第3話 大厄災


 凶兆としか思えないような空の変化に、キサラとサヤは、大急ぎで社へと引き返した。

 雷鳴で異変を感じ取ったのか否か、シトゥンペは既に社から出ており、彼方の漏斗雲を見て唸っていた。


「シトゥンペ!」


 サヤがたまらずに叫んだ声は、悲鳴のような雷鳴によって引き裂かれる。

 だが、その切実な表情からサヤが言わんとしていることを察したシトゥンペは、左右の機械の目を赤色に瞬かせながら、落ち着いた声を発した。


「ただならぬ嵐が近づいているようだね。これは普通のことではない、神人カムトらの決定によるものかも知れないよ」


「そんな――」


 神人の名がシトゥンペの口から発せられ、キサラは絶句した。

 サヤは声も出せずに胸の前で祈るように左右の手を組み合わせて震えている。


 神人とは、世界樹を守護する一族のことだ。


 創世の女神アウローラの使徒であり、不老の肉体を持つ神人は、この世界の抑止力として動く。


 人の理を逸脱したもの、歴史を歪めようとするもの、人類の発展を妨げるものなどを監視、または排除するのが主な役割だ。


「里が、神人の裁きを受けるなんて……」


「……鬼の骨で作った勾玉、これを使う用途はなんだい?」


 呆然と呟くキサラと押し黙ったままのサヤに、シトゥンペは機械の手の中に閉じ込めていた鬼の骨で作った勾玉を示した。


「儀式、としか聞かされていません」


 キサラが答える横で、サヤも辛うじて頷く。

 シトゥンペは赤く変わったままの機械の目を明滅させながら思案し、質問を変えた。


「最近、亡くなった者は?」


「それは――」


 キサラもサヤも言葉に詰まった。


 里では、族長の息子が川で溺れて亡くなったばかりだった。

 仲の良い二人兄弟で、溺れた弟を助けようとして兄も川へ飛び込み、二人とも亡くなった。


「…………」


 答えるべきか否かキサラは迷った。

 サヤの唇は引き結ばれたままだった。


「ハクライの里の民は、古来より、魂の蘇生を研究していた……」


 だが、シトゥンペは二人の沈黙で全てを悟った様子だ。

 彼はキサラも知らないようなことを述べ、さらに思案を巡らせているが、考える隙を与えないというように、激しい突風が尾根の上の彼らを襲った。


「ここも危険だね。里に下りよう」


 シトゥンペが促し、キサラとサヤもその言葉に従う。


 彼方の雲は、禍々しく広がり、ハクライの里を呑み込もうとしているように見えた。



 †



 尾根を下る間も、キサラとサヤの目は里を襲う黒雲と幾重にも生じた竜巻の姿に釘付けになっていた。


 見たこともない大きな嵐が起こっている。


 天を穿つような激しい竜巻が何本も巻き起こり。

 稲妻が辺り一帯を眩い閃光で貫いている。陽の光はとうになくなり、竜巻は獲物を探す巨大な魔獣のようにサキガミの里にも迫る勢いで迫ってきている。


 ひたひたと迫る脅威の気配を知らしめるように、大粒の雨が降り出し、付近の景色を墨色に染め上げていく。


 あの美しいハクライの里の景色は、もう見ることは叶わなかった。

 黒雲と竜巻とがせめぎあうように里を呑み込んでいる。


 空を覆い尽くす禍々しい墨色の雲は、竜巻の影響なのか渦を巻き、中心にぽっかりと穴があいた。


 雲の中に突如として生じた穴に、竜巻が吸い込まれていく。

 かと思えば、それを足がかりにして、空から巨大な足が覗いた。


「……あっ」


 そこから現れたものにキサラは息を呑んだ。


 それはキサラの目には、真っ白な鎧をまとった鬼のようにも見えた。


「……あぁ、あれは……」


 立ち止まったキサラの手を引こうとしたシトゥンペもまた、空から現れたものに息を呑む。


神人カムト幻装兵げんそうへいだ……。嵐とともに現れたということは――」


 シトゥンペはそこで言葉を切り、頭に浮かんだ考えを否定するように首を横に振る。


「見ない方がいい」


 短い忠告とともに、シトゥンペがキサラの頭部に手を添え、強引に視線を変える。


 雨で滑る尾根をサヤと手を繋いで歩きながら、キサラはもう一度里の方を見遣ったが、あの幻装兵はおろか、里の姿さえ激しく叩き付ける雨によって見えなくなっていた。


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