第26話 リサの事情①
***
そしてミーシアに着いた一行。まだ日が暮れておらず、街も夜の顔を見せていない。
帰り道はアルフィリースが竜を駆って進んだせいで、さらに速度が出た。縦列を組んでさらにスピードを出すコツを掴んだようで、後ろの竜の手綱を握っているミランダが少しチビってしまいそうなくらいの速度で進行したのである。食事も速度を落として簡素に竜の上で済ませ、三刻とかからぬほどの時間だった。行きの半分の時間で帰ってきたことが記録的な速さであることを、飛竜を返すまでアルフィリースは知らなかった。
そんな皆の驚きをよそに、アルフィリースはしきりに竜とコミュニケーションをとっていた。竜と「ク?」「ククァ!」と声真似をしながら言い合っている様は、一体何をしているのか周囲には理解不能であったが、アルフィリース曰く会話が可能かどうか試していたとのことだった。
そして、「今日の夜は祝勝会も兼ねて、パァーッといこう」というアノルンの提案により、食事を皆ですることになったのである。
「では、リサは一度家に戻ります。夕刻の七点鐘までにはここに戻るつもりですので」
「私は一度シスター・ミリィに報告をしてきます」
「ちょっとアルベルト。先ほどの報告書のくだりはちゃんと削除したんだろうね?」
「何のことです?」
「『アタシとアルフィリースが一晩なんちゃら』ってところだよ! リサが脚色していたろ?」
「脚色も何も、リサ殿の語った通りに書いていますが? 『昨夜はお楽しみでしたね』と」
「何ぃ? それはリサの創作っつーか、悪戯だ! ちゃんと真実を報告しろ! コラ、なんで爽やかな笑顔で去っていく! ちょっと待てぇ!」
アルベルトの逃げ足――もとい、去り際は早かった。何をどうしたのか、アノルンが走って追いかけても追いつくことができなかったのだ。そうしてリサとアルベルトの二人が去っていくと、アルフィリース達には別段やることがないことに気付く。
「どうしよっか、アノルン? 露店で時間を潰すほどの余裕はないよね?」
「……」
「アノルン?」
「…………」
「アノ……ミランダ?」
「はぁ~い~?」
とてもいい笑顔で振り返るアノルンことミランダ。
「ちゃんと本名で呼んでよね!」
「だって~ここ何日かで呼び方がコロコロ変わってるんだもん。混乱しちゃうよ」
「むー。まあ確かにそうかもね。私にも責任はあるから、恥ずかしい罰ゲームは勘弁してあげる」
「(それ、まだやる気だったの……)」
やや呆れるアルフィリース。そんな彼女を心配そうに覗きこむミランダ。
「でさ、アルフィ。アンタ手は大丈夫?」
「……やっぱわかっちゃう?」
「皆気付いてたと思うけどね。右手、明らかにかばってるし。やっぱり呪印の……」
ミランダの前で、アルフィリースは右手を数回握って見せる。微妙にだが、動きが悪い。
「うん、反動だと思う。日常生活くらいなら大丈夫かもしれないけど、剣は二、三日振れないかも」
「それは結構痛いね。旅をするうえでそんなことになるのなら危険性も高くなるし、呪印はやっぱ滅多なことで使うべきじゃないね」
「ありがと……その、ミランダ?」
「うん! 素直でよろしい!」
ミランダがニカッと笑う。ミランダに心配をかけたくないアルフィリースは、呪印の侵蝕がちょっと進んだのは黙っておくことにした。
「で、どうするの? ミランダ」
「とりあえず騒げるところ探そうか。さすがにギルドの酒場はもうダメだろうし……」
「意外と常識があるのね?」
「いや、アタシはむしろアタシ達が行くことで全員がどんな反応するのか見てみたいけどね。それよりリサが可哀想でしょ。これからもこの街で生きていくんだから」
「そっか……リサってこれからどうするのかな?」
「今まで通りじゃない? 本来なら失せ物、人探しが中心だっていうのなら、一つの都市に絞って活動する方が無難だわ。鉱脈探しに特化していたり、特殊な環境を読める能力があれば一攫千金を狙って大陸を股にかけるセンサーもいるけどさ。普通なら活動拠点か仲間を作って、そこを中心に動くことが多い。その方が需要があるし、精度も高いし、何より安全さ。特に、リサは盲目なんだから。
あとは戦争に出て軍に協力することかな。リサの腕前ならやれるかもしれないけど、盲目かつ可憐な少女じゃどのみちロクな目にあいっこない。信頼できる強い仲間ができれば別かもしれないけど、その実績を作るまでが大変だ。そのくらいリサだってわかっているさ」
ミランダの言葉に、アルフィリースが考え込む。
「何か事情があるみたいだけど、私達じゃ力になれないのかな?」
