第24話 闇夜の魔術士たち

***


 場所は変わり、ここはアルフィリース達が魔王と戦ったルキアの森である。

 魔王が死んだ今ここには本来の生態系を脅かすものはなく、森もあるべき姿に戻るはずであった。だが森には虫や動物が徐々に満ちてくるはずなのに、その様子が全く見られないのだ。命がこの土地を嫌ったとでもいうように、森の全てが死んだように静かだった。

 さらに勘の強い者や、魔術の修練を積んだものであれば、この土地の結界がまだ消えていないことに気付けたかもしれない。魔王がいた時よりもさらに強い結界。ここには、先の魔王など比べ物にならないほど不吉で邪悪な者達が集まっていた。命あるものはこれらの存在を本能的に忌避したのである。そして風も無いのに木が、草が、ここにある全てのモノ達が怯えるようにざわめいていた。彼らも動けないなりに、逃げだしたかったのかもしれない。

 その中に木の葉のすれ合う音に混じり、囁くように不吉な声が聞こえてくるのだった。


「……見たな? あの魔王を一捻りとは、人間にしてはなかなかの魔術だった」

「ええ、しかもまだ全力ではないでしょう。炎の魔術を使ったのに、森には被害がありませんでした。あの状況で、周囲を気遣う余裕がまだあるようです」


 魔王が焼け焦げた跡に、影が二つゆらめいて出現した。一つはローブに全身を隠した男。背筋こそ伸びているが、少し声がしゃがれていることを考えれば老齢であると推測される。もう一つの影も全身をローブに覆っているが伸び出る手はやせぎすで、男にしてはかん高い、神経質そうな声を出していた。

 そこに子どものような影と声が三つ加わる。


「もったいないね。あの魔王には名前を考えていたのに、名づける暇もなかった。ねぇ、もう一回作っておくれよ?」

「だからさっさと名前をつけろって言ったのさ。どうせ同じやつなら沢山作れるんだけど、生まれたての試作品とはいえ、ああもあっさりやられると興が削がれるなぁ。それに同じ奴を作るのも面白くないから、気が乗らないんだよね~。知性は高いけど我が強くて暴走しがちだから、汎用性には乏しそうだし、運用が難しそうだよね」

「……あんな醜悪な魔王がお気に入りだったのか……?」


 先の魔王がやられたことを残念がる声、呆れる声、事実を冷静に断じる声が聞こえてきた。


「だって恰好よかったよね、あいつ」

「ええ~、趣味悪いよ~。もっと恰好よい奴なら色々あるんだけどなぁ。まぁ今回放った中では本命の一体だったけどさ」

「……確かに趣味が悪い……だが、あれが大きな街に現れていたら……さぞかし凄惨な光景が見れただろうな……」

「それは同意だね。ただ何でも食べる分、上手く人間を襲ってくれるとは限らないけどね」

「あー、残念。阿鼻叫喚の渦を見損ねたぁ」


 人が何百人も死ぬ様を想像しながら、二つの声が楽しそうにくすくすと笑う。そしてローブの老人が片手を上げると、やせぎす男の影が小さな影たちを制していた。


「静粛に」


 影だけでなく、ざわめいていた木々までもがぴたりと止まる。


「残念ながら計画の一つは潰れたが、大局に支障はない。現状をもう少しの間維持する。各々計画の進捗状況を報告せよ」

「御意にございます。既に諸国で工作を行っておりますれば。始まりの合図さえあれば、いつでも計画を遂行できます」

「任せといてよ、次に放つ魔王も準備万端さ。いつでもどうぞ?」

「放つ地点も候補を見つけているよ? まだ目立たない場所でいいんだよね?」

「計画はあるが……あの女剣士は放っておいていいのか……? 中々に厄介な魔術士と見たが……」


 小さな影の疑問に、ローブの老人が答えた。


「今はまだ何もするな。待つことも必要だが、私に考えがある」

「了解で~す!」

「でもこっちの活動に絡んできたら、やっちゃってもいいんでしょ? 傭兵だから色んな所をふらふらしているようだし、好奇心が強いからおかしいと勘付いたら勝手に首を突っ込んでくるかも」

「その時は自由にせよ。好奇心は猫を殺すと言うからな。そこで死ぬならそれまでの逸材よ」

「もう一つ……ここに来てない奴らも多くいるようだが……そいつらはどうする……?」

「構わん。放っておいた方が成果を出す者もおれば、そもそも御することが困難な者もいる」


 老人の意見に、小さな影が明らかな不満を告げた。


「真面目に働くこっちが馬鹿みたいじゃんかよぅ。あのシスターみたいに、酒瓶で一発殴ってやりたいんだけど?」

「……やってみるといい……その実力と、度胸があれば……」

「まぁ、間違いないく返り討ちだよね。僕達の仲間の女どもは目の覚めるような美人揃いだけど、揃いも揃って恐ろしい腕前をしているから。間違いなく君より強いよ?」

「ちぇ。どいつもこいつも化け物みたいな連中ばっかりだよ」


 小さな影の舌打ちと共に、木々が一つ揺れた。小さな影の苛立ち一つで空気が揺れる。


「貴様も十分その化け物の一人だ、私が直接弟子にしたのだからな」

「あー、はいはい。褒め言葉としてありがたく頂戴しますぅ」

「貴様、師に口が過ぎるぞ?」

「うるさいですよ、兄弟子様」


 殺気立つ二つの影と、放出される魔力で木々が大きく揺れた。それを見たローブの老人が語気を強め、より一層強い魔力で上から押さえつける。


「やめよ」

「……申し訳ございません」

「ぷぷー、怒られてやーんの」

「貴様もだ。次に軽口を叩けばこの場で消滅させるぞ?」


 その恫喝には、軽薄な少年も不満そうに黙ってしまった。老人が続ける。


「次は三回目に月が満ちた時に集まることとする。忘れるな。それまで各々計画を進行せよ」

「御意」

「えー、忘れちゃうかもー」

「首が飛んでもいいなら忘れたら?」

「首が飛んだくらいじゃなんともないけどねー。そっちのお前は寝坊するなよ?」

「……君こそ、女遊びがすぎないように……」

「ボクの女遊びはこう見えて計画に必要なんだけどなぁ。趣味が入っていることも否定はしないけど」

「……フン……下衆な奴だ……」

「それ、褒め言葉だよ?」

「少しは静かにできないのか、餓鬼どもめ」


 神経質そうな男の声に、小さな影達は一層囃し立てるように揺れる。そのやり取りに老人がため息をつきながらそれを制した。


「その辺にしておけ、今お前達に争われては困る。ここに来ていない者には私が連絡をしておこう。それぞれ聞いておきたいこともあるのでな」

「了解しました」

「よろしく~、お師匠様~」

「だからその軽口が怒られるんだよ」

「……よせ……馬鹿は死なないと治らん……」

「もう何回も死んでますけどね~治る気配はないですよ、と」

「貴様の軽口には慣れておる。ただやることをやっていればそれでよいのだ。では諸君、我ら『世界の真実の解放のために』」

「「「「『世界の真実の解放のために』」」」」


 その唱和とともに、ぴたりと全ての魔力と闇の気配が掻き消えた。精霊が、虫達が、夜の闇を蠢く魔物達が、様々な生命が森に戻ってきはじめた。だが、先ほどまで聞こえていた声が何か、影は誰だったかなど、気にするものは何一つおらず、ルキアの森はこうして平穏を取り戻したのである。


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