第14話 討伐準備
***
「アルフィリース、目を覚ましなさい」
「ま、まだ早いよう……」
「それ以上デカく育ってどうするのですか? 嫁の貰い手がなくなりますよ?」
「ん、もぅ。人が気にしていることを!」
宿屋でリサに叩き起こされるアルフィリース。まだ日が昇ってからそれほど時間も経っていないようだが、リサは実に早起きだった。
「リサ、朝ご飯は?」
「とうに済ませました。アナタと違ってリサは働き者ですから」
「私が怠け者みたいに言わないでよ」
「リサに言わせればぐうたらです。将来、アナタのような大人にならないようにだけは気を付けるとしましょう」
「ぐっ、黙っていれば可愛いのに」
「呟いても聞こえてますよ? センサーの聴覚を舐めないでいただきましょう」
無表情な目でリサに見つめられるアルフィリース。アルフィリースよりも五つ年下であるはずなのに、不思議な圧迫感と威圧感を備えた少女である。なぜか反論しにくいと、アルフィリースは思ってしまう。
「ちょっとは年上を敬ってよね」
「あら、尊敬はしていますよ? 反面教師として」
「(本っ当、口の減らない……)」
どうやら口喧嘩ではアルフィリースに分はなさそうである。やむをえずベッドから起き上がるアルフィリース。しかし思い起こせば昨日は大変だった。
***
リサを仲間にした後、酒場の乱闘騒ぎを放っておくわけにもいかなかったので、どうしたものかとアルフィリース達は思案に暮れていた。
「リサは放っておくことをオススメします。こいつらはダッサイ連中ですが、殺し合うほどバカでもありません。半分も床に倒れれば、足の踏み場がなくなって自然と争いは収まるでしょう。それに騒ぎすぎれば、いくら自治が認められたギルド内出来事といえど、ミーシアの自警隊も来ますし」
「シスター、どうするの?」
「うーん、じゃあ面倒だし放っておきましょうか?」
「ちょっと! それでも神に仕える身なの?」
「いやー、アタシ神様とか運命って嫌いなの。だいたいアルネリア教に、神を信仰する教義は無いわよ。精霊と聖女を敬う習慣はあってもね。神を敬うのは西方オリュンパス教会よ。そこのところ、間違えないように」
「どっちにしてもありえないわ、このシスター」
アルフィリースがアノルンの不誠実さと理不尽さにわなわな震えているのを見て、アノルンはさすがにまずいと思ったのか、
「そこまで言うなら止めてくる。リサ、ちょっとおいで」
アノルンはリサを連れてつかつかと全員の中央付近に歩いていった。途中、乱闘に巻き込まれそうになるが、ぶつかりかけた男達は全員もれなく吹っ飛んだ。不思議なことに、誰もアノルンが男達を吹っ飛ばしていることに気付かない。全員がそれなりに酔っ払っているので、まさか目の前の一見儚げなシスターが大の男をちぎっては投げていることなど、目の錯覚程度にしか思っていないのだろう。
そしてアノルンが中心に行くと、また彼女に当たる照明以外が全て消える。先ほど店主とこっそり打ち合わせているのが見えたが、この絶妙な間合いをどうしているのかがわからない。
「(だから、どうやってこんな演出ができるのかなぁ?)」
「皆さん、聞いてください!」
はたと乱闘が治まり、アノルンに視線が集まる。
「今回はこのリサを仲間に加えることに決定しました! だからもう、私のために争わないで!」
くぅっ、と
「(まだやるのか、このシスターは)」
「と、いうわけで皆さん。大変無駄な努力をお疲れ様でした。とっととケンカを止めやがりください、このバカヤロウども」
というリサのひどい文句と、深々とする丁寧な礼が全く一致していない。当然のごとく男達は猛抗議を始める。
「そ、そりゃないぜシスター!」
「そうです、誰のために争っていると?」
「シスターが俺達の誰かを連れてってくれるまで、やめねぇぜ!?」
「そうだそうだ!」
男どもがぎゃあぎゃあ騒いで収まりがつかない。最初はアノルンもうるうるした瞳でじっと全員の文句を聞いていたのだが、段々面倒くさくなってきたのだろう。徐々に普段の顔に戻ってきている。
アルフィリースの頭の中に猛烈に嫌な予感がよぎる頃、ついに一人の男が、
「シスター、俺を連れてってくれよ?」
