第20話 アノルンの告白①
アルフィリースは夢を見ていた。かつて彼女の師であるアルドリュースと行った会話の一端である。
「ねえねえ、師匠。もし私が呪印を解放したらどうなるの?」
「そうだね。使っている時は興奮でわからないかもしれないが、使い終わった後の疲労はすごいだろうね。沸騰している鍋の蓋をいきなり全て取るようなものさ。沸騰している湯を魔力、生命力の混合したものと例えると、再び蓋をしなければ中身はあっという間になくなってしまうだろう? また、迂闊に開放すれば呪印の侵蝕は進む。そうすると苦痛がさらに強くなるね」
「それでも使い続けたら?」
「アルフィがアルフィでなくなり、呪印がお前そのものとなるだろう。呪印とは魔術であり、紋様であり、同時に呪いでもある。まるで呪印そのものに意志があるように振る舞うこともある。呪印の制御を失い支配されると、呪印の誓約に沿った動きしかできなくなる時がある。人間を洗脳し、操り人形を作る時にも使う手法の一つだ」
「そ、それは嫌だよぉ。じゃあ私、呪印は絶対使わない!」
アルフィリースは怯えたように潤んだ目でアルドリュースを見上げる。そんなアルフィリースに優しく微笑みかけるアルドリュース。
「そうだ、それがいい。でもお前が死んでは元も子もないし、どうしても使わないといけない時があるかもしれない。その時、場所、場合はお前が慎重に見定めるんだよ?」
「うーん、わかったような、わからないような?」
アルフィリースは腕を組んで首を傾げ、そんな様子をにこやかに見つめるアルドリュース。
「今はそれでいい。例えばお前に大切な友達ができて、その友達を助ける時とかであれば――使ってもいいかもしれないね」
「うん、じゃあそうするよ師匠!」
元気の良い返事に、アルフィリースの頭をアルドリュースは撫でてやる。
「よし、いい子だ。呪印は強い負の感情によっても自動的に解放されることがあるから、十分に気を付けること。心を健やかに保つことが重要だよ。それでは今から、いざという時の呪印を解放する方法について教えておこう――」
***
あの頃のアルフィリースは、呪印を解放するということがどういうことなのか、本当の意味ではよくわかっていなかったのだが――
「(……そうだ。友達を守るためには呪印を解放していいって、あの時決めたんだった。最初から解放していればアノルンは死なずに済んだのに……ごめんね、ごめんね。アノルン――)」
アルフィリースの意識が光を掴むように覚醒していく。
「アノルン!!」
「ん、なんだい?」
うなされていたアルフィリースが飛び起きると、そこはベッドの上だった。そして目の前には何もなかったようにアノルンが座っていた。どうやら果物をナイフで剥いているらしい。思ったよりも料理し慣れているのか、中々華麗なナイフ捌きだった。
「皮がずっとつながっているし、厚さも一定……上手じゃない。じゃ、なくて! あれ、でもアノルンって死んだんじゃ。これ、まだ夢?」
「アタシを勝手に殺すな! 見ての通りぴんぴんしてるよ?」
「え、だって、アノルンは心臓を貫かれて――あ、そっちが夢とか?」
「うんにゃ。貫かれたよ、ほれ」
確かに服はいたるところが破けており、アルフィリースが見た貫かれた場所と一致する。では夢ではなかったのだ。しかしアノルンには傷一つない。
「な、なんで傷一つないの?」
「ん……
アノルンがきまり悪そうに話す。
「生まれつきこういうわけじゃなかったんだけどさ。とりあえず今は何されても死なない。八つ裂きにされたこともあるけど、死ななかったしね」
「……」
「あ、でも首を落とされたら流石に動けないよ? それに痛くないってわけでもないし。心臓刺されるとか痛すぎて動けないから。さっきもそれで倒れて動けなかったし? だって心臓を刺されるのは久しぶりだったからね。刺され慣れてた時はどうってことなかったけどなぁ」
「……」
「こんな人間気持ち悪いでしょ? いえ、もう人間ですらないかもしれないけどね。アルフィも無理しなくっていいよ。任務も終わったし、不老不死もばれたし、もうアンタの目の前から消えるからさ」
「アノルン!!」
「は、はいっ!」
突然怒気を含んだ大きな声で名前を呼ばれ、思わず畏まってしまうアノルン。
「そんなことより前に、私に言うことないの?」
「そ、そんなことってひどくない? アタシだって、結構一大決心で言ったのにさぁ」
「アーノールーン?」
口をとがらせて拗ねるアノルンにはよくわからなかったが、アルフィリースが真剣に怒っていた。ここで茶化したり、誤魔化しがきく雰囲気じゃないことくらいはアノルンにもわかる。
「あー、うー……ごめんなさい」
「よろしい。じゃあ許したげる」
そう言ってアルフィリースがアノルンを抱きしめた。
「私の方こそごめんなさい。私が最初から呪印の力を解き放っておけばアノルンは、大切な友達は死なずに済んだのにって、夢に見てたのよ! でも、でも――生きててよかった。本当に!」
アルフィリースの肩が小さく震えている。そのアルフィリースをそっと抱き返しながら、アノルンは思う。
「(泣いてるんだ。この子はアタシのために泣いてくれるんだ。アタシのことを不老不死だと知っても変わらず接してくれるのね)」
アノルンの胸の内にも熱い思いがこみ上げてくる。
「アタシのこと、友達だって思ってくれるの?」
「当り前じゃない! 今さら何言ってんのよ!?」
「でも、アタシ不死身だよ? もう三百年は生きてるよ??」
「関係ないよ! アノルンはアノルンだし、死線まで一緒にくぐっておいて友達じゃないとは言わせないわ。それに亜人種だって長命な者はいるじゃない。今更人間が長生きしたって、何よ」
アノルンの目をアルフィリースはまっすぐに見つめている。そういえば、昔同じことがあったなと、アノルンは思い出す。
『不死身? それは重要なことか??』
『不死身? それじゃ永遠に美人のまま? 最高だね!』
そう言ってアノルンのことをまっすぐ見つめた二人の顔が思い出される。
「(そうか。マスターの言った前に進むって意味がちょっとわかった気がする。アタシはこのままじゃいけないんだ)」
アノルンは覚悟を決めた。今が、今こそがきっと自分にとっての試練の時なのだと腹を括った。
「――ねぇ、アルフィ。アンタだから言うけどさ。アタシの昔話、聞いてくれる?」
「私でよければ」
アルフィリースが優しく微笑む。ああ、この子なら大丈夫だとアノルンは安堵し、彼女はポツリ、ポツリと自分の過去を話し始めた。
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