第13話 盲目の少女

 場所は変わってミーシアの傭兵ギルドである。大きな街の傭兵ギルドらしく、大勢の人でごった返していた。その中にある酒場でアルフィリース、アノルン、アルベルトの三人は相談をしていた。

 こういったギルドは酒場や食事処と併設されていることが多い。酒は人の口を軽くする。情報を得たかったら酒場に行くのは旅人の常識であり、傭兵も各国の情報をいち早く得るために、こういったところにたむろすることが多い。アルフィリース達もここで晩飯がてら、めぼしい仲間を探そうというわけだ。


「でも、なんでもう一人な必要なの?」

「古来より、魔王討伐の仲間は四人と相場が決まっているでしょう」

「それは流動的よ。なんなら十二人で一人をボコボコにするような場合もあったわ。相手は一人で真っ向勝負だってのに、なんて卑怯な勇者達って思ったものよ」

しかり」

「え? え?」


 話についていけないアルフィリースの肩をぽんぽんと叩くアノルン。


「わかんないなら結構よ、そういうのが良しとされた時代もあったって話だし、あくまで通説だから。でも冗談はさておき、実際問題としてこの三人は全員前衛向きだわ。サポート役が一人いると便利なのは事実でしょう」

「それは確かに。魔術士の傭兵は少ないそうですが、これだけ大きな街だと雇えるかもしれませんね」

「魔術士ばかりが後衛とも限らないわ。弓使いでもいいし。補助って意味なら探知者センサーでもいいだろうし、森林を想定するならそまでも、猟兵でも。森林に詳しい罠使い、放浪者ワンダラーでもいいわね」

「なるほど」


 アノルンとアルベルトが話を進める中、アルフィリースには一つの疑問が浮かぶ。


「え、シスターって後衛じゃないの? アルネリア教会の魔術って、捕縛や補助向きだよね?」

「表向きはそうだけど、実際には攻撃魔術も多数あるわ。まあアタシが後衛でもいいけど、現時点だとアルフィよりは前衛の経験と圧力が豊富かな。魔王戦は特殊だから、それまでの経験は役に立たないと思った方がいい。人間相手の立ち回りは見たけど、まだまだアルフィはお尻が青い雛鳥みたいなものかしらね」

「そ、そんな……何それ」


 その言葉に、アルフィリースが可哀想なくらい項垂れてしまった。傭兵家業も一年近くやってきてそれなりに自信があったのだろうが、こればかりは仕方がないだろうとアノルンは考える。実力云々ではなく、こういう戦いでは経験値が重要なのだ。魔王などの強大な魔物を目の前にして、竦んだまま実力も出せず死んでいった将来有望な冒険者を何人見てきたことかとアノルンは思い出す。まだアルフィリースにはわからないことだろう。


「でも、勧誘はどうするの? 私、自分から誘ったことなんてないよ?」

「アタシに任せて」


 つつ、とアノルンが酒場にいる全員から見える高い場所に出る。その瞬間、彼女に当たっている照明以外が全部消えた。


「(なんで? 何の仕掛け!?)」


 アルフィリースの疑問も仕方ないが、ともあれその場の全員が何事かと喧騒も止み、アノルンに注目する。


「みなさん……私は今、とても困っています」

 

アノルンが潤んだ目で皆に訴えかける。今、目薬を袖に隠したのをアルフィリースは見逃さない。


「私はアルネリア教会所属のシスターですが、このたび旅の共の一人が倒れてしまいました……しかし、教会の命令で旅を続けなければいけません。そこで私を守っていただける屈強なお方を探しているのですが、中々見つからなくて……もしよろしければ、この中のたくましいどなたかが、私を守ってくれませんか?」


 そこで涙を流して見せる。このシスター、人生で何の修行をしてきたのやらと、アルベルトとアルフィリースが顔を見合わせる。

アノルンの本性を知るアルフィリースからすれば「うわぁ、なんて猿芝居」としか思えないが、ギルドにいる者達に対して効果は絶大だった。男だけでなく女まで惹きつけるとは、恐ろしいシスターである。