とアノルンの肩をぐいと掴んだ。その瞬間アノルンの顔が悪鬼のような形相になる。
「誰が触っていいっつった、コラ!?」
アノルンが男の手をねじり上げると、男が悲鳴を上げた。そのまま男をぶん投げてテーブルに叩きつけると、酒場の全員が固まってしまった。しんと静まり返った中でアノルンが声を荒げる。
「同じことを二回言わせるんじゃねぇよ、もう仲間は決まったっつったろが? おまえらの頭の中身はすっからかんか、あぁん!? さっさと帰ってクソして寝やがれ、この不細工ども。そして顔を洗った後、二度とアタシの前に現れるな! 行くぞ、リサ!」
「は、はい、お姉さま!」
啖呵を切るアノルンを見て、リサがキラキラした羨望の眼差しをアノルンに向けていた。
それにしてもアルネリア教会の名前を出しているのだが、こんなことをしてもいいのだろうかとアルフィリースは不安でしょうがない。
ところが男達は、言葉を失い、ひどい悪夢を見ているような顔で彫像のようにただ固まってしまっていた。それはそうだろう、自分達の淡い幻想が一瞬にして砕け散ったのだから。彼らの様子を見る限り、アルネリアを糾弾する余裕すらないだろう。
アノルンの豹変ぶりは始めて見たら誰でも唖然とするであろうが、なぜかアルベルトは微動だにしなかった。一体どこまで冷静なのか、いっそ感情がないのではないかとアルフィリースは勘繰ったが、
「アルフィもアルベルトもぽかんとすんな! 行くぞ?」
とアノルンに言葉をかけられ、ふと我に返るアルフィリースである。だがこのシスターの連れだとは思われた以上、彼女はこのギルドにはもう二度と来ることがない気がしていた。
***
ギルドを出ると、道すがらリサが依頼の内容を質問してきた。
「それでは私は一度家に帰りますが、明日の打ち合わせは?」
「朝になったらアタシ達の宿屋に来てくれない? えーと、盲目のリサになんて説明したらいいかな?」
「いえ、構いません。貴女達の気配を覚えたので、センサー能力で探せます。だいたい宿がどちらの方かだけ教えていただければ」
「そこまでわかるの? じゃあ確かここから二本通りを向こうに行った、赤い看板にスコップの目印がそうよ」
「なるほど、サウザさんの宿屋ですね。了解しました。報酬の件はその時に」
口の悪さに比べていやに物わかりのいいリサに、アノルンが不信感を覚える。
「その時でもいいけど、今じゃなくていいの?」
「構いません、身分を出した以上報酬をケチるような方達とは思えませんし、ギルドを通した正規の依頼でない分、逆に期待させていただきます。私にも確証はないのですが、そっちのデカ女は黒髪なのでは?」
「わかるの?」
「なんとなく、ですが。色調も微かにではありますが、波長が違うのですよ。余程慎重に探らねばわかりませんが、黒髪の人間が依頼に混じる時は、しばしば表に出せない事情がある依頼ですよね? ならば割高だと踏んだのですが、私の直感は合っているでしょうか。」
リサの冷静な指摘に、アノルンが感心と警戒を同時に抱いた。
「……まぁアルフィリースが黒髪だから後ろ暗いってわけじゃないけど、厄介な案件であることは認めるよ」
「なるほど。ですがむしろ私はお金さえいただければ多少の裏があろうとかまいません。汚い仕事にはある程度慣れていますからね。ただ人命を無駄に奪ったり、誰かの尊厳を辱めるような依頼はお断りいたしますが」
「それはない。安心しなよ」
「では問題ないでしょう。あと、長期にわたる依頼であるなら、前金もいただくことになります」
「それも当然だね」
リサは交渉に慣れている。さすがこの歳で固定のパーティーに加わるでなく、単独で依頼を受けるだけはあると、アノルンは内心で感心した。
「いや、こういうのは先にやっておこう。報酬は四等分だ。センサーだからってケチることはしない。それでどうだい?」
「十分です。もっともケチりやがったら、その分の対価は貴女方の人生で払っていただきますが」
センサーの報酬は通常取り分が少ないのが普通。後衛である分、直接の危険が少ないからだ。等分で報酬をもらえるのは、破格に近い待遇である。それにしても人生での対価の支払いとは何をさせられるのだろうかとアルフィリースは不安になる。
