第3話 甲賀君は幸せ者

 「今日の晩御飯は何が良いですか?」


 「何が良いって言われても…基本はカップラーメンしか食べないんだよね」


 「駄目ですよ。食材も買ってきたのでリクエストして貰えれば大体の物は作れるんですから健康の良い物を食べて下さい」


 まるでお母さんに叱られるように窘められるが、食べたいものと言えば初めは鉄板料理からお願いしよう。


 「カレーは作れますか?」


 「任せて下さい。材料もあるので直ぐに作りますね」


 間宮さんはご機嫌な様子でエプロンを再び付け直して料理を始めるが…俺はどうしよう。

 何か手伝った方が良いのかな。


 しかし、料理スキルが殆ど皆無な俺は目玉焼きと卵かけご飯、冷凍食品を温める事しかできない家事スキルがゼロの男なのだ。


 「甲賀さんは何時も通りに過ごしてもらえれば大丈夫ですよ。私は家政婦とでも思って貰えれば楽にできませんか?」


 「料理は本当にできないし、お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうね」


 手伝いたいが寧ろ邪魔になる未来しか見えないので一人暮らしをするときに漫画を見る為にアルバイトのお金を貯めて買ったソファがある。

 本棚に置いてある漫画を一冊取り出してソファに寝転がって漫画を読ませてもらう。


 ……不思議な事に今まで家の中にいい香りの洗剤や香水なども無いのだが不思議と家の中に甘い香りが充満している。

 リラックスできる環境に微笑を浮かべながら漫画を堪能させてもらおう。


 「漫画、面白いですか?」


 エプロン姿でタオルで手を拭きながら間宮さんがリビングに顔を出すが何処から見ても新婚にしか見えない。

 おかしいな。


 俺が意識し過ぎているのか?


 「お、面白いよ。まあ、最近は漫画よりアニメの方が流行みたいだけど俺はやっぱり漫画が好きかな」


 「私はちょっと見てますけどやっぱり見る巻数は少ないですね。女子と遊ぶ時はカフェや服、色々と流行の物を発見したりする毎日なんですよね」


 当たり前だけど間宮さんは美少女だし、誰から見てもリア充の住人。

 片や、俺はクラスでも友達は片手で数えられる程度の人しかいないし、漫画やアニメ好きで集まっている根暗な集団だ。


 「暇な時は勝手に見ても良いですよ。間宮さんが本当にここに住むなら幾らでも読んでも構わないですし」


 「そうですね。私も少し興味はあるので是非お勧めがあれば見てみたいですね」


 おお!!

 同じ部屋に美少女がいるのは緊張するけど、漫画好きの仲間が増えるのは普通に嬉しいな。


 「あ、でもエッチなのはまだ早いですから」


 「あれは俺のじゃないから!本当に違うからね!?」


 悪戯っ子の様な笑みを浮かべる間宮さんに慌てて弁明する。

 …明日、俺の部屋にエッチな本を持ってきた奴は絶対にしばこう。


 「フフフ。分かってますよ。では、話題を変えてずっと気になってたんですけどどうして同い年の私に敬語を使うんですか?」


 「だって間宮さんは何か雲の上の存在に見えるからです」


 「全く違いますよ。これから一緒に暮らすんですから普通に話して下さい」


 「え、ええと、そろそろカレーが出来上がったんじゃ」


 「煮込み中です」


 ……話題を逸らそうとしたが瞬時に返されて逃げ場が見当たらない。

 どうしよう。

 間宮さんと普通に話すなんて……あ、


 「で、でも間宮さんも敬語だし互いに敬語でも」


 「私は何時でも普通に話せるよ。後は甲賀君だけだね」


 あああああああああ!!

 逃げ場がないよ!


 「……分かったよ。間宮さんもこれでいい?」


 「雫って呼んでも良いよ?」


 「無理に決まってるだろ!?」


 陰キャの俺をからかっているのか!?

 女子を名前で呼ぶなんて俺にはハードルが高すぎる!


 間宮さんは俺の反応を見てクスクスと微笑を浮かべている姿に無性に照れくさくなるが、この先一緒に過ごすと言っているのに何度も照れたり動揺していては身が持たない。


 「カレーを食べようよ。そろそろ、煮込みも終わるんじゃない?」


 「うん。直ぐに準備するから椅子に座って待ってて」


 「いや、俺も皿を出すぐらい手伝わせて」


 料理から掃除まで全てを任せるのは流石に気が引けてしまう。

 間宮さんが俺に恩を感じていても少しは手伝わないとバチが当たる気がする。


 適当に皿を二つ用意して炊飯器でホカホカに炊かれている白ご飯を入れて間宮さんの所に持っていく。


 「ありがと」


 間宮さんに皿を渡した後に俺は椅子に座らせてもらい、間宮さんが持ってきたカレーを手元に来るのを静かに待たせてもらう。


 「では!私特製のカレーライス。凄い美味しいとまでは言わないけど普通に美味しく出来たと思うから食べてみて」


 「いただきます」


 手を合わせスプーンでカレーを一口食べて――衝撃が走った。


 「美味い!!」


 「本当?良かった」


 お世辞なしに本当に旨いが…少しだけ違和感がある。

 カレーを凝視しても人参、玉ねぎ、牛肉、じゃがいも、素材はどれも一般のカレーと変わらないのだが、普通のカレーよりもコクがあって美味しい気がする。

 煮込み時間も俺と話した時しか煮込んでいないし何時間も煮込んでる訳ではないのに…どうしてだ?


 「アハハハ。カレーを見過ぎだよ」


 「あ、ごめん。何か普段のカレーよりコクがあって美味しいなと思って」


 「舌が良いんだね。気付いてくれると私も頑張った甲斐があるよ」


 「何か変なことをしたの?」


 「正解は隠し味にインスタントコーヒーを入れたの」


 「インスタントコーヒー!?」


 え!?

 珈琲って普通に飲むコーヒーだよな?

 カレーに珈琲を入れるとこんなにコクが出るのか?


 「甲賀君って反応が面白いよね。カレーにインスタントコーヒーを入れることでコクが出て美味しくなるんだよ」


 「……全然知らなかった」


 俺が今まで見た漫画では大抵隠し味などを入れる人は不味い料理が完成するのがオチだが、このカレーは本当に美味しいし今度友達にも教えよう。


 「私、掃除と料理は得意なんだ」


 「本当に美味しい。おかわりもある?」


 「あるから沢山食べてね」


 やばい。

 美少女が家にいて緊張するとか思っていたが…こんな美味しいご飯を毎日食べるのなら悪くないし寧ろ最高だ。


 「ここまで美味しく食べられると作り甲斐があるなぁ。甲賀君って部活とかやってるの?」


 「してないよ。漫画を見る時間が削られるのが嫌だからね。今日は偶々友達と話し込んで遅れたけど」


 「明日も料理を頑張るから早く帰って来てね」


 「分かったよ」


 明日も全速力で帰ろう。

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