第29話 祝勝会


 それからミリアザールとリサは無事に交渉を済ませ、アルベルトを伴ってアルフィリース達に合流した。アルフィリースはミリィとリサが共にやってきたことに驚いたが、報酬を払うためにリサの元を訪れたと説明され、納得していた。

 そしてリサについてきたミリィも一緒に祝勝会をしたいと言う。もちろん歓迎なのだが、それ以上に歓迎したのは、合流するなりリサがアルフィリースの旅に同行したいと言い出したのだった。


「デカ女、貴女の旅に同行してあげましょう」

「え、なんでまた急に?」

「ミーシアで抱えていた案件が、丁度都合よく片が付きました。詳しいことは追々話しますが、後のこともこのシスター・ミリィが上手くやってくれるようです。アルネリア教の庇護を受けるのなら私も安心ですし、ミーシアでの依頼と報酬にも限界を感じていたところです。センサーランクを上げるためにも旅に出るなら良い機会と考えますので、是非とも連れて行くがいいでしょう。断ったら――わかりますね?」


 最初は突然の申し出に驚いたアルフィリースだったが、旅の仲間が増えるのは歓迎だったし、リサの能力は信頼できることも知っていたので、快く了解した。冗談であろう脅し文句に動じないアルフィリースを見て、リサが「生意気です」と少し顔を赤らめたのを可愛いと思うアルフィリースである。

 この光景を見て何かを言いだしかけたミランダだったが、言いだしきれずに口ごもっていた。その光景を、ミリアザールが呆れたような目でアルフィリースの背後から見守っていた。


「(意外と根性なしじゃの、あやつ。この機に言えばいいものを)」


 しかしそこまで段取るのも面倒なので、ミリアザールはため息をついてミランダの行動を待つことにした。

 祝勝会はアルフィリースの提案で、ミーシアの町で最初に彼女に声をかけた獣人の店で行うことになった。訪れた店で、彼は二つ返事で席を確保してくれる。出会った時の、愛想のいいままの彼だった。彼は犬の獣人と人間のハーフで、ウルドと名乗った。


「いやー、お姉さんが俺っちのことを覚えてくれているなんて感激だなぁ!」

「あら、私は人に受けた恩は忘れないわよ?」

「こいつは嬉しいことを言ってくれるね。どう、お姉さん今度俺とデートしない?」

「アタシのアルフィを何口説いてんだ? この軟派野郎が!」

「ふぅ、さっそく変な虫がつきましたか。ちょんぎりますか?」

 

ミランダとリサが手に得物を構える。


「とっとと、こりゃあおっかねぇ! こいつは失礼」


 あわてて引き上げて来た店員のウルドを見て、狼の獣人である店主が面白そうに笑って見ていた。


「ウルド、ちょっかいを出し損ねたな?」

「危うく叩き斬られるところでしたけどね。しかし美人揃い。目の保養になりますし、ついからかいたくもなりまさぁ」

「そうだな、獣人の目にもかなりの美人揃いと言って差し支えないだろう。が、それ以上に良い使い手達だな」

「そうなんですか? 俺っちはその辺、よくわからないから」

「ふん、やかましいだけだ」


 悪態をついたのはネコの獣人の女性である。店主の前で一人でちびちびやっていたのを邪魔されたようで、不快感を露わにしていた。


「なんか良いことでもあったんじゃねぇか? そう言ってやるなよ、ニア」

「落ち着きがないにもほどがある。戦士は冷静でなくてはいかん」

「お前のとこの戦士長は、落ち着きなんかと無縁だろうが?」

「だから肌が合わん! なのに実績は一級だという……私には理解できん」

「まあアイツは特殊だったからな。でもあそこの連中も、お前のとこの戦士長くらいには強いかもよ?」


 ニアと呼ばれた獣人は、アルフィリース達の一団をちらりと見たが鼻でせせら笑うように言い捨てた。


「ふん、そうは見えないがな」

「とか言って気になるんじゃないか?」

「気になってなどいない!」


 ニアと呼ばれたネコの獣人はダン! とジョッキを勢いよくテーブルについた。が、耳や尻尾がピコピコとせわしなく左右に動いており、彼女達に興味津々なのははたから見ても明らかである。