と、アルベルトが手を上げる。
「いえ、私は任務ですので、私の分は必要ないでしょう。私の分は除いて三等分にしてくだされば」
「じゃあそれでいこう。意見がある人は?」
アノルンがあっさりと認めたが、もらえる額が増える分に誰も異論はないようだ。
「決まりだね。この町に用事がある人がいなければ明日、準備まで含めて昼には街を出発したい。皆そのつもりで」
「私の剣を研ぎに出してるんだけど、間に合うかな?」
「アンタがおっぱいのひとつでも見せてやれば、光にも近い速さで研いでくれるだろうよ」
「そういったことをする人なのですね、サイテーです」
「ちょ、違うって! シスター、誤解を招くようなことを言わないでよ!」
アノルンとリサの言葉にアルフィリースが目に見えて
「……少し握らせれば昼までには研いでくれるでしょう。私はその前に移動手段を確保しておきます。心当たりがありますから」
「何を握らせるのよ!?」
「いや、そこは
「まぁリサもその辺にしてあげてよ、この子世間知らずなんだから。それとアルフィもリサのことは普通に呼び捨てにしときなさいよ。戦場で遠慮なんかする仲間関係だと死にかねないからね。リサもいいわね?」
「お姉さまがそうおっしゃるなら」
なんとかこれでやっていけるかなとアルフィリースが思った矢先に、「……チッ!」というリサの舌打ちを聞いた気がした。新たな仲間に、非常に先行き不安になるアルフィリースであった。
***
宿に帰ると既に部屋は埋まっており、アルベルトの分が確保できなかった。どうしたものかとアルフィリースとアノルンで思案したところ、
「扉の外で寝ています。何かあったら起こしていただきたい」
「それじゃ疲れがとれないよ。せめてソファーで――」
「婦女子の部屋で、それはできません」
と、にべもなく断られた。そのあたりはやっぱり騎士なんだなと感心するアルフィリースだが、アノルンは面白くなさそうだった。
「男女ひとつ屋根の下とか楽しいのに~。アルベルトの前でアルフィをひんむいた時に、あの朴念仁がどんな顔するか楽しみだったのに~」
「人の体をなんだと思ってるのよ!? だいたい見られて『……フ』とか言われたら、私もう立ち直れないから!」
「言いかねないから恐ろしいわね」
「それよりシスターだって思ったより冷静じゃない? イケメン見た時いつもなら『あら、男前ね、私とイイコトしない?』とか言って粉かけるのにさ」
「人聞き悪いね! 私は痴女か?」
「同じようなものだと思ってたわ」
ここぞとばかりにアルフィリースは反撃する。
「まあ顔がイケてるのは認めるけどね、ラザール家の奴らはご免だよ。ああ、思い出すだけでも寒気がする!」
アノルンに鳥肌が立っている。
そんな取りとめもない会話をしながら寝てしまったアルフィリース達。やっぱりアノルンと話をするのは楽しいと感じるアルフィリースだった。
***
そこまでが昨日の出来事である。どうもアルフィリースは寝起きが悪いらしく、寝ぼけているうちにもアノルンは既に支度を整えていた。
「あ、あれ? シスターどうしたの?」
「ん? 何って、魔王討伐用の準備だけど?」
アノルンの恰好はいつものひらひらしたシスター服ではなく、体にぴたりとした狩人様の軽装であった。ローブは外して髪は後ろで束ねてくくり、両手に小手・肩当てを装備し、腰に沢山の小物を入れる革のポシェットをつけていた。
そのポシェットに見たこともないような薬を出しながら次々に詰めて準備をしている。丸薬、投げつけるために瓶に入れたもの、アルフィリースには種類を把握しようもない。
そしてどこから取り出したか、巨大なハンマーにも見えるメイスを壁に立てかけていた。ベッドの上には見たことのない道具が散乱していたが、アルフィリースがそれを手にしようとして昨晩こっぴどく怒られたことを思い出す。爆発物だとか、致死性の毒だとか、とにかく素人が扱っていいものではないらしい。そして準備を整えたアノルンを見て、アルフィリースはようやく頭が冴えてきたのか声をかけた。
「シスター、その恰好は……」
