第25話 帰還
「えー……と。なにしてたんだっけ?」
アルフィリースが目を覚ますと、既に太陽は高かった。昨日アノルンの告白を聞いた後、しこたま二人でふざけ合い、笑い疲れてそのまま寝たのを思い出す。どうやら色々とため込んでいたことを話したことで、アノルンは随分気が楽になったらしく、やりたい放題に近いくらいアルフィリースに我儘を言っていたのを思い出す。
「アルフィ~、肩揉んでよ~」
「私だって疲れてるのよ?」
「いーやーだー! 揉んでくれなきゃ暴れちゃうぞ?」
「はいはい、どっちが年上なんだか……」
しょうもなしにアルフィリースが揉んであげると、そのままアノルンはすやすやと眠ってしまった。
「ちゃんと自分の部屋に戻ってよ~」
とアルフィリースが言っても何の反応も見られず、アルフィリースの方も限界が来ていたので、そのまま折り重なるように同じベッドで寝てしまった。そしてアルフィリースが目を覚ました今も全く気付く様子もなく、アノルンはすやすやと眠っていた。
アルフィリースの考えはそこまで及んでいるかどうかは定かではないが、アノルンにしてみれば自分の良人が死んでからおよそ百年ぶりの安眠であった。深い眠りとなるのも無理はない。
「こうやって寝顔を見てると天使みたいね……酒場にいる時からは想像もつかない。うふふ、いたずらしちゃおっかな~なーんて」
アルフィリースはしばしアノルンの寝顔を楽しんだ後、起こさぬようにそっとベッドを出ると、身なりを整えて部屋の外に出た。魔術をかなり使ったせいか、お腹の虫が鳴ったのだ。
「さて、まだ朝ご飯があるかしら?」
「……お姉さまと二人で一晩中何をしていたのです?」
「きゃっ!?」
アルフィリ―スは突然後ろから突っつかれ跳び上がるほど驚いた。いつの間にかリサが後ろに立っていたのだ。
「リ、リサ! いつからそこに?」
「アナタが起きる前からです。朝ご飯ができたので呼びに来ましたが、随分と深い睡眠だったようなので、一度引き返して再度訪れたところです」
「全然気付かなかったよ?」
「だからニブチンだと言われるのです、デカ女。まあ気配を完全に消してましたけどね」
「タチ悪いよ! それにニブチンとか、初めて言われたわよ!」
「それより、婦女子の寝込みを襲おうとしていませんでしたか? 恥を知りなさい、恥を」
じゃあリサが今隠した、右手に持っている筆みたいな物で私に何をするつもりだったのかと問いただしたいアルフィリースである。それを取りに戻ったのではないのかと問いかけるその前に、矢継ぎ早にリサがまくし立てた。
「いくら黒髪で出会いがないからとはいえ……女性が好みというだけならまだしも、無理矢理は人道にもとります……ま、まさか? 既に昨日シスターを無理やり手籠めに……事後だとでも?」
「ち、違うわよ! ちゃんとアノルンが起きたら説明してくれるんだから!」
アルフィリースは思わずリサの腕をとって説明しようとしたが、リサには相変わらず躱されてしまう。
「聞く耳もちません。そんなにしがみつこうとして、朝っぱらからリサに何をするつもりですか?? リサに触らないでっ!」
リサが魔王から逃げる時よりも速く、全力で逃げていく。アルフィリースも即座に追いかけるが運悪く修道院のシスターに見つかり、
「なんですか? 朝から騒々しい。これはお説教が必要なようですね!?」
と言われ、アルフィリースは空腹のまま正座で半刻ほど説教された。
「なんで私だけ……」
と考えるアルフィリースがシスターの背後を見ると、ぷーくすくすと笑うリサがいた。どうやら
完全にからかわれたようなのである。魔王を討伐することに成功し、大抵の相手には舌戦で負ける
気のしないアルフィリースだったが、リサにだけは適う気がしなかったのである。
***
そうこうするうち起きてきたアノルンと共に、遅めの朝食を取っているとリサが近づいて突然謝罪をした。実のところ、リサは昨日のアルフィリースとアノルンの会話を全て聞いていたらしい。と、いうより聞こえてしまったと言った方が正しかったようだ。
「知っての通り、センサーは五感が鋭敏です。可能な限り普段は抑えていますが、それでも無意識に周囲数十メートルの音は拾ってしまいます。話を盗み聞いたようで申し訳ありませんが、そのことで貴女達に対するリサの評価は変わりませんので、御心配なきよう」
だ、そうだ。アノルンが不死身だとかなんとか知ったら、普通もっと驚きそうなものだが。余程肝が据わっているのか、あるいはまだ腹の底を見せていないのか。もちろん不死者が他にいないわけではないが、リサの内心がまだ完全には見えぬアルフィリース達である。
そしてアルフィリース達は急いで出立の用意をした。ミーシアに帰還し、リサを送り届ける必要がある。出立の準備をする仲間を見ながら、
「(この面子の居心地は悪くないわ……でもこの仲間で旅をするのもミーシアに帰るまで、か。このままアノルンと連れ立って二人旅もしてみたいけど、いっそ旅の道連れは多いってのもありかな。一人旅は気楽だけど、色々危険なこともあるし、大勢での旅も楽しそうよね)」
