第22話 孤独な獣①

***


 どのくらい経ったのか、まだアノルンの涙は止まらない。今も悲しいし、多分これからも彼女は後悔するのだろう。だが、目の前にいるアルフィリースと一緒に色々なものを見てみたいと思う自分もまたいる。今見るアルフィリースの顔はとても穏やかで――


「(そうだ、アタシが愛した人達はみんなこういう表情をしていた。そんなアルフィを見ていると、アタシからも自然と優しい気持ちが溢れてくるよ……)」


 アノルンは涙を手で拭き取り、アルフィリースの方に向き直る。もう涙は止まっていた。


「ごめんね、アルフィ。いっぱい泣いちゃって」

「いいよ。私だってたまにはアノルンを支えたいわ。いつも支えてもらってばかりだったから」

「迷惑の間違いなんじゃないの?」

「そうとも言うわね」

「こいつ!」


 アノルンがアルフィリースを小突く。


「あっ、痛いわね~。馬鹿力なんだから、もっと手加減してよね!」

「それがか弱い乙女に向かって言う言葉?」

「……普段の調子に戻ってきたじゃない?」

「!」


 アノルンは一瞬、呆気あっけにとられた。これではどっちが年上やらわかりゃしないとアノルンは考えた。当のアルフィリースはそんなアノルンの内心など、理解できている様子はなかったのだが。


「全く……今日はアタシの負けでいいわ。それとね、アタシのこと、アルフィには本名で呼んで欲しいわ」

「みんなの前で呼んでもいいの?」

「構いやしないわ。そうね――もう偽名を使う必要もないわね! アタシが自分の名前を呼ばれたくないからマスターにつけてもらった偽名だし。由来を知ってる? 古代語での『見知らぬもの』をもじったんだって。もじりきれてないし適当よね、まったく。でもフルネームだけはアルフィにこっそり教えてあげる」

「へぇ、乙女の秘密ってやつかしら?」

「乙女ってほどでもないけどね、いい? アタシのフルネームはね……」


 アノルン、いやミランダがアルフィリースに自分の名前を囁く。そしてついでにアルフィリースの耳に息を吹きかけ、彼女が悲鳴を上げたのを見てミランダが爆笑する。それを皮切りに、しばらく彼女達の笑いが止むことはなかった。

 そして――


「やれやれ、あのアホウめ、やっと乗り越えよったか! まったく心配をかけよる。手間のかかる妹か娘を持つと、こんな心境かのぅ」


 その様子をきっちりと使い魔を通して見ていたのは、ミリィことアルネリア教最高教主ミリアザールである。


「アルフィリースが生きている限り、もはや心配あるまい。いや、あの分ならアルフィリースがおらんようになっても大丈夫かの?」


 うんうん、と一人で納得してみるミリアザール。


「なんせ奴にはこれからやってもらわねばならんことが――まあこれはとらぬ狸のなんとやらか。まずはこちらの用事を片づけるとしよう。今日こそは釣れるとよいんじゃがなぁ。はー、面倒くさいのぅ」


 と一人ごちながら、日が暮れて黄金色に染まりつつあるミーシアの街を、ミリアザールは肩を自分で揉みつつため息をつきながら歩きだしていた。

 建物の間から感じる風が温かくなっているのは、やや早い夏の訪れを告げようとしているのだろうか。この時期は日が長くまだ空はうっすらと明るいが、既に白の月は天高く昇り、ミーシアの町並みは夜の賑わいを見せ始めていた。

 ミーシアは大都市らしく、鐘が時間を報せる時を過ぎた夜でも人の波が切れることはない。まして今は夕餉時。店には煌々と明かりが燈り、露店は旅の用具や日用食品を売る店から、買い食いや酒を一杯ひっかける店へと変貌を遂げていく時間である。

通りには売り子や客引きが我先と通行人に声をかけ、広場の噴水付近では待ち合わせる友人や恋人達を多く見かける。さながら平和な中原における象徴ともいえる光景に目を細めながらも、喧騒から遠ざかるように一人歩くのはミリアザールである。


