第8話 サヤの秘密

 里の中央――『九界の天輪くかいのてんりん』を囲むように踊舞台おどりぶたいが設けられている。


 サキガミの里では成人の儀を祝う祭りが行われていた。


 里の居たる場所には行燈や蝋燭で明るく飾られ、普段人が立ち入らない尾根を行燈などにも人々の姿がある。


 鬼とともに生きるサキガミの里ならではの儀式だ。


 それとは別にハクライの里のしきたりに倣って、サヤのための踊舞台が用意されていた。


 踊舞台では、鬼に捧げる舞をサヤが披露している。

 サヤの美しい舞に、サキガミの巫女たちの歌声が重なり、松明の明かりと火の粉がサヤの影を幾重にも写している。


 いつしかサヤの周りは、夜だというのに真っ白な蝶がサヤの周りを舞っている。


(サヤ、本当に綺麗……)


 美しく成長したサヤの巫女としての舞を誇らしく眺め、キサラは感嘆の溜息を吐いた。


 誰もがサヤの舞に声を失って魅入っている。

 ふと周囲に視線を巡らせたキサラは、踊舞台を囲む人々の中に、見慣れない女性が混じっていることに気がついた。


 その女性は、紫檀色の髪に、成人の儀だというのに、真っ黒な異国の服を着ている。


(里の人じゃなさそう……)