「こればっかりはね。せめてリサが自分から何か言ってくれないと。根掘り葉掘り聞いても、逆効果だと思うよ? あの子、結構頑固だし、まだ壁を作っている感じがする。リサの能力は間違いなくアルフィの旅の役に立つだろうけど、リサが背負っている何かにまで責任を取れるかい? 仲間を作るってのはそういうことさ」
うーん、と今度は二人で考えるが、そもそも問題点がわからないのにどうしようもない。旅を続けるにあたり、魔王戦を通じてアルフィリースは自分一人での旅に限界を感じ始めていた。ミランダの知恵と経験がなければ危機に陥いったこともあったし、先輩冒険者に教わることは多い。リサのような仲間がいれば新しい土地でも危険は事前に察知してくれるし、人に騙されることもないだろう。
何より、アルフィリースは気の合う仲間と旅をする楽しさを知ってしまった。これからは一人の夜が今までより身に沁みるかもしれない。アルフィリースがそんなことを考えていると、こちらも声をかける機会を窺っていたミランダが声を発した。
「……湿っぽくなっちゃったね。ご飯食べるところを探そうか。アルフィ、なんかあてはないの?」
「そんなこと言われても……あ! あるかも」
ミーシアに着いた時、自分に声をかけてきた獣人の男性を思い出すアルフィリース。せっかくなので、様子を見に行ってみることにした。
***
「帰ったか、アルベルト」
「はい、ただいま戻りました、ミリアザール様」
こちらはミリアザールの宿である。ミリアザールはなにやら忙しく書簡をしたためている最中である。
「どうであった?」
「どうせ使い魔でご覧になっていたのでは?」
「ある程度はの。聞きたいのはお主から見て、アルフィリースはどうか? ということじゃ」
「どう? とは」
アルベルトが聞き返すが、その態度がミリアザールには胡散臭く映ったようだ。
「とぼけるな。なぜお主一人で倒せる程度の魔王を相手に、足手まといの連中をくっつけたと思っているのじゃ。ミランダはさておき本気で魔王を狩るなら、貴様単独か、神殿騎士団の上位どもをくっつけておるわ。今回の依頼の要は、アルフィリースが暴走した時に、お主が仕留められるかどうか見極めるためじゃろうが。あのアルドリュースが隠遁するほどにかまけた女児が世に出てきたのじゃ、警戒して当然であろう。魔術協会からもどのくらいの魔術を使用したのか、ある程度話は聞いておったしのぅ。一点予想と違うのは、聞いていたのとは違って快活な性格となっていたくらいかの。
vワシに心配があるとすれば、貴様が上手く奴らの危機を演出できるかどうかということだけよ」
「演技をする必要がないくらいには強力な魔王でしたが」
「謙遜はよさぬか。ワシが保証する神殿騎士団歴代最強のお主なら、魔王の数体ごときなで斬りにできようが。調査隊の連中もボンクラではない。全滅しながらでも現地の司祭経由でワシに報告は届いておるし、お主にも同様の情報があったはずじゃ。本当は魔王がどのような生態と強さなのかは、理解したうえで仕掛けたはず。
その上でお主がそのままアルフィリース達を連れて討伐に行ったということなら、最悪自分一人でもなんとかなると考えてのことじゃろうが。そもそもお主の手に負えぬとしたら、それは大魔王に近しいほどの強さということになる」
「そこまで自分の力量に自信があるわけではありませんが、確かに自分一人でもなんとかできたことは肯定いたします。ただミランダ様に手傷を負わせるつもりはありませんでした」
アルベルトが目を伏せる。ミリアザールはどう声をかけたものか一瞬躊躇ったが、
「気に病むな。全てが上手くいくわけではない。まずは全員無事で帰還したことを喜ぶがよい」
「は。ですが、私はそれでは困ります。それに、ミランダ様のことはお気にならないので?」
「それは気になるが……ワシこそ本来一介のシスターに気を揉める立場ではない。まあそなたも反省点があるなら次に生かせ。それより話を元に戻そう。アルフィリースはお主の目から見てどうじゃ?」
ミリアザールが鋭い目でアルベルトを射抜いた。アルベルトは聞いていなかったが、おそらくアルフィリースの性が邪悪であれば、処分する命令を下すつもりであったことを、アルベルトは薄々勘付いていた。アルベルトは部下として、
「今すぐやれば、私が負けることはないでしょう。ただしアルフィリース殿が私を全力で殺しに来れば、私など一捻りにされてもおかしくありません」
「そこまでか?」
「なにせ剣と魔術ですから。私も多少魔術は使いますが、あの魔力は尋常ではない。ミリアザール様もご覧になったのでは?」