「ああ、アンタには言ってなったか。私は昔いわゆる前衛戦士職でね、これはその時の装備。教会がご丁寧に宿に届けてくれたのさ。これに調合で作成した薬を合わせて使うのが、アタシ本来の戦闘さ。久しぶりに装備するけど、体が覚えているもんだね」
と言いながら、メイスを片手でかつぐアノルン。道理で腕っ節が強いはずだと、アルフィリースは納得した。
「で。相談なんだけど、アルフィ。アンタ、弓も使えるんだっけ?」
「一応は。でも実戦ではあんまり使ったことがないわ」
「前にダガーを使った要領で、魔術で飛距離・正確性を伸ばせるだろ? 何発くらいいける?」
「ん~だいたい四十、五十発くらいかな。最近試してないから、正確にはわかんない」
「じゃあ三十と思っておくよ、他のことでも魔術が入用になるかもしれないから、ある程度は温存だ。今回前衛はアタシとアルベルトだ。アルフィはリサの護衛かつ援護ね」
「それはいいけど……私も前衛じゃだめなの?」
まだ不満そうなアルフィリースに、アノルンが説明する。
「アタシは今までに十回以上、魔王討伐の経験がある。その経験上、前衛としてアンタはまだ力不足だ。一人でも萎縮すれば、そこから防御網は突破される。魔王戦の経験がないなら、いかに実力があっても前衛をいきなり任せるのは危険すぎる。それにリサの護衛は必ず必要さ。魔王が単独でいることなんてまずなくて、大抵は部下を率いているからね。後衛を一人で放置するのは危険すぎる。ちなみに一番難しいのは、前衛の援護と後衛の護衛を同時にこなさなければいけないアルフィさ。撤退の判断や、進むか退くか、集散の判断まで必要とされる。楽じゃないよ?」
「頼りにされているんだかよくわからないけど、経験者の言葉には従うわ」
「素直でよろしい」
アノルンはニカッと笑ってアルフィリースを見る。確かにアノルンにはこの戦士の衣装の方が似合っているように見えた。最初に抱いた違和感の正体が、一つはこれかと納得するアルフィリース。
「でも魔王討伐をやったことあるってすごいよね。シスターもギルドに登録してたの?」
「ん~、まあね」
「ちなみにランクは?」
「……B+だったかしらね」
「え、相当すごいよね? それって街や地域によっては一番上のランクなんじゃない?」
「そんな言うほどすごくないわよ。はいはい、つまらない話は終わり。さっさと準備しな。アタシも食料の買い出しがあるから、先に出るよ。準備でき次第西門で集合だって、アルベルトが言ってた。ちなみにもうシスターの恰好をしてないから、『シスター』でなく『アノルン』って呼ぶこと。間違ったら、アルベルトの前でひん剝くからね!」
言うが早いか、アノルンは出ていってしまった。そのまくしたてる様子に、ちょっと気圧されるアルフィリース。少しアノルンの苛立ちを感じた気がした。
「な、なによ、もう」
むくれながらも着替えていくアルフィリース。
「……ノロマ」
リサが扉の隙間から覗きながら、声をかけてきた。ひぃ、と小さな悲鳴を上げながら体を隠すアルフィリース。
リサの目は見えないはずなので呪印を見られる心配は無いが、妙にやりにくさを感じるアルフィリースだった。
***
食事を宿で簡単に済ませ剣を受け取りにいくと、やはりまだ研げていなかったので袖の下を渡そうかとアルフィリースは考えたが、世間知らずの彼女にはどのくらいが相場なのかわからない。
「(ここはやはりアノルンの言ったとおりに……ダメダメ、まだ男の人と手をつないだこともないのに。いや、つないだことがあってもダメだけど……あれ? じゃあどこからならいいんだろう?)」
などと一人でアルフィリースが悶えていると、業を煮やしたリサがやってきて、何やら店主に耳打ちをした。すると店主があたふたとアルフィリースの剣を持ち出して、それこそ光の速さで研いでくれたのだ。
その態度を訝しみながらもついでに弓矢を調達しようとすると、なぜか店主はおまけしてくれた。
その際に店主がリサを見て怯えながら、かつリサが邪悪な笑みを浮かべたことは、見なかったことにしたアルフィリースである。センサーという職業とは何度か仕事をしたことがあり、確かに個性的な者が多かったが、このリサはその中でもさらに特殊な気がしていた。儚げな見た目からは想像でもできない行動力と苛烈な性格。リサはリサで、それなりの修羅場をくぐっていることが想像されたのだ。