「人々の営みは何百年経とうとも基本は変わらぬ。じゃが、大戦期よりは笑顔を見かける機会は確かに増えたな」


 ミリアザールはふと昔を思い出す。まだアルネリア教としての母体が確立しておらず、自分が今の巡礼のように各地を巡っていた頃、人間の生活圏などこの大陸の中で矮小なものだった。人々は魔物の存在に怯え、旅や移住もままならず、村や町が魔物の群れに襲われて壊滅するなど、珍しい話でもなかった。人口も、現在の十分の一もいなかったはずだ。

 また魔王と呼ばれる強力な魔物も、今よりはるかに沢山いた。中でも六体、凄まじく強大な魔王がおり、国家すら一飲みにするほどの勢力を誇っていた。その強大な魔王達は『大魔王』と呼称され、彼らとの戦いは実に三百年にも及び、一連の戦争が続いた時期を大戦期と呼ぶ。

 大戦期が終結したのはおよそ三百五十年前。それからは人間同士の争いが多くなり、現在の各国の平和維持体制に入るまでを黎明期と呼んでいる。黎明期が終結したのは、およそ二十年程前であった。


「ミーシアの元となる都市が設立されたのは、百年ほど前かの。ここに至る街道を整備したのも、懐かしい話よ」


 ミリアザールが巡礼を始めたのは大戦期に入る以前の出来事だが、彼女の存在自体が大戦期を引き起こす一因となったのは疑いようもない。彼女が魔物討伐を行う中で仲間が増え、十年経つ頃には一大勢力となっていた。やがて、ミリアザール率いる勢力が魔王反抗の旗印の一つとなっていった。これが現在のアルネリア教の母体となった組織である。

 むろん同時期には他にも伝説に語られるような英雄的存在が多数存在し、人々を率いて魔王達に立ち向かったことも忘れてはならない。初めて魔王を討ち取った若者ダヤダーン、英雄王と呼ばれたグラハム、無双の剣帝ティタニア、始まりの勇者ゼーベイア、人間達に協力的だったエルフ族の王シグムンドに巨人族の王ファード。アルネリア教は彼らほど小回りこそきかなかったものの、国境に縛られず動けるため、国家よりははるかに動きやすかった。


「色んな奴らと協力したのぅ。英雄も、政治家も、野心家もいたな」


 ともかく、ミリアザールは病や怪我に苦しむ人を助け、村や町どうしが連絡を取り合えるようにし、安全な人の行き交いを可能にした。そして魔物の土地を切り開き、街道を整備し、人間達の生活範囲を広げていった。

 そしていつしか、彼女は聖女、あるいは最高教主と呼ばれるようになった。回復魔術は元々聖女アルネリアが使用していた魔術だが、その一部をミリアザールが継承し広めた。結果としてシスターや神官、司祭の能力を開花させる者が多くなり、人間達は以前よりはるかに死ににくくなった。その中で自分に命を捧げると誓い、生死を問わずついてきた多くの部下達。そうやってできあがった集団に、シスターの名前にちなんで正式にアルネリア教と命名したのが、およそ四百年前である。

 彼らの献身と、多くの犠牲をもって現在のアルネリア教はある。今でこそアルネリア教の活動の多くは困窮する人々の救済となったが、昔は魔物討伐が主たる内容だった。さらにその中で大魔王討伐に多くの力を割いたこともあるし、ミリアザール自身も魔物と戦い続けた人生だった。

 多くの人間を犠牲にしたが、それ以上の人間が恩恵にあずかった。人間の命を数勘定で天秤にかけて成果を誇るわけではなく、また戦いそのものがミリアザールの目的であったわけでもないが、自分がやってきたことにミリアザールは後悔を感じたことはない。後悔すればそれは自分のしたことに対し、夢や希望、その人生をすら賭けた者達に対する侮辱に他ならないと彼女は考えている。

 しかし、


「自分のしてきたことが最善だったかどうかは、わからなくなるな」


 魔物の勢力が薄れ人間の生活範囲が広がるに従い、今度は人間同士で争いを繰り広げるようになった。大きな争いだけで、簒奪王ブラムセルの戦役、魔術士ヘルハルドの禁断戦争、大盗賊ヤプーの乱、奴隷剣闘士サザームンドの反乱などである。ミリアザールを中心とするアルネリア教は人間同士の戦争には基本中立を保ったが、各国と連携しての魔物の討伐が疎かになったせいで、アルネリア教単独での魔王討伐が長きに渡り続いた。