「シスター! 俺が守ってやるよ!!」

「何言ってやがる、てめぇじゃ無理だ!! 俺にまかせとけよ、シスター!」

「いえ、そういうことでしたらワタクシが!」

「てめぇみてえな貧相なやつじゃ守れねぇよ! 恥かく前にやめときな!」

「あなたみたいな無骨者では、この繊細なシスターを傷つけるだけですよ。自重なさい!」

「なんだと、てめぇ!」


 あっという間にアノルンの仲間枠を巡って男女の別なく喧嘩が始まった。酒場の中は大乱闘である。


「(世の中の男、こんなんばっかりなのかな……師匠、私十八にして男が嫌になりそうです)」


 喧騒の中、アルフィリースは密かに人生の絶望にその身を落としていた。だがいつまでもそうしてはいられない。乱闘の間をぬうようにアノルンの元に駆けつけて耳打ちをする。


「(こんなことになって、本当に仲間を選べるの? 非戦闘職まで巻き込まれているじゃない!?)」

「(うーん、ちょっとやりすぎたわね。まさかここまで単純な連中だとは。いっそこの連中が残り一人になるまで争わせて、生き残った奴を連れて行くことにする?)」

「(詐欺の上に殺人教唆さつじんきょうさ? そんなことできるわけないでしょう? それに後方支援の話はどうなったのよ? 直接争わせたら、後方支援の人材は全滅するでしょうに)」

「(それもそうだわね。ま、見てなさい。面白いのが釣れるかもしれないから)」

「(本当? 何も考えていないだけじゃない?)」


 アルフィリースがアノルンの肩を揺らす間に、もうギルドの中は無茶苦茶になっていた。あまりのギルドの惨憺さんたんたる有様に、受付の女性が泡を吹いて気絶しそうになっている。


「(このシスター、就く職業を間違えているわ。自分で魔王になったら、世界を席巻するんじゃないかしら?)」


 などとアルフィリースが妄想している時、現実では本当に殺し合いに発展しそうな剣呑な空気が漂ってきていた。そんな時、くいくいとアルフィリースの袖を引く者がいる。


「誰? 今忙しいの」

「あんな単細胞どもでは、どちらにしても貴女達の足手まといです。連れていくなら私にしなさい?」


 振りかえるとそこに立っていたのは十四、十五くらいの幼さ残る少女であったが、アルフィリースは見るなり目を見張ってしまった。陶磁器のような白い肌に、人形のような整った顔。美しいともちろん言えるのだが、整いすぎるその容姿が逆に人間味を感じさせない。無表情であることが、それらの要素を一層際立たせる。

 加えて何より、腰まである髪の色が特徴的だった。噂によれば東方には春に咲く、チェリーブロッサムという植物が薄い桃色の花びらをつけるというが、彼女の髪の色がそれではなかろうか。この大陸では聞いたことのない髪色である。稀少魔術、もしくはそれ以外の特性があるのかもしれない。

 さらに白い杖を持っているところをみると、盲目なのだろう。だが一番アルフィリースが感じたのは――


「(なんだろう……この子の周囲だけ空間が切り取られたみたいに、一人だけくっきりとそこに存在しているわ)」


 周囲の喧騒を無視するかのように、彼女の周りだけが静かなのだ。まるで一枚絵にかかれた肖像画から抜け出して、アルフィリースを見つめているような印象を与えていた。


「あ! 危ない!!」


 彼女に向かってどこからともなく酒瓶が飛んできた。アルフィリースは空中で掴もうとしたが、とても間に合わない。

 少女の頭に命中すると思われた瞬間、ぱしっと少女が酒瓶を宙で捕まえた。あろうことか、そのままグビグビと飲んでいるではないか。


「え、飲んでる??」

「ち、ディア果汁でしたか……ククス果汁を期待してたのですが、咄嗟とっさのことでわからないとは。まだまだですね、私」


 アルフィリースがよく見ると、確かに酒ではなく果汁の瓶だった。なぜわかったのかとアルフィリースが訝しんだのが表情に出ていたのか、少女がずばり反論してくる。


「貴女、まさか私が酒を飲んだと? ヤレヤレですね。十六にもならないのに、酒なんて飲むはずないじゃないですか。咄嗟に飛んでくるものが酒瓶かどうかもわからないとは、腰の剣は飾りですか?」


