第18話 魔王討伐②


「な、何よ、アレ!?」

「こりゃあ――随分と醜悪なのが出てきたね」

「こんな魔物の記載は見たことがありません。悪霊か、悪魔か、鉱物生命体か判別がつきかねる」

「そのどれもってことがありうるよ。なんせ魔王ってのはわけがわからないのが多いから。一つの個体が長命化した場合もあるし、多様な魔物が交配を重ねてできる混合種キメラって場合もある」

「リサもどんな姿かは感知できますが、これは確かに分類に困りますね」


 アルフィリースは混乱したが、それは他の全員が同様だった。それもそうだろう。なにせまず、目の前の魔物は人間のような腕で歩いている。どうやら脚の代わりに腕が十一本付いているように見えた。しかも腕の長さ、太さはバラバラで統一感がない。太い腕はギガンテスの胴体くらいもあった。

 そして体――いや頭との判別もないが、黒曜石のような黒光りする柱のような形状をしているのだ。太さはさっきのトレント以上。その付け根に手がまとめて十一本ついているのだ。奇数という非対称さが、余計に不気味に感じられた。

 そしてとりあえず胴体と表現する黒曜石の部分に、目や口が不規則にくっついていた。いったい目や口がいくつあるのかは数えるのも面倒で、大きさまでがバラバラだった。

 体長はさきほどのギガンテスの倍ほどか。だがその醜悪さよりもアルフィリース達が顔を顰めたのは、何よりその魔物が発する臭いだった。魔物がふはぁ~、と息を吐くと、全員が鼻をつまんでいた。


「なんですか、この匂い。リサは不快です」

「何食ったんだろうね。口が臭いったらありゃしない」

「これはそんな程度の臭いじゃないわよ。肥溜めを煮詰めてもこんな臭いになるかしら?」

「これが魔王で間違いないのでしょうか?」


 リサの疑問にアノルンが顔を顰めながら答えた。


「わかりゃしないさ。アタシが出会ってきたのはもう少し生き物臭い連中だった。少なくとも、こんな出来の悪い悪夢を現実に引っ張り出したような奴はいなかったよ。こいつは確かに異常事態だね!」


 アルフィリース達がじりじりと下がりながら距離をとると、この魔物がギガンテスの死体を踏んづけた。すると胴体の目が一斉にそちらを向く。そしてギガンテスを手でつまみあげると、不思議そうにその死体を眺めていた。何事かとアルフィリース達が訝しんだその直後、


「ひっ!?」


 アルフィリースは思わず悲鳴を上げてしまった。鉱石のような胴体部分がバキバキと二つに割れ大きな口となり、ギガンテスをおもむろに食べ始めたのだ。


バキバキ、ゴキン! ボリッボリッ……。


 アルフィリース達は何もできず、魔王がギガンテスを咀嚼そしゃくする光景を見守っていた。ギガンテスの血や肉が周囲に飛び散っている。凄惨でひどい光景に、誰も一言も発することができなかった。この魔物はもはや、彼らの想像を完全に超えていた。

 魔王がギガンテスを食べ終わると閉じていた目が一斉にカッ! と開き、血の涙を流し始めた。それと同時に体各所の小さな口が開き始め、ケヒャヒャヒャ、と奇怪に笑い始める。この魔王は喜んでいる――想像を超える異常な光景に、アルフィリースは眩暈めまいがしていた。


「……来るよ」

「え?」


 そしてひとしきり魔王が笑い終えると――目が一斉にアルフィリース達の方を向いた。


「動け!」


 アノルンの声を合図に全員が飛ぶように散開する。魔王が形容しがたい奇声と共に、ガサガサと腕を動かして襲いかかってきた。この巨体にして、小動物のように動きが速い。

 先ほどと同様にアノルン・アルベルトは左右に展開し、アルフィリースとリサは後退して距離をとる。魔王の目がめまぐるしく動き、彼女達四人をそれぞれ捉えた。


「全ての目で別々に見ているっていうの?」 


 アルフィリースは後退しながら矢を番え、目に向けて放つ。三本放ったうちの二本は弾かれるも一本が見事に魔王の目を射抜くが、当たった瞬間にこの魔王はまたしてもケヒャヒャヒャ、と実に楽しそうに笑ったのだ。そして今まで目がなかったところに、目が新しく一つ開く。


「なにこいつ! 効いてないっての?」

「目が弱点じゃないのか!?」

「アルフィリース、時間を稼ぎなさい。リサの力でこのブサイクの弱点を探ります!」

「了解!」


 リサが集中できるように、アルフィリースはリサを守るようにしながら矢を放つ。そしてアルベルトがアノルンに先行して斬りこんでいく。アルベルトが魔王を横薙ぎにしようと斬撃を放つが、ダン! と一際大きな音がし、魔王の巨体が――跳んだ。