そしてアルフィリースがリサを残して店から先に出ると、店内からは店主の悲鳴が聞こえてきた。一体どんなやりとりが二人の間で行われているのかは、もうアルフィリースは想像しないようにしてしまった。
***
アルフィリースとリサは武器を受け取ると、アノルン達と合流すべく急いだ。道すがら、リサがアルフィリースに問いかける。
「デカ女、質問があります」
「何かしら?」
「おそらく戦いでは私の護衛はあなたでしょうから、一応戦力としてあなたのことも聞いておきたいのです。黒髪という以上は魔術士ですか? それとも魔術は補助で、剣が中心ですか?」
「どっちもよ。魔術はゆえあって制限しているから、ほとんど使わないわ」
「ふむ。詳しく聞くのはよした方がよいでしょうか?」
リサの話し口には初めて遠慮が感じられた。どうやらふざけているばかりではなく、真剣な質問であるらしい。アルフィリースも真面目に対応する。
「話せることと話せないことがあるわ。理由はわかるでしょう?」
「まぁ、ギルドに登録する傭兵なんてそれなりに脛に傷を持つ者ばかりですから。かくいう私にも聞かれたくないことはありますし。まして黒髪であればそれなりの事情があることは馬鹿でもわかります。ただ、私の直感ではデカ女は結構な腕前だと認識しています。そんな傭兵が低ランクにも関わらず、あのシスターや神殿騎士と依頼をこなそうとしている。どんな事情か知っておかないと、後から始末されるようは羽目になるのでは、いくら稼いでも意味がないですからね」
「それはないと思うわ。ああ見えて、シスターは誠実よ」
「……あなたはお人好しですね。あのシスターが誠実なのはあなたに対してだけで、必要とあれば何十人でも犠牲にして百人を救う種類の人間ですよ、あれは。交渉相手としては信頼ができますが、人として信頼できるかと言われれば疑問ですね。必要に応じて冷徹な判断をできるからこそ、アルネリアで一定以上の地位を得ているのでしょう」
「一定の地位って、わかるの?」
「担当教区以外を移動する者は巡礼者と呼ばれる、アルネリアの精鋭のことですよ、デカ女。ほとんど例外なく戦闘能力に優れ、ギルドでは最低B級以上に相当する実力です。そして巡礼者の地位は各地域の司祭よりも上ですから、その気になれば周辺騎士団の動員や各都市の為政者を抑えて自警団を動員することも可能です。もうちょっと隠語に詳しくなりなさい、あなた。でないと死にますよ?」
リサの言葉は辛辣ながらも、思いやりがあるように感じられる。根が優しいのかもしれないとアルフィリースは感じた。
「優しいじゃない? 気使ってくれるの?」
「道連れはごめんだと言っているだけです。ただ黒髪であることには同情します。私の見目もこうですから、苦労はわかるといった程度です」
「染めなかったの? ミーシアでは黒髪もちらほら見るけど?」
「染めても一日で戻るのですよ。どうやら余程強い髪色のようで。何の得もありませんが、髪色が目印となって依頼が来ることもあるので、それなりに重宝しています。このミーシアで私を敵に回すことがどれほど恐ろしいか、もう知らない人はいないでしょうしね」
くすりと笑うリサに、武器屋での一件を思い出したアルフィリースは寒気を覚えたが、そこはあえて聞かなかった。リサが続ける。
「ですが黒髪であることはミーシアでも忌避の対象であることは変わりませんよ。流れ者ならともかく、拠点とするには不便でしょう。今までも旅の中で苦労したのでは?」
「あ~、まぁ色々とね。でも忘れたわ。それよりも大切なことは山ほどあるし」
「……心音から判断する限り、嘘は言っていませんか。鈍いのか、それとも大物なのか。判断しかねますね。まぁいいでしょう。戦闘に関しては打ち合わせることがいくらかあります。この機会にやっておきたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、もちろん。私もセンサーの能力について詳しくしっておきたいわ。あまり一緒に仕事をしたことがないから」