 その中で実に多くの騎士やシスター、僧侶が死んでいった。そのことを批判され、内部分裂が起こりかけたことも幾度となくある。

 また拡大する教会の権力を利用して悪事を働く者も多い。慈愛・救済をその活動理念としている集団にもかかわらず、である。最初にアルネリア教の門を叩いた時にはそのような邪念を持っていたわけではなく、ほとんどが崇高な理想を持って業務に励んでいたはずなのに。時には内紛を自分の手で始末してきたミリアザールは、いつも悲しみに囚われていた。といって手抜きや半端な慈悲をかける性分ではなかったのも、確かである。

 アルネリア教は大きくなるにつれて、その中に闇を孕むようになってきたことは否めない。それは取りも直さず、自分自身がそのような人物だからだろうとミリアザールは自嘲気味に笑う。自分が作った集団は、自分の子のようなもの。子は、親に似る。


「本当の意味で、ワシが聖女ではないからかの」


 物思いにミリアザールが耽るうち、既に繁華街は途切れ、暗がりが多い裏通りに入っていた。ここはミーシアの中でもかなり治安が悪い通りであり、娼館や賭博場、闇市が立ち並ぶ通りである。

 通りにはいかがわしい恰好をした娼婦や、目つきの悪いゴロツキがたむろしている。酔いつぶれて道端で寝転ぶ者から財布を抜き取ったり、少し細い路地からは喧嘩の怒声が絶えないなど、無法地帯にも等しい。明け方になれば、死体の一つが転がることも、さして珍しくない。

 だが現在では、どの町に行ってもこういった光景が見られる。かの有名なターラムの裏通りほど荒廃してはいないものの、こういった光景を見て思わず自分の胸がざわつくのを、ミリアザールは抑えられない。


「ワシはこういった者達まで救おうとしたわけではない。日々努力を怠らず、生きるために懸命で、それでもつまらぬことで命を落とす。そういった出来事を見過ごしたくなかっただけなのじゃ。だが救う人間は選べぬし、選んではならぬ」


 昔、自分に良くしてくれた村人達を思いだす。彼らは生きるのに懸命で、毎日遅くまで働くことに文句も言わず、裕福ではなかったのに、困っている者を見捨てるようなこともしなかった。それでもただ一度の魔物の群れの襲来で、全てが灰になった。

 身寄りのない自分を招いて晩御飯を出してくれた老夫婦も、種まきをいっしょにやった仲のよい大家族も、野山を一緒に駆けまわった親友の双子も、もういない。そして、いつも自分に語りかけてくれたアルネリアも。

 その時、ふと服の裾を掴む者がいた。乞食の類いだろうが、身なりの汚い男である。


「アンタ、アルネリア教会のシスターだろ。もう三日も何も食ってねぇんだ……頼むよ、俺に精霊と聖女の慈悲を」

「……いいでしょう」


 先ほど露店で買っておいた菓子をとりだす。形が星みたいで、後でこっそり食べようと楽しみにしていたのだが、さすがにこれをケチっては教会の信念のなんたるかを説く資格をなくすだろうと、ミリアザールは思ってしまった。


「今はこのようなものしかありませんが」

「っ! なんだ。駄菓子じゃねぇかよ!? 俺が卑しいからって馬鹿にしてんのか?」

「あいにく、手持ちはそれしかありません」

「じゃあ金をよこせ! それで酒を買うからよぉ。俺は酒さえありゃ生きていけるんだ」

「あいにく金も持ち合わせがありません。施したいのは山々なのですが」

「ふざけんな!!」


 男がミリアザールの胸倉を掴んできた。ミリアザールはきっと睨みすえながら静かに強く諭す。


「この手をお離しなさい。アルネリア教のシスターに狼藉を働く者には、相応の罰が下りますよ?」

「……ちっ」


 男にも元はそれなりに信心があったのか、それとも精強で知られる騎士団の報復を恐れたか。幼いシスターに狼藉を働くことに罪悪感があったのか、はたまたミリアザールの目つきが想像以上に鋭かったのか。