危険を顧みず、共に旅できる仲間がいればどれほど心強いか。この一連の依頼を通して、アルフィリースはふとそんなことを考えたのである。
***
「少しいいですか、ミランダ?」
「リサか、なんだい?」
「先の魔王戦のことです。アルフィリースの変貌について、いくつか質問があるのですが」
アルフィリースとアルベルトが騎竜の確認をしている間、リサがミランダを呼び止めて質問した。当然と言えば当然の質問だが、ミランダも二人が遠くにいることを確認してから答える。
「やられてたアタシに答えられる範囲ならね」
「もちろんそれで構いません。話を聞く限り、どうせ気絶はしていなかったのでしょう? リサも気が動転して気付いていませんでしたが、あなたの傷が塞がっていくことに気付いていれば、あれほど動揺もしなかったと思います。私もまだまだです」
リサの言葉に、センサーが敵方にいると死んだふりができないことを思い出すミランダ。味方のうちはいいが、敵にいると多くの不意打ちが封じられるため、度々正面からの消耗戦を強いられる。勘の良い相手を敵に回した時の手強さ。嫌な思い出だった。
「ま、お察しの通り気絶するほど痛かったけど、意識はあったわ」
「では遠慮なく。ミランダは最初からアルフィリースがあれほどの魔術を使うことを知っていたのですか?」
「いいえ。やるだろうとは思っていたけど、あそこまでの出力は想定外だわ。アルネリアの司祭級の防御魔術でも数人がかりでようやくなんとか致命傷を防ぐ、くらいでしょうね」
「もしや、必要に応じてアルフィリースを異端認定して、アルベルトに始末させるつもりだったのですか?」
リサの質問にミランダもどきりとした。その可能性もちょっと前まで考えられないではなかったからだ。だがミランダは自信をもって首を横に振った。
「いえ、それはないと断言するわ。確かに単純な魔王討伐ではなく、ある程度事情があったことは認めるわ。だけど、そんなことに一般人を巻き込むほどアルネリア教は落ちぶれたつもりもないわ」
「その言葉を信じろと?」
「アルネリアの加護に誓って、あとはアタシの使命に誓ってとしかいえないわ」
「堂々と大衆の前でウソ泣きをするシスターの言葉では信憑性に欠けると言わざるをえませんが……腹積もりはどうあれ、信じるしかないでしょうね。とりあえず今回の魔王討伐に同行したというだけで、アルネリアから目を付けられるのはこちらとしても御免蒙りたいですから。異端認定されるような人間と迂闊に関わりを作ると、どう転んでも後味の悪い事になるこことは予想に易いのです。それにしてもアルフィリースの魔術からはただならぬ雰囲気がしました。邪悪――というには違うでしょうが、腕の衣服が燃えるように破けてから突然、人間では不可能なほどに殺意と魔力が膨れあがったように感じられたので。アルフィリースの腕には何かの紋様が施されているのですか?」
そう聞かれてミランダはふとリサが盲目であることを思い出した。あまりに振る舞いが自然過ぎてつい忘れがちだが、リサは人の動きなどはわかっても、色に関しては正確に理解しえないし、まして凹凸のない模様などはわかりようもないのだ。
「ああ、そうか――リサ、魔術感知は苦手?」
「魔術士には劣るでしょうが、並一般のセンサー以上にはできますよ。物理的な罠には気付けるけど、魔術的な罠に無防備であればセンサーとしては二流どまりになりますから訓練もしています。それに勘の良い人間なら、センサーでなくても魔術的な要素には気づきます。魔力は本来、人間なら全員がある程度備えているのですから」
「そうだね。でもアルフィリースが能力を解放するまで全く気付かなかったの?」
「魔術についてはある程度本人から聞いていました。その過程である程度探りもいれましたが、手の届かぬ壺の底を知ることはできませんでした」
「つまり?」
「腹立たしいほどにアルフィリースが優秀であるということですよ。最初に見た時からそうでしたが、比較対象のないものを測ることはできません。ギルドではあれほどの魔術士を見たことはありませんから。それに対して本人の自覚がないことが呆れるというか、腹立たしいというか。だからつい強く当たってしまいますし、からかいたくもなるのです。彼女はこのまま一傭兵に収まる器に見えません。いずれとんでもないことをやらかすと思いますが、それが良いか悪いかはわかりかねる危うさがあります。良識はそれなりにあると思いますが、好奇心がそれに勝りそうなので、見ていて怖くなる時があります。異端認定とは違うと思いますが、きっちりと先行きを監督した方がいいと思いますが?」
ややふくれっ面で嫉妬しながらも、口調はアルフィリースを心配するリサを見て、ミランダはリサが実に正確にアルフィリースの本質をとらえていると考えていた。自分はそこまで判断するのに一年近くを要したが、リサはたった数日でアルフィリースの本質を見抜きつつある。これからも仲間であれば存外うまくやれるのではと考えたが、まだこれからのことを話すまでの考えるにはミランダも至らず、ただ黙ってリサの話を聞くにとどめたのである。
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