「構いませんよ。まず我々センサーの特徴は其の呼び名の通り、対象物の探知です。私の場合は万能型ですが、鉱石や水脈、植物特化という人もいます。私の能力としては気配を探るだけでなく、逆に気配を飛ばすことで対象の注意を引きつけたり、他にも――」
アルフィリースはリサとそのまま細かな点を話しながら歩いた。しかしリサの話し口をきく限り、アルフィリースが忌避される黒髪と知っておきながら話しかけてきた様子である。金のためとはいえ、なぜそうしたのか。アルフィリースは聞きそびれてしまった。
***
そしてミーシアの西門に来ると、アルベルトとアノルンは既に買い物を終えていた。
「お、早かったね」
アノルンが既に荷物を巨大な生き物の背にくくりつけていて――そこまで確認して、アルフィリースはぽかんとした自分の頬を叩いて現実を見た。
「な、何その生き物?」
「何って、飛竜」
「それは知っているけど、どこから? 飛竜って、ローマンズランドが独占しているんじゃなかったっけ?」
「原産はその通りですが、大きな街では、急ぎの物流輸送のために飛竜が用いられます。人も同様です。数はまだ少ないですが、ローマンズランドの主要産業として、飛竜は輸出されるようになりました。覚えておくといいでしょう」
アルベルトが説明し、アノルンが付け加える。
「こいつなら低い山はひとっ飛びだしね。大きな荷物も運べるから便利だよ? まだ朝だし、これなら夕方には目的の森の近くに到着する。その近くの教会で今夜は一泊だ」
「今回も飛竜は一頭の予定だったのですが、四人乗りほどの大きい個体は人気ですから
アルベルトが全員に頭を下げた。騎士と言えば偉そうに威張る者も多いが、このアルベルトは腰が低い。それだけなら好感が持てるのに、余計な一言がなければと、アルフィリースは残念に思う。
荷物を乗せながら飛竜を前に緊張するアルフィリースの肩を、アノルンが優しく叩いた。
「飛竜は初めてかい、アルフィ?」
「え、ええ。まあね」
「大丈夫だよ。飛竜の操縦なら私もやったことあるしね。最近の飛竜はよく調教されてるから、振り落とされたりはしないさ」
「アノルンは操縦したことあるんだ……私は乗るのも初めてだな」
「リサもです」
感心しながらアルフィリースが飛竜を見ていると、なぜかアノルンが後ろにいた。
「アノルン、何してるの?」
「ちっ、ちゃんと私を名前で呼んでるね。できてなかったら、この天下の往来で全裸に剥くところだったのに」
「確かに残念です。なけなしでも、お金が稼げたかもしれなかったのに」
二人して「やれやれ」という仕草をしているが、どうやら本気だったらしい。さすがにアルフィリースが呆れるやら腹が立つやらでアノルンに向き直ると、横から飛竜にベロンと頬を舐められた。
「ひゃあっ?」
「お、飛竜にまで好かれるなんてねー。アンタ、それはもう才能だよ。アンタ、
「そ、それはいいから助けて~」
「どうしますか? そろそろ衆目が集まりますが?」
「こんな天下の往来で濡れ場もねぇ。でも助けようにも下手したら飛竜に突き飛ばされて大怪我よ? アルベルト、なんとかできる?」
「無理ですね。飛竜を傷つけないように押しのけることは私でも不可能です」
「だってさ。お~い、アルフィ~。アタシ達じゃ助けられないから、自力で出ておいで~」
「そんなぁ~」
アルフィリースは結局自力で脱出することができず、飛竜たちの気が済むまで舐め回されることになる。その後には妙にすっきりした飛竜たちと、「もうお嫁に行けない……」と地べたに四つん這いとなり、落ち込むアルフィリースがいた。竜に舐め回されて涎まみれとなったアルフィリースをリサは杖でつついて起こそうとし、見世物と勘違いした通行人が金を投げて寄越すという、これから魔王討伐に向かうにしてはなんとも緊張感のない旅立ちとなってしまった。
だがこれも仕方のないことだったのかもしれない。リサやアルフィリースにとって魔王の知識は書籍や口伝程度のものしかないし、カラムで待ち受けている魔王が、アノルンですら知っているような魔王とはかけ離れた存在だということなど、この時点では想像しようがなかったのだから。
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