第5話 甲賀君は心が安らぐ
「入る訳が無いけどね!」
「なら、先に入る?」
「そうさせてもらうよ」
「へえ。甲賀君は後から私が入って背中を流して欲しい派の人かー」
「違うから!!」
心臓が飛び跳ねることを直ぐに喋るのは勘弁して頂きたい。
ビッチなのかと一瞬疑ったぞ。
数秒前にこれなら一緒に暮らせそうと思えた俺の気持ちを返して欲しい。
「なら、私が服を脱いでいる所にエッチバッティングを起こすのが好きな人?」
「それも違うから!……って、もしかして間宮さんって」
「あ、気付いちゃった?実は私も少年漫画を結構読んだりするから分かるんだよ?」
今の発言はドラマや現実ではそうそう起きないし知っているとなれば漫画か小説ぐらいしか知らない筈なのでもしやとは思ったが間宮さんが少年漫画好きとは意外な趣味だ。
「意外だけど今の時代で漫画やアニメを見ていない方が少ないかもね」
「面白いのも多いし笑えるのもあるから好きなんだよね」
気持ちは痛いほど分かる。
「後は何だろうね」
「考えなくて良いから」
「甲賀君的にはどちらが好き?」
どちらか片方を選ぶとなれば背中を流してもらうのが好きだが…そんなこと言えるわけがない!!
「…さ、さあ」
「嘘をつくのが下手過ぎるね」
「分かってるから言わないでくれ!俺は嘘とか無理なんだよ…」
「アハハ。素直で良いと思うけどね」
おかしい。
俺は小悪魔間宮さんに勝てないのか?
勝ち負けで考えている時点でおかしな話ではあるが、家主である俺が弄ばれている現状は少し恥ずかしい。
「良し。俺は風呂に入ってくるから」
「凄い不自然な形だけどゆっくり入って良いよ」
これ以上は俺の心臓が持ちそうではないので皿洗いを早急に済ませて風呂に入らせてもらう。
ここで、下着を忘れるなどのへまはしないし、一応一人暮らしをしているのでその辺の習慣は決して忘れていない。
寝巻の衣服を籠に入れてお風呂場へ入らせてもらう。
微かに香る柚の匂いに身体がリラックスできながら頭を洗い、体を洗ってお風呂の中に入るが…何だか何時もよりリラックスしている気がする。
不思議だな。
一つ屋根の下に美少女がいる生活に少し緊張してしまっていた自分が嘘のようだ。
「お風呂の湯加減は大丈夫?」
「全然大丈夫だよ。寧ろ、何時もよりリラックス出来て入れてる気がする」
「なら良かった。春だけどまだ肌寒いと思うからしっかり浸かってね」
「はーい」
リラックスできる環境がここに極まっている。
今まではお風呂なんて少し身体を落ち着かせたら終わりだとばかりに思い込んでいたが、今の状況なら湯加減も絶妙だし一時間以上は入れる気がする。
しかし、間宮さんは不思議な人だ。
小悪魔のような可愛らしくも悪戯っ子的な一面…というより大半を占めていながらも、俺を気遣う思いやりや、家事全般が出来る万能美少女だ。
欠点を探す方が難しい気がする。
「…そろそろいいか」
間宮さんの事を考えながらも、大分落ち着いたところで風呂から上がり着替えを終えてリビングへと戻る。
「もう上がったの?お風呂は気持ちよくなかった?」
「最高だったよ。柚子の香りが丁度良い感じにリラックスできて最高だった。だけど、間宮さんにも早く味わって欲しいなあって思って」
「…もう、本当にお人好しだね」
間宮さんは何処か呆れるような微笑を浮かべながらもその足取りは軽やかでスキップをしながら洗面所の方に歩いて行った。
「漫画でも読むか」
するべきことは全部終えたので後は漫画を読もう。
学校終わりの部屋の中で漫画を読む、俺にとっては最高のオアシスとなるその空間が堪らない。
確かに家事全般は不得意で、やる気も起きないが自分が漫画を読む空間を作り上げる事だけは決して手を抜かない。
リビングに置いてあるソファに座り、漫画を読むように買った照明を明るすぎない程度に光を調整してソファを下げて自分がリラックスできる一番の格好で漫画を五冊ほど取り出して読むことにする。
足を延ばし、体をソファに預け鏡も無い中でも分かる程にだらしない姿だがこれが俺の何時もの日常なので気にしない。
「――――凄いだらしない格好になってるよ」
「え?もう上がったの?」
間宮さんと全く同じことを呟いてしまうが、時計を見ると俺がお風呂から上がったのが18時30分で、今は19時30分を既に超えている。
「普通に入って来ただけだよ?」
「ごめん。俺の時間間隔が狂ってたみたい」
本に夢中になり過ぎて時間が経つのを忘れていた。
何時もは夜ご飯の準備をしたりお風呂を入れたりと結局は集中できるのは夜の10時以降でこの時間に夢中で本が見れるのは中々に新鮮な体験だ。
「隣に座っても良い?」
「どうぞ」
水玉模様のパジャマに着替えている間宮さんがソファの隣に腰掛けている。
「テレビを付けても大丈夫?」
「全然大丈夫だし、俺も間宮さんに気を遣わないから間宮さんも俺に気を遣わなくて良いよ。一緒に暮らしてるのに遠慮しながら過ごすのは嫌だし、俺も言いたいことがあるなら伝えるし」
遠慮するのは疲れるだろうし、俺も嫌だ。
そもそも、遠慮しながら過ごすのであれば俺は間宮さんと一緒に暮らそうなどとは提案しない。
間宮さんは一瞬だけ目を見開くが、直ぐに無邪気な微笑を浮かべた。
「うん。なら、今日は見たいドラマがあるからテレビを付けて忘れないようにしよう。甲賀君はテレビの音があっても本に集中できる?」
「大丈夫だって」
まあ、実際は大丈夫では無いんだけど。
おかしい。
俺はテレビの音で集中力を切らすことは無いが、隣に座る間宮さんから良い香りが滲み出ていて正直驚いている。
…いや、違うだろ。
何で俺と同じシャンプーや洗剤を使用しているのに違う匂いが溢れてるんだよ。
漫画や小説などで同棲している男の子が違う香りがするというのは本当みたいだ。
甘い香りが周りに充満するが香水みたいな強烈なにおいではなく、微かに香る甘い匂いが寧ろ心地よさを…って俺は変態か!!
人の匂いを嗅いで安らぐとかただの変態だ!
今まで気づかなかっただけで俺は匂いフェチなのか?
「甲賀君。手が止まってるけど本当に集中できてる?」
「大丈夫。ちょっと考えことをしていただけだから」
これ以上考えても仕方が無いので結論として俺は匂いフェチではないけど、間宮さんからは良い匂いがするという事で終わりだ。
「もしかして、今日寝る所を考えてる?」
「――――え?」
手が止まったが…ふと思った。
俺の布団以外見当たらないんだけど…。
「あれ?違った?流石に引っ越し業者を雇うお金は無いから布団は持ってこれなかったんだけど」
「…え、今日どうするの?」
「一緒に寝ちゃう?」
間宮さんが人差し指を口元に添えて可愛らしくウインクをするが、俺の思考は止まる。
――良し、今日はホテルで泊まろう。
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