「なんだって!?」

「あの巨体で跳べるの?」


 周囲の木々より高く跳んでいる。そのまま落ちてくるかと思いきや、なんと手を使って器用に木の上の方にへばりつく。魔王の重みで、大木がたわむ。


「くっ、器用だね!」

「これでは剣が届かぬ」

「! よけて!」


 アルフィリースの一言と共に、それぞれがその場から跳んで後ずさる。同時に音もなく何かが降ってきた。そして、びちゃびちゃと何かが落ちてきた跡から、ジュウジュウと煙が立っている。


「酸か!?」

「どおりで口が臭いわけさ。胃液を出しすぎだろ?」

「冗談言ってる場合じゃないわよ?」


 全員で魔物の唾液を避け続けるので精いっぱいななか、アルベルトだけは避けながらも魔王に向かっていった。そして魔王が足場にしている木々を一刀のもとに次々に斬り倒していく。

 足場がゆらぐと魔王もさすがに体勢を崩して落ちてきた。そこにすかさずアルベルトが斬りかかっていくのを、魔王が手を差し出して止めようとしたように見えた。が、それは勘違いで、反撃だったのだ。一瞬他の手がしぼみ、反撃に使おうとしていた手の太さが倍増した。


「!」


 腕を斬り落としにかかっていたアルベルトが、反射的に前に転びながら避けた。振り回された腕は、そのまま当たりの木々をまとめて吹き飛ばした。まともにくらえば、間違いなく即死の威力。

 だが、アルベルトの反撃も負けていない。前に一回転した後はその反動でさらに加速をつけ、一斉に萎んだ腕をまとめて三本斬り飛ばした。魔王が苦痛で絶叫する。


「オオオオオォ!」

「隙あり!」


 アノルンも続こうと突貫するが、魔王の口がいくつかがばっと開き、黒い霧のようなものが魔王を囲むように噴射される。


「ブレスか!」

「ちっ」


 二人がいち早く避けると、周囲の木が一斉にグズグズに腐り落ちた。腐食の吐息ブレスである。攻撃はどれもくらえばほぼ即死、そして広範囲を把握する視界と間合いが変化する攻撃手段が複数あるとなれば、迂闊には近づけない。一行は一度距離をとって体勢を立て直す。

 魔王が出現してからここまで、およそ六十を数えるにも満たない短い攻防だったろう。だがまるで何刻も戦っているほどにも感じられる濃密な命のやりとり。これほどの戦いは、アルフィリースにはもちろん経験が無い。


「(とんでもない戦いだわ。確かに私では力不足ね)」


 アルフィリースは矢を放つのも忘れ、やや見入ってしまった。その後ろでリサが呟く。


「そ、そんな……」

「どうしたの、リサ?」

「あの魔物、弱点らしき部分が見つかりません」

「どういうこと?」

「普通、生き物であればどんな者でも弱い部分があります。人間であれば脳や心臓、魔物ならばそれに相当する器官が必ずあるのです。それらを私は気の流れや、体のかばい方で私は察知するのですが、あの魔物の中身は常に動いており、決定的な弱点とかいうものがないのです。強いて言うなら、心臓と脳が溶けて、合わさったり別れたりしながら動いている、そんな感じでしょうか」

「なんですって!?」


 リサが動揺している。どうやら目の前にいる魔王は想像以上の化け物らしい。だがさっきアルベルトが腕を三本斬り飛ばしたのだ、死なないわけじゃないだろうと、アノルンが叫ぶ。だが――


召喚サモン


不気味な声が響き、魔物の周囲に魔法陣らしきものが浮かび上がった。そこからゴブリンやオークが次々と湧き出るように出現する。

召喚は対象と契約しなければできず、多種に渡る召喚を行った時点で目の前の魔物が間違いなく魔王である証拠だった。そして魔術を行使できるとなれば、間違いなく高度な知性がある。


「なるほど、こうやって手下を召喚してるんだね。どうりで大勢が移動した痕跡が今まで発見されないと思ったら」

「感心してる場合じゃないわよ、他の魔物なんて相手にする余裕はないわ!」

「いるならいるで、何とかする――なんだって?」


 アノルンが驚愕の声を上げる。なんと、この魔王は召喚した魔物を戦力として使うのではなく、こともあろうに掴みあげ、頭から食べ始めたのだ。さすがのアルベルトも唖然とするが、さらに驚いたのは食べた分だけ、斬り落とした腕が再生していくではないか。 

 召喚されたばかりでぼうっとして動きの鈍い魔物共も、この異常な事態に気付いて悲鳴を発しながら逃げていくが、魔王は一体も逃す気が無いのか、追いかけて次々と食い散らかしている。アルフィリース達のことは放っておいて、自分で召喚した魔物を食べることに興味が向いてしまっているようだった。

 思わず戦うことを忘れ、その光景を呆然と眺めるアルフィリース達。


「――調査隊が誰も帰ってこないはずだよ。こんなのに追いかけられたら、生きて帰れっこない」

「ね、ねえ。魔王って皆こんな生物なの?」

「いや、アタシが相手してきたのにゲス野郎はいたが、こんな醜悪なのは初めてだ。正直、アタシも辟易してるよ」

「弱点は不明、回復力も尋常ではない、攻撃はどれも致命的。どうしますか? 逃げるのも選択肢に考慮する状況だと思いますが。調査だけして次回に正規の討伐隊を組むということも、依頼の内容にありましたよね?」


