第9話 人鬼一体

 尾根の社から出された羅刹鬼と白鬼が、サキガミの里の外れに置かれている。

 二体の鬼を運んできた従機が空の荷車を引いて去るのを見送り、キサラとサヤはそれぞれの鬼の胴部に乗り込んだ。


 胴部の鎧は既に開かれており、木のうろのような胸部と腹部がぽっかりと空いている。

 体内に設けられた祭壇を背にして操縦席に座ると、鎧の支えとして残された胸骨に包まれるような感覚があった。


「キサラちゃん、準備はいい?」


 同じようにして白鬼に乗り込んだサヤの声が、羅刹鬼を通して聞こえてくる。


「うん。ここで、精神を羅刹鬼と同調させればいいのよね?」


「そう。人と鬼の心が一体となるよう祈るの。そうすれば、鬼は応えてくれる」


「やってみる」


 サヤの声に導かれるように、キサラの手は自然と胸の前で組み合わされていた。

 キサラは目を閉じ、羅刹鬼の心を探るように祈った。


 ――よォ、今日はいつもと違うなァ。


 羅刹鬼の声がキサラの胸の内に響く。

 普段は感じることのない畏怖を覚え、キサラの肌の表面は瞬時に粟立った。


「あなたの力を貸して欲しいの、羅刹鬼」


 声に出し、祈りを捧げる。

 瞼の裏で拍動する生命が像を結び、それは羅刹鬼の心臓となり、キサラと共鳴を始めた。


 ――てめェから鬼になろうってンだな。おもしれェ、気に入ったぜ!


 羅刹鬼が咆吼を上げて開眼する。


 その目が視ているものがキサラの中にも流れ込んだ。

 遠く離れたハクライの里を見透す、千里眼とも言うべき像にキサラが手を伸ばすと同時に、羅刹鬼が立ち上がった。


「あ……」


 羅刹鬼の起動に成功したことに気づき、目を開く。

 鬼である羅刹鬼と同調したことで、キサラの身体から蒼い焔が陽炎のように立ち上っている。


「サヤは!?」


「あっちも上手く行ったみてェだぜ」


 キサラが首を巡らせるよりも早く、同じく起動に成功した白鬼が佇む姿が見える。

 白い肌に青白磁の鎧を纏った白鬼を、蒼い焔がうっすらと包んでいる。

 それは優美な羽衣のようで、中にいるサヤを思わせた。


「ハクライの里へ――」


 サヤが白鬼を操り、かつてのハクライの里の方角を指差す。

 羅刹鬼と白鬼を歩ませ、二人はハクライの里への一歩を踏み出した。




 †




 従機じゅうきで半日ほどの道程は、羅刹鬼と白鬼では更に半分ほどに短縮される。

 ハクライの里が見え始めると、羅刹鬼の歩調は幾分か緩やかなものになった。


「……はァ、過ちは繰り返されンのか」


 呟く羅刹鬼は気が進まない様子だ。


「過ちだとは決まってないわ」


 キサラの言葉に、羅刹鬼は歩調を落としてサヤに呼びかけた。


「なァ、サヤ――」

「羅刹鬼」


 その続きを言わせまいという強い響きがサヤから返される。

 珍しく羅刹鬼の言葉を遮ったサヤは、落ち着いた声音で続けた。


「私たちはただ、取り戻したいだけなの」


「神人に裁かれた土地をかァ? また目ェつけられンのがオチだぜ」


 羅刹鬼が疑問を口にしている。

 その訝しげな声と心情は、体内にいるキサラにより強く伝わった。

 羅刹鬼の懸念を振り払うようにキサラは口を開いた。


「族長が行おうとしたのは、失った二人の子息を生き返らせる術でしょ? サヤのは違うわ」


「あのなァ、そういうのを詭弁って言うンだぜ。知ってるかァ?」


「あなたよりは知ってるわ」


 二人のやりとりを聞いていたサヤが笑う声が、白鬼から響いた。

 白鬼も同調しているのか微かに身体を揺らしている。


「なにがおかしい?」


「キサラちゃんと羅刹鬼は、相性がいいんだなと思って」


「はぁ!?」


 意図せず声が揃い、キサラと羅刹鬼は揃って押し黙った。


「……するってェと、白鬼はどうなんだ? そいつァ、お前にしか動かせねェんだろ?」


「いいえ。適性さえあれば誰でも操ることができるわ。羅刹鬼、あなたとは違うの」


「へェ……」


 サヤの応えを理解したのか否か、羅刹鬼の返事は曖昧だった。

 当の白鬼は羅刹鬼の数歩先をしっかりとした足取りで歩んでいる。


「それにしても、だんまりだよなァ」


「羅刹鬼みたいに喋るわけじゃないけど、喜んでいるみたい」


「そりゃそうだろうな」


 サヤが少し笑って応えると、羅刹鬼もつられたように笑った。


「羅刹鬼、わかるの?」


「そンなかにハクライの里のヤツらの魂が入ってンだろ?」


 当然のように羅刹鬼に言われ、サヤは目を見開いた。


「え……?」


「キサラ、お前知らなかったのかァ?」


 動揺を感じ撮ったのか、羅刹鬼が腹を揺らしながら問いかけてくる。


「…………」


 サヤはその声を聞いて、白鬼の歩みを止めた。


「サヤ……」


「キサラちゃん、止まって」


 サヤに促されながら、羅刹鬼を白鬼と並ばせる。

 歩みを止めたが、ハクライの里までまだもう少しだけ距離があった。


「え? なんで? ハクライの里はもう少し先でしょ?」


「この先はキサラちゃんには来てほしくないの」


 サヤの心情を代弁するかのように、白鬼が俯いている。

 髑髏どくろのように落ち窪んだ白鬼の表情は、キサラには読み取ることが出来なかった。


「どうして? 一緒に里に帰るって言ったのに」


 不穏な気配を感じ、咎めるようにサヤに問いかける。


「そうだよ。だから、キサラちゃんが連れて行かれないように」


 サヤは同意を示し、凛とした口調で述べた。


「……どこに?」


 キサラの問いかけに白鬼が地上を指差す。


「黄泉の国に」


 サヤが応えると同時に、生温かい風が吹き抜ける。

 羅刹鬼の鎧の隙間から流れ込んだ風は、キサラにも吹き付けた


「私は、魂だけをハクライの里に戻したいの。キサラちゃんが代償として黄泉の国に連れて行かれないように……ね?」


「……わかった」


 反魂術はキサラには未知の領域だ。

 サヤにそう促され、キサラはハクライの里には入らずにこの場で待機することを了承した。

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