 サキガミの里は、ハクライの里以外の外界とは隔絶された場所であり、異国の民が混じることはほとんどない。

 ましてこの成人の儀に、異国の女性が紛れていることにキサラは違和感を覚えた。


 朗々と謡う巫女たちの声に導かれ、サヤは益々美しく舞う。


 蝶が手の動きに合わせて空高く舞い、そのまま吸い込まれるように夜闇に消えていく。


 いつしかキサラの目には涙が浮かんでいた。


 そうして舞が終わり、万雷の拍手が起こる。

 次に見た時には、あの異国の女性の姿は人混みに紛れたのか見えなくなっていた。







 賑やかな楽の音が鳴り、皆、祝いの夜に酔いしれている。


 舞が終わると、サヤとキサラはシトゥンペの元に招かれた。


 サキガミの里では、成人して、かつ適性があれば、鬼の機兵を操る戦士として戦うことが決まっている。

 二人は適性がある者として、尾根の祠へと導かれた。


 サキガミの里を囲む岩場に設けられた祠は、松明によって点々と照らされている。

 キサラたちと同じように、適性のある成人たちの鬼の機兵を示しているのだ。


 尾根までくると、麓の喧噪が遠くなった。


「ここまでよく成長してくれたね。まずは健やかなるその成功を祝そう」


 シトゥンペが朱塗りの杯を御神酒で満たして振る舞う。

 キサラはそれに口をつけ、少しだけ飲むと、さりげなく羅刹鬼の傍に杯を置いた。

 羅刹鬼が欲しそうにしている気がしたのだ。


 羅刹鬼と白鬼は、社から出されている。

 キサラとサヤは、それぞれこの二体の鬼の機兵に適性があると見込まれていた。


「この先、サキガミの里の危機には、この羅刹鬼と白鬼を用いて、どうか僕たちと共に戦ってほしい」


「……わかりました」


 シトゥンペの言葉にキサラとサヤは揃って頷き、それぞれ鬼の機兵を見上げた。


「私は羅刹鬼を」

「私は白鬼を」


 キサラは羅刹鬼、サヤはハクライの里から回収した白鬼を希望する。


「勿論だよ。羅刹鬼も白鬼も、喜んでいることだろう」


 シトゥンペは穏やかに頷き、羅刹鬼と白鬼を見つめた。


「……時にサヤ、白鬼の声は聞こえているかい?」


「いいえ」


 問いかけにサヤは首を横に振った。


「ですが、言葉以外の部分で白鬼のことは理解できます」


「ほう……。では、適性の確認を兼ねて搭乗する機会を設けなくてはいけないね」


 シトゥンペはサヤの答えに興味深げに身を乗り出し、青に光る目で彼女を見つめた。


「そのことですが――。ハクライの里まで行きたいと考えています」


「……サヤ」


 咎めるような声がシトゥンペから漏れた。

 その目が黄色く明滅している。

 警告を示す色に、キサラは顔を歪めた。


「わかっています」


 何故シトゥンペが警告を示しているのか、サヤがなにをわかっているのか、キサラにはわからなかった。


「……サヤ……?」


 狼狽うろたえたような声が出た。

 キサラの問いかけが聞こえていないかのように、サヤはシトゥンペに向かって続けた。


「白鬼を使って、ハクライ族に伝わる『反魂術』を行使するつもりです」


「本当にそれで良いのかい?」


 シトゥンペの目は明滅を止めているが、まだ黄色に点灯したままだ。


「そのために、生きてきました」


 サヤは迷わずに答えた。

 その声が自分の知るサヤのものではないようで、キサラは不安になり、サヤの手を取った。


「……ねえ、サヤ。私にわかるように言って。なにを話しているの?」


「ごめんね、キサラちゃん。今まで黙っていて……」


 キサラの目を見て哀しく微笑んだサヤは、内に秘めていた真実を語り始めた。


 三年前の大厄災は、族長が息子を蘇らせるために禁忌を犯したことによること。


 サヤは、保険としてサキガミの里に逃されたということ。


 本来であれば、キサラだけが勾玉を取って戻ることになっていたが、その前に里が滅ぼされたこと――


「そんな……。サヤの言ってたことって、本当に……?」


 サヤの言葉の端々にあった違和感を思い出し、キサラは愕然として問いかけた。


「みんなが帰ってきたら、キサラちゃんも嬉しいよね?」


 サヤは不安などまるでない様子で、笑顔で問い返す。


「本当に? そんなことができるの?」


「うん。そのために、私がいるんだよ」


 サヤの屈託のない笑みは、半信半疑のキサラの危機感を忘れさせるような柔らかな微笑みだった。

 その笑顔にキサラは希望を見出し、サヤの手を強く握った。


「サヤ――」


 ――サヤがみんなを蘇らせてくれる。

 そうしたら……


「白鬼が犠牲になる可能性もあるが、どう考えているのかな?」


「白鬼の身体に、ハクライの民の魂が保管されている件ですね。承知しています」


 シトゥンペの問いかけにサヤは深く頷いた。


「魂を蘇らせたところで、肝心の肉体がないこともかい?」


「はい。ハクライの民の反魂術は、まだ成功したことがありませんから」


 淀みなく答えるサヤの言葉は、キサラのなかに生まれた希望の芽を育てていく。


「君はそれを成すことが出来ると言うんだね、サヤ?」


「そうは思いません。ただ、黄泉の国から魂だけを蘇らせることが出来れば、と思っています」


「黄泉の国から……魂だけを……?」


 サヤの言葉を反芻するキサラの芽を、サヤは見つめた。


「うん。そうすれば、死者と会話が出来る私とキサラちゃんは、里のみんなの魂とともに、ハクライの里を復興できるよね」


「……魂だけを、か……。あの大厄災の日、神人が現れたのは必然だったのだろう。反魂術は成功に限りなく近かった」


 シトゥンペが、三年前のあの日を振り返りながら唸るように呟いている。

 その目の色は警告の黄色から、中立を示す青に変わりつつあった。


「そのとおりです」


 サヤは頷き、微笑みを湛えた顔で白鬼を見上げる。


「……わかった。白鬼はハクライの里のものだ。ハクライの里の遺志に任せる」


「ありがとうございます」


 シトゥンペの許可に、サヤが深く頭を垂れる。

 キサラもそれに倣って頭を下げた。


「ただし、反魂術の行使はハクライの里で行うこと」


「元よりそのつもりです」


 示された唯一の条件にサヤは笑った。


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