 さすがのリサもやや不安げだ。だがアノルンはしばしの逡巡の後、返答した。


「まだ手はあるよ。危険は伴うけどね」

「それに逃げ切れるかどうかも微妙です。さっきから目が一つだけ常にこちらを向いています。逃げ始めたら一気にこちらに向かってくるでしょう。機動力も我々より高いでしょうし、もし森の外にまで追いかけてきたら、ロートの村でどのような惨劇が起きるか。ここで何としてでも倒すべきです」


 隙を見て斬りかかろうとしていたアルベルトが、一端アルフィリース達のところまで引いてくる。

 そして指差す先をアルフィリースが見ると、確かにゴブリン達を追いかけてめまぐるしく動く目とは別に、瞬きすらせず、自分達を見ている目が一つあることに気が付く。


「じゃあ食べ終わって回復したら、一気に来るわね」

「だね。じゃあとりあえず戦う方向でいこう。リサ、アイツの気を引くのはセンサー能力でできるかい?」

「それはできますが……リサに囮をやれと?」


 信じられないといった顔をするリサだが、アノルンの表情は真剣そのものだった。


「悪いけどそういうことね。その代わりアルフィを護衛に付けてあげるわ。ここから六百歩程度後退したところに、やや開けた場所があったわね? そこまであいつを誘導してくれない?」

「さっき失敗したデカ女が護衛では心ともないことこの上ないですが、どのみち追いかけてくるなら仕方がありません。やりましょう」

「よし。そこまで引き込んだらアタシが何としても奴の足を止めてみせる。アルベルトは奴の胴体を真っ二つにすることだけ考えておいて。それでも生きてたり、足止めができないようなら一回退却するわ。異存は?」


 異存はないと全員が目で返事をする。


「じゃあリサ、三十数えた後に始めてちょうだい。アタシとアルベルトは先にその地点まで行くけど、全員武運を!」


 全員で頷き合うのを確認すると、二人は先に駆けだしていく。魔王の目がちらりと動くが、どうやら食事を終えるまでは動くつもりはないらしい。それとも人間相手なら追いつけると判断しているのか。残ったリサはため息をついた。


「それなりに苦労する依頼だとは覚悟していましたが、こんな展開になるとは――追加報酬をもっと多めに要求しておくのでした。とりあえずしっかりやってくださいよ、アルフィ?」

「任せて! とは言わないけど、精一杯リサのことを守ってみるわ」

「自信満々よりも、その言葉の方が信頼できます。満点をアルフィにあげましょう」

「あら、珍しい」


 リサはギルドでアノルンでもなく、アルベルトでもなく目の前の女剣士の手を引いたことを思い出していた。圧倒的に強いと感じたのは先の二人のはずなのに、自分の直感はこの女剣士が最も頼りになると言っていたのだ。そもそもなぜ依頼の内容も聞かず、目の前の黒髪であろう女剣士に話しかけて依頼を受けようとしたのか。リサには自分の行動を納得しかねる節があった。

 後で一端別れてからやはり思いなおそうとしたものの、理性ではこの依頼は危険性が高いことを認識しつつも、本能では行きたくてしょうがなかった。事前の情報収集をせず、本能と直感で依頼を受けるような博打など一度もしたことがないリサだが、今回だけはなぜかそうすべきだと思ったのだ。

 そして依頼を受けてみて、まだこのアルフィリースと一緒にいる時間は一日と少しなわけだが、確信めいたものがリサにはあった。世間知らずで粗削りだが、今まで見てきたどんな傭兵や人間よりも可能性を感じた。自分の生活や能力に行き詰まりを感じ始めていたところに突如出現した、黒髪の女剣士に光を見たのだ。きっと自分はこの女剣士と、これからも深く関わるのだろうと。その自分がこんなところで死ぬはずはないと。

 現に、これだけ恐ろしい魔王を目の前にしながら、頭も冴えているし脚も震えていなかった。既にアルフィリースを信頼し始めている自分に、リサ本人が驚いているのだ。これはセンサーとしての直感だけではなく、運命というものがあるのなら、この出会いこそが運命ではないかと感じていた。


「(運命などという不確かなものに人生をゆだねたことはないのですが、ヤキが回りましたかね。このデカ女をイジリ倒すのは面白いですし、この奔放で才ある人間を野に放って世間が知ったら何が起こるか、見届けてみたくはあります。ですが今考えることはそれではないですね、まずは共に生き残らなければ)」


 そして、リサには何としてもミーシアに帰らなければならない事情がある。リサは深呼吸と共に決意を固めた。


「おしゃべりはここまでです、いきますよアルフィ!」

「いつでもいいわよ、リサ!」


 魔王が食事を終える頃、リサが気配ソナーを波のように飛ばすと、魔王の目が一斉にアルフィリースとリサの方を向いた。ここからは、命がけの鬼ごっことなる。


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