令を受けて研究室を去って行く。
「……まるで会話でもしているようだな」
エンネアが去るのを待っていたかのように、イルフリードが数歩距離を縮めて羅刹鬼を見上げた。
「私とサヤは、死者の声を聞くことが出来るから」
「サヤ?」
オウム返しで問い返された親友の名に、キサラは首からかけた勾玉に触れて頷いた。
「ハクライの里の巫女、私の親友……」
「そうか」
イルフリードは相槌を打ったが、深くは聞かなかった。
「用は済んだな。ならば研究室へ戻れ」
その言葉は、今後もイルフリードの付き添いがなければ羅刹鬼に会えないことを意味していた
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