第10話 白鬼に眠る魂
サヤが白鬼とともにハクライの里へと進んで、数刻が過ぎた。
彼方の空は夕方の濃く赤みがかった橙色が狭くなり、夜の
枯れ草の上を抜ける風は、日が傾くにつれて冷たくなり、キサラの不安を煽った。
「サヤ、大丈夫かな……?」
「行くなって言われてンだろ?」
ハクライの里へ近づこうとするキサラを、羅刹鬼が押しとどめる。
キサラと羅刹鬼――二者の意思が同調しなければ羅刹鬼を操り、動かすことは不可能だ。
「でも……」
とはいえ、ただ待つばかりでは不安は募るばかりだ。
祭壇に
「……わしのなかでうじうじするんじゃねェ。
「…………」
羅刹鬼の軽口を聞いても笑う気にはなれない。
黙ったまま俯いていると、羅刹鬼の手に頭を撫でられたような感覚がキサラを包んだ。
「なァ、そんなに気になンのか?」
気になるというような生易しい問題ではない。
離れただけで半身を失ったような不安定さを感じてしまう。
「……たった一人の親友だもの」
上手く言えずにそう答えたキサラに、羅刹鬼は嘆息する。
「そういうもンか。なら、仕方ねェな」
生温かい何かが頭部を乱雑に撫でる感覚に、キサラの髪が動く。
羅刹鬼の魂がそうしているのだと思うと、不思議と合点がいった。
「目を閉じな」
「閉じてどうするの?」
キサラの問いかけに羅刹鬼が腹を揺らして笑う。
「その隙にお前を喰ってやる」
「冗談は止して」
ぴしゃりと遮ったキサラは、羅刹鬼の胸部の辺りを仰いだ。
「はァ、少しゃあ笑えよ。なに、ハクライの里の様子を見せてやるって言ってンだ」
「出来るの?」
「当たり前ェだ」
羅刹鬼はそう言って笑い、ハクライの里――サヤの様子をキサラの瞼の裏に映し出した。
サヤは、あの大厄災の跡地に、二本の若木をハクライ織りで編んだ紐で結んだ鳥居のようなものを作り、その前に佇んでいる。
鳥居に祀られるようにして配置された白鬼は、頭を垂れて視線を地面に向けている。
松明の代わりに、サヤの蒼焔が、点々と宙に点され、浮かべられた。
扇を手に、素足でサヤが舞い始める。
蒼い炎が揺らめき、サヤの姿を美しく浮かび上がらせた。
サヤの舞に反応するように、その足元から水が湧き始め、それは夕陽を反射して茜色に輝いていく。
白鬼の口が緩やかに開き、中から無数の白い珠が溢れたかと思うと、湧き水の上に輝きながら広がり、白く美しい蝶となってサヤと共に舞い始めた。
サヤが舞うのは鎮魂の舞だ。
それに導かれるように湧き水は碧い水を滾々と湧き続け、辺り一帯を美しい水鏡の世界へと変えていく。
踊るサヤの足が描く紋様は、波紋の上に光で刻まれ、その中からも数多の蝶が生まれ出た。
――ああ、本当に――
大地の深くに眠る魂が、白鬼とハクライの巫女サヤの力によって目覚めつつある。
その幻想的な光景をキサラはただ恍惚として眺めていた。
だが――
「いかん!」
羅刹鬼が叫ぶと同時に、眩い閃光が迸る。
轟音が遅れて響き、なにも見えなくなった。
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