 いずれにしろ思ったより男はあっさり引き下がり、悪態をつきながら路地裏にふらふらと消えていった。もちろんそれ以上を何かしようとすれば、天罰よりもまず先にミリアザールが罰を与えていたことは間違いない。


「自ら働きもせんくせに、人には一人前にたかりよる。堕落した人間の典型よな。昔はあんな者は生き残れなんだ。支え合わねば、生き残ることすら難しかったというに」


 たたずまいを直しながら一人呟く。


「ワシには、どうしてもあのような奴らにまで愛情を注ぐことはできん。まぁ窮地であれば助けはするじゃろうがな。だが、お主ならあのような者にまで何の躊躇いもなく愛情を注ぐのだろうな――のう、アルネリア」


 昔、自分を拾ってくれたシスターの顔を思い出す。あまりにも昔のことすぎて、彼女の顔の描写はもはやおぼろげな印象でしかない。だがその残した言葉を、一言一句たりとも忘れることはない。


――憎んではだめよ、愛し子。誰も皆、傷つけ合いたいわけじゃないの。ただそれ以外の方法を知らないだけ――


「アルネリアよ、ワシは聖女などではない、教主もふさわしゅうない。ただそなたの真似ごとをしておるだけじゃ。お前を殺した奴らが、今も憎い」


 はみ出し者であった自分をかばい、面倒を見てくれた。自分が村に住めるよう、村人も説得してくれた。自分が熱を出せば、治るまで寝ずに看病をしてくれた。

 村人が怪我をすれば走ってかけつけ、食べるものがない家族があれば、自分の食べるものを削ってでも食事を分け与えた。彼女の優しさにほだされた村人達は、アルネリアと同じように自分達も行動することにした。魔物がはびこる時代において、あれほど平和であった村は当時世界になかっただろう。思い返すたび胸に温かいものがこみ上げる。


「あのような光景を、また見たいのぅ」


 そんな回想にひたっていると、はた、と人通りがなくなっている。かなり裏通りの奥深くまで来ているとはいえ、逆に誰もいないとはおかしい。ミリアザールの瞳が鋭く暗がりを睨む。


「ふむ……そこにおるな? 出てくるがよい」


 と、ミリアザールが顔を向けた方向から影がすぅ、すぅ、と何体も姿を現す。全部で五つの影が出てきたが、まだ潜んでいる気配がする。ミリアザールは首をコキコキと鳴らした。


「ようやく釣れたか。そのために一人でミーシアくんだりまで出てきて、うろついたのじゃからのぅ。隙を見せた甲斐があったというもの。さて、やってしまう前にどこの手の者か聞いておこうか」

「……」

「だんまりか。それでは面白くな――」


 ミリアザールが言い終わらないうちに先頭の者が合図をし、音もなく他の者が動き始めた。全員が懐から刃物を取り出す。


「いきなりか、面白みのない!」


 迫りくる者達を左右にひらひらと避けるミリアザール。シスター服では動きにくいはずだが、裾をつまんで動くその身のこなしの軽さはとてもシスターとは思えない。そしてそのうちの一人の手を掴むと、しこたま壁に叩きつけてやった。

 ゴキリ、と肩の骨が折れたであろう相当鈍い音がしたが、その男は悲鳴一つ上げずすぐに体勢を立て直す。痛みにもかかわらず攻撃を繰り出せるとなると、生半可では止まるまい。


「悪いが、しばらく動けないようにしておくぞ?」


 ミリアザールは簡単な捕縛の魔術を行使しようとして、魔術が使えないことに気が付いた。


「何!?」


 瞬間、自分目がけて飛んでくる何かを上に跳んでかわすミリアザール。石を縄で結わせた捕縛用の武器だろうが、縄に鉄で返しをつけてある。絡まれば皮膚に食い込み、外すことは叶うまい。