「いや、それが見ておらぬ。アルフィリースが呪印の力を解放した時に思念が乱れての。そもそも結界が強力じゃったが、使い魔が役立たずになりおった」
「魔王が抵抗する暇も無いほどの魔術の三連撃でした。しかも属性がすべて違っていました。私は魔術にそこまで詳しくありませんが、かなり上位の魔術を用いたのではないかと。しかも、おそらくは暗黒魔術の類です」
「ふーむ。まあアルドリュースが呪印で封印するくらいじゃから、そのくらいはやるか。多属性魔術士とは聞いていたが、暗黒魔術まで使うとはの。しかも報告を見る限り、代償はなし……暗黒魔術すら使いこなすか」
魔術には属性による系統と、使用方法による系統がある。属性であれば火・水・風といった具合に魔術を使用しない者でも精霊のことを知っていれば属性の想像はつくが、使用方法による系統はやや複雑となる。
いくつかを例に挙げると、純粋な信仰による精霊魔術、演算による理魔術、契約による召喚魔術などがある。ちなみにアルフィリースが魔王戦で用いたのは、使用者に何らかの代償や贄を要求する暗黒魔術である。暗黒魔術は代償も大きい代わりに威力も大きいが、使い続ければ本人の属性や性質すら闇に染まると言われる危険な種類の魔術である。
「ほとんど代償がないということであれば、おそらくはまだまだ余裕があるということじゃな。で、ワシが仮にアルフィリースと戦うとしたらどう思う??」
ミリアザールはやや意地の悪い質問をした。だがアルベルト真剣に考え、そして――
「アルフィリース殿の方が強いかもしれません」
「なんと?」
この返答にはミリアザールが驚いた。ミリアザールは内心、その可能性もあるかもしれないと思いつつも、それを他人から言われるとドキリとする。
「なぜそう思う?」
「ミリアザール様もおっしゃる通り、まだ余裕があるだろうことが一つ。あの時使える全力はあれだったのかもしれませんが、もし彼女が周りのことも自分の後先も考えず大暴れしたら、単体で彼女を止められる者が世界に存在するかは疑問かもしれません」
「そこまでヌシに言わせよるか」
「特に普通ではないのがあの殺気。以前ミリアザール様の全力を見せてもらいましたが、戦闘の経験値は貴女が上でも、魔力は彼女の方が上かもしれません。正直、呪印を解放したアルフィリース殿に、私は恐れを覚えました」
「なるほど」
ミリアザールは思わず腕を組んで、むむ、と考え始めた。
「(なぜあれほどの力を持つ者が、生まれつきから目も付けられず放置されていたのか……占星術も精霊も予見できなかったというのか? 魔術協会でも謎となっているそうじゃが、これは詳しく調べる必要があるかもしれんな。いけすかん奴だが、魔術協会の代表に会っておく必要が出てくるか)」
ミリアザールは魔術協会の代表の顔を思い浮かべる。どうにも苦手な男だが、とりあえず自分に敵対する人間でないことがわかっているだけ、まだいい。アルフィリースの件は、放置できない問題に発展するかもしれないと考えるミリアザール。あるいは既に手遅れかもしれないと考えながら。
「ミリアザール様、彼女は放置されるので?」
「なんじゃ? お主、今のうちにあやつを斬ったほうがよいとか考えておるのか?」
「個人的にそういうことは好みません。が、貴女の命令は全てに優先します。私は正直、アルフィリース殿を始末する気でいると考えていました」
「そのように不服そうな顔をされて具申されてもな。ただ力があるというだけで殺せなどと、ワシはそんな無茶な命令はせんよ。ただ、見極めは常に必要じゃし、あらゆる事を想定しておいた方がいいと思っただけじゃ。例えばミランダとアルフィリースが戦う、とかの。あれほどの力の持ち主の本性が邪悪であれば、それだけで世の中が荒れる。魔術士ヘルハルドの禁断戦争の再来は御免じゃて」
「それはそうかもしれませんが……」
口では従いつつも、かなり不満そうな顔を前面に押し出すアルベルトを見て、ミリアザールはニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべた。どうやらアルベルトもアルフィリースを気に入ったらしい。この朴念仁に好かれるとは、大した人たらしだとミリアザールはニヤニヤ笑う。
「まあよい、この話はここまでじゃ。ところでお主達がうかれて騒ぐ前に行っておきたいところがある。ついてこい」
「御意」
ミリアザールはアルベルトを伴い、外に出ていくのだった。
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