 そしてアルフィリースの方に向かって、無表情のまま「はんっ!」と、いかにも呆れたように両手を上げてみせた。

 アルフィリースは予想外に暴言を吐かれ、苛立つ自分を覚えていた。


「(アノルンと違って口汚くはないけど、この子はとっても口が悪いんですけど……助けようとしたのに、何さ)」

「釣れたわね。貴女、探知者センサーね? アタシ達がこの酒場に入ってきた時から、気配を探っていたのは貴女で合っているかしら?」


 と、そこへぐいとアノルンが乗り出してきた。


「はい、その通りですが。気づいていましたか」

「そりゃこっちもボンクラじゃないつもりでね。盲目の子がそんな見事な身のこなしをするってことは、それなりの実力者と見たわ。ギルドの階級章はあるかしら?」

「一応」


 チャリ、と少女は胸元から首にかけた階級章を取り出す。階級章には、弓に矢が三本であった。


「なるほど、ランクC+か。アルフィ、アンタより上だよ」

「う、嘘……負けた」


 またしてもアルフィリースが項垂れる。ミーシアに来てから、彼女は項垂れっぱなしかもしれない。


「センサーで、かつその年でランクC+か。髪色を見るに、魔術も使えたりする?」

「生憎と魔術特性はありませんね。もっとも系統だった修行も受けていませんし、ひょっとすると何らかの特性を示すのかもしれませんが、その点に関しては残念ですが期待外れです。ですが、おおよその依頼でセンサーのレベルとしては十分ではないでしょうか。ミーシアで私よりランクが上のセンサーを探すとなると、ちょっと難しいかもしれませんよ?」

「確かにね。これ以上のランクのセンサーとなると、大抵は危険な辺境住まいか従軍しているわ」

「このギルドにも私よりランクが上のセンサーは確かにいますが、折悪く皆長期の依頼で出払っています。私のセンサー能力は万能型ですし、ここにいるダッサイ連中達より、私の方がはるかにイケているのは間違いないでしょう」

「それはそうね。じゃあ貴女に決めたわ! 可愛らしいのも良し!」

「貴女とは話が合いそうです、シスター。仲良くやりましょう。ああ、そこの無駄にデカイ女剣士、アナタは違います。アナタは私に敬語を使いなさい」


 びしっと少女に指を差されるアルフィリース。


「な、なんで?」

「口答えは許しません」

「決定事項なんだ……」

「で、貴女の名前は?」


 何度目かになるアルフィリースの項垂れをよそに、アノルンが何事もなかったかのように少女に話しかける。


「これは私としたことが失礼いたしました。私、リサ=ファンドランドと申します。どうぞリサとお呼び下さい」

「リサね、わかったわ。私はシスター・アノルンよ」

「よろしくお願いいたします、シスター。報酬は期待させていただきますよ?」

「もちろん成果に応じて弾ませていただくわ。それにアノルンで結構よ」

「ではそのように」


 リサと名乗る少女は、アノルンに丁寧な礼をしてみせた。アルフィリースもリサに手を差し出す。


「私もよろしくね、リサちゃん。私はアルフィリースよ」

「なんですか、この手は。馴れ馴れしいにもほどがあります。アナタの場合は『リサ様』、と呼びなさい。それ以外は認めません、このデカ女」

「……フ」

「なんで私だけ扱いが低いの? それにそこだけ反応するアルベルトにもイラッとするんだけど!」


 アルフィリースの不満は頂点に達しかけていたが、ミーシアのギルドでの大乱闘の中、ともあれ四人目の仲間が決まったのだった。

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