「それがか弱い乙女に向ける武器か」


ミリアザールは文句を言いながら、そのまま建物の壁を蹴って、四階まである建物の屋上に駆け上がった。


「なるほど。人払いの魔術と魔術封じを同時に実行し、加えてその忍耐力と体術……主ら、東の大陸の上忍か」


 間髪いれず、五人が屋上まで駆け上がってきた。忍者とは東にある別の大陸の出自である、暗殺者の名称である。東の大陸は今現在自分達がいる大陸の半分程度の大きさしかないが、魔物は平均的にこちらよりも強く、また未開の土地も多く平穏には程遠い地域である。

 さらに資源が乏しいため、四百年程前に海を越えた国交が開かれてからは、西の大陸から食料・衣料品を援助する代わりに、東の大陸からは武器・人材を輸入してきた。そのうちの一つが忍者である。

 彼らの得意技は暗殺であり、またこちらの大陸とは系統の異なる魔術(方術や忍術と呼ばれている)を使用する。直接的な攻撃魔術も使えるようだが、主に秘密裏に仕事を請け負うため、間接的な効果を及ぼす魔術を中心に使用してくる。今回ミリアザールの魔術を封印しているのも、それらの魔術だとミリアザールは推測したのである。


「(加えて時刻は夜で、季節も光魔術に相性が良くない。ワシの魔術を封じるくらいじゃから強力にしてある分、効果は短いじゃろうがな。この大陸の魔術はともかく、なんせ方術は系統が多くて、対策もようわからん。とすると肉弾戦が手っ取り早いのじゃが、奴らの体術は人のそれを大幅に上回る。中々に厄介じゃの)」


 ミリアザールはじりじりと仕掛ける機会を窺うが、流石に敵にも隙がない。しかもいつの間にか男達は、懐から紙のようなものを取り出していた。


「(あれは――『符』か? ということは、召喚ないし式神か)」


 ミリアザールの推察通り、忍者達が符を放つとそれらが変化し、あるいは魔法陣となり、様々な魔物が出現した。


「(妖怪、式鬼、式虫。実に多様じゃな)」


 忍者達が呼び出した下僕は全部で二十体にも及んでいる。魔術が使えないことを考えれば、普通は危機的状況である。忍者達も自分達の有利を確信したのか、初めて口を開いた。


「御覚悟を、最高教主殿」

「なんじゃ、喋れたのか。それよりワシをワシと知って仕掛けてくるとは、お主達は自分が誰に雇われたかくらいは知っておりそうじゃのう?」


 全く平静な態度で話すミリアザールに、一瞬忍者達の動きが止まる。


「……」

「まただんまりか。まぁよい。もしお主達が雇い主の情報を教えてくれるなら、現在の報酬の二倍払ってもよいが、どうじゃな?」

「……行け」


 だが忍者達はミリアザールの交渉になんの反応も見せず、襲いかかってきた。


「本当につまらん奴らじゃ。せっかく生きながらえる機会を与えたのに、命は大事にするべきじゃぞ?」


 ミリアザールは腰に両手をあてため息をついたが、その間にもミリアザールの倍はあるかという式鬼が殴りかかってくる。

 だがミリアザールはその拳をひょいとかわし式鬼の顔面をひっ掴むと、グシャリ、という破裂音と共に、その頭部を握りつぶしていた。まるで果実を握り潰すがごとき容易さで実行したのである。

 果肉代わりに脳漿が周囲に飛び散り、その手からは果汁ではなく鮮血が滴り落ちる。


「……!」


 襲いかかりかけた式鬼達は急停止し、上忍達も思わず息を呑んだ。


「式鬼相手とはいえ、殺生をするのは実に何年ぶりかの。さて、と。ワシに手を上げたからには、もはや交渉の余地はない。それに、たまには戦っておかんと戦い方を忘れそうになる。済まぬがワシの肩慣らしに付き合ってもらおう、命を賭けてな」

「……囲め」


 ミリアザールの顔つきが段々と険しくなる。忍者達も、ようやく自分達が『何』を相手にしているのか理解し始めていた。だが、既に彼らは間違えていたのだ。

 この時点で式鬼を全て囮にして自分達は逃げるべきだったのだが、式鬼が半分程度潰されるまで彼らは彼我の実力差に気付かなかった。もっとも気が付いたとしても、逃げ切れたかどうかは別問題だっただろうが。

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