「(わかりやすい奴だな……)」

「(わかりやすいですよね……)」


 店長とウルドは顔を見合わせて苦笑したが、頑固なニアは決して認めないので放っておいた。


「で、なんでお前は酒場に来てまでジョッキでミルクを飲んでるんだ?」

「……酒は体に悪い」

「いやいや、少しなら体に良いんですよ? ニアさん、もう成人でしょ?」

「今さら身長を伸ばしたいのか?」

「ほっとけ!」


 確かに小柄な者が多いネコ族でも小柄な部類に入るニアは、戦士としてはかなり小さかった。もう年齢的に背は伸びないのでは、という言葉は彼女には禁句であろう。そんな折、さらにアルフィリース達の席が一層盛り上がる。


「アルベルト~、さっきから全然飲んでないじゃん!」

「私は下戸です。酒は飲めません」

「え、じゃあ何飲んでんのさ?」

「ククス果汁です」

「あんたはお子様か!?」

「……さっきからククス果汁がこっちに全然来ないと思っていたら、貴方が原因でしたか、アルベルト」


 リサとアルベルトの視線が交錯し、火花が散った。


「……フ、果汁は渡さん。ウルド、こっちにククス果汁もう二瓶追加だ」

「チ、ウルド! こっちは三です!」

「……四だ」

「五!」


 どうやら変な戦いが始まったようだ。リサVSアルベルトとは、まさかの組み合わせである。


「っていうか果汁の一気飲み対決って、何?」 


 とアルフィリースは茶々を入れたが、止めるのも馬鹿馬鹿しい争いだと放っておくことにした。

 で、一方ミリィとミランダはというと――


「お姉さま~(ついに真実を述べたようじゃのう。やっとオシメがとれたか、ひよっこめ)」

「ミリィ~(あ~ら、そっちはそろそろ年齢的にオシメが必要なんじゃありません?)」

「お姉さま~(バカ者め、あと千年はイケるわい!)」

「ミリィ~(無理すんなって、そろそろ厠が近いだろ?)」

「お姉さま~!(貴様こそ、そろそろユルイんじゃないのか?)」

「ミリィ~!(アンタみたいに蜘蛛の巣が張るよりましだ!)」


 さっきから名前しか呼び合ってないはずの二人なのだが、どんどん雰囲気が険悪になっていた。言葉の裏に隠した真意のやりとりは、彼女達以外には誰もわからない。なぜだろうと思うアルフィリースの疑問に、答える者も誰もいない。


「(さっきからシスター・ミリィが酒をグビグビ飲んでいる気がするんだけど、いいのかな?)」


 酒は一般的に、成人の十六歳を迎えるまでは禁止されているが、祝い事用の酒ならば一応許可はされている。もっともそのようなしきたりは守られないのが、巷では常である。それに地域によって多少成人年齢や、飲酒の年齢制限が違いもする。

 だが、今ミリィが飲んでいるのは酒場でもかなり強い酒だった。以前、アルフィリースは同じ酒をコップ一杯飲んだだけで足元が怪しくなった記憶がある。なのにこのシスター二人は、既に瓶でのラッパ飲み対決を始めていた。


「蜘蛛の巣なんぞ張ってないわー!(お姉さま~)」

「じゃあ見せてみろ!(ミリィ~)」

「ちょっと、本音と建前、逆になってない?」


 二人がなぜか脱ごうとし始めた。こんなところでシスター二人の脱衣ストリップなど、さすがに洒落にならない。助けをアルベルトに求めるが、そちらはそちらで、いつの間にかククス果汁の瓶が十五本くらい空いていた。そしてリサとアルベルトの目が完全に据わり、怪しい光を放ち始めていた。


「(どうして果汁であんなことになるの? だ、誰か助けて~!)」


 さし当たってミリィとミランダの二人を押さえようとするアルフィリースだが、逆にあっさりねじ伏せられた。腕力的に順当な結末である。

 と、酒場の注目が集まりかけたその時、酒場の入口からどよめきが起きた。アルフィリースは自分の心の叫びが通じたのかと思ったが、どうやら事態はそう言った呑気な雰囲気ではないようだ。先ほどまで様子のおかしかった仲間達も瞬間、正気に戻っていた。


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