第12話 最高教主の依頼⑤

***


 一方、外で待っているアルフィリースとアルベルト。中でこれだけぎゃあぎゃあと騒ぎたてているのに、対照的に外の二人は全く会話がなかった。


「え~と、ラザールさん?」

「アルベルトで結構です」

「き、今日は良い天気ですね?」

「そうですね」

「アルベルトさんは騎士の家系でいらっしゃるんですか?」

「そうですね」

「相当強いとお見受けしたんですが?」

「そうですね」

「そこもあっさり肯定するんだ!? あ、声に出しちゃった……」

「……フ」

「で、そこ笑うんだ!?」


 どこかで聞いたような予定調和の会話となっていたが、話の調子がいっこうにかみ合わない。アルフィリースが普段一緒にいるのが口達者なアノルンだけに、こういう無口な人間、しかも男とは会話が全く成立しない。師であるアルドリュースも、自分に指導をするせいもあるが、かなり饒舌だったなと思い出す。

 厳しい鍛錬にも滅多に弱音を吐かないアルフィリースだが、気まずい空気にべそをかきたくなってきていた。これなら素振り千本の方が余程楽だと、アルフィリースが考えたその時――


「アルフィ、お待たせ」

「シスタ~」


 あまりにもちょうど良い時にアノルンが顔を出したため、アルフィリースは思わず泣きそうな声になってしまった。それを聞いてアルベルトがアルフィリースに何かしたと勘違いしたのか、


「てめぇ、アタシのアルフィに何をしやがった! これだからラザールの奴らは信用できねぇ!! あれか、貴様は先祖と違ってむっつりスケベか!?」

「お姉さま~(静かにせんかこの×××シスターめが!)」


 という裏の意味を含めた、無駄に殺気をはらんだ猫撫で声がアノルンの後ろから聞こえてくる。得意のメイスをシスター服の袖から取り出しかけたアノルンの動きが、ぴたりと止まった。

 ミリアザールのアノルンを捕まえる手に一層力が入り、アノルンは確かに骨の軋む音を聞いた。


「それではお姉さま。依頼の件、確かにお伝えしました。アルベルト、打ち合わせ通りシスター・アノルンに同行するように。私は他の用事を済ませてから、教会本部に戻ります。アルベルト、よろしいですね?」

「了解しました」


 自分に殴りかかろうとしたアノルンも全く意にかけないように、アルベルトはミリィに向かって返事をする。

 ミリィへと態度を翻したミリアザールは、輝く表情でアルフィリース達に語りかけた。


「それでは私は忙しい身にてこれで失礼いたしますが、アルフィリースには是非ともシスター・アノルンへの助力をいただけると幸いにございます。次の任務、かなり過酷なる可能性がありますゆえ、信用のおける貴女の手伝いがあれば私も安心にございます。なお当教会の所属でない貴女には、別途報酬のお話をいたします。成果に応じた報酬となりますが、教会本部のある聖都アルネリアにお寄りの際は、いつでも私のところまでお申し付けください。とりあえず、先に必要と考えられる経費はアルベルトに渡しております。追加が必要ならば、最寄りの支部まで申し出をくださいませ」


 てきぱきと指示をして、あっという間に話を進めるミリィことミリアザール。


「それでは皆様失礼します。アルフィリース、最後に一つだけ」

「は、はい!」


 急に声をかけられ、思わず先生に怒られた生徒のように畏まるアルフィリース。ミリィの威厳がそうさせるのか。


「困った時は隣にいる者を頼りなさい、きっと助けになってくれます。もちろん私も、そしてこれから旅で出会う者たちも。黒い髪など、何ほどの妨げにもなりません。くれぐれも私の言葉、お忘れなきよう」

「え、あ、はい」


 まるで目上の人のような助言にアルフィリースが不思議そうな顔をしていると、ミリィはかすかに微笑んでその場を後にした。その少し寂しそうな笑顔が、アルフィリースには随分と印象的に残っていた。

 残された三人は、とりあえず互いに顔を見合わせた。


「で……まずは落ち着ける場所に移動しようか? もうすぐ教会も閉める時間だし、巡礼のアタシがいると気を遣わせるからね。アタシに限らず巡礼者はアルネリアではある程度の権限と地位を持つからさ」

「それなら宿に一度戻らない? ミリィの言う依頼とやらの詳細な内容を説明して欲しいのだけど? ギルドを通さない依頼ってことは、ヤバイ依頼か、もしくは秘匿性が高いんでしょ? 報酬が高くても一度聞いたら断れないってことなら、ちょっと考えさせて欲しいのだけど」

「もちろん報酬は弾む。だけど具体的な額とか場所は防音の魔術もかけたうえでの相談にしたいし、聞いた後で断ってくれても結構さ。危険な任務だし、本来ならアルネリアだけで解決すべき問題だとアタシは思っている。アンタに手伝ってもらえるなら、アタシは嬉しいけどね。えーと、アルベルトだっけ? アンタはどうする? もう依頼の内容は知っているだろ?」

「無論知っておりますが、お二人の指示通りにいたします。私は依頼達成までの護衛も兼ねますので。ただ依頼の内容から想像するに、万全を期すなら補助を行う仲間が最低一人は欲しいかもしれません。教会からはこれ以上人員を出せないそうなので、傭兵ギルドで雇うのが妥当でしょう。依頼自体に時間はさほどかからないかもしれませんが、移動手段などの準備も必要でしょうし」

「うーん、仲間ねぇ。ぶっちゃけ、アタシかアンタ一人でも何とかなるような気もするけど。下手なのは足手まといにしかならないけど、使えそうなのがミーシアのギルドにいるなら考えてみるか。あ、でももうすぐ日が暮れるし、武器や食料の調達は明日にしよう。今日はとりあえず晩飯も兼ねて、ギルドに行かないか? 夕方なら人も多いだろうし、仲間を探すならもってこいだ」

「ちょっと待った、その前に何の依頼か簡単に聞いていい? 心構えってものがあるわ」

「いいけど――まぁ、魔王討伐ってやつさ。この前話したろ?」

「そっか、例のあれか――って、ええっ!?」


 アルフィリースは唐突な依頼にかなり混乱したが、宿に戻ってからアノルンが落ち着いて説明した。通常なら数十人の討伐隊を組むが、アルベルトの実力を考えるとこの面子でもよいこと。報酬はアルフィリースの等級でもらえる額をかなり逸脱しており、これならベグラードまで余計な依頼を受けずとも路銀の心配をする必要がなくなりそうなこと。まずは調査を優先し、生命の危険があれば撤退してもよいこと。それだけでも当面の路銀になりそうな額を提示された。

 アルフィリースとしても、路銀がなくなるたびにギルドで依頼を受けなくていいのは魅力的である。それにもし討伐まで達成できるのであれば、ベグラードまでの道のりはで金銭的な心配は不要になりそうだった。最終的には、


「アタシ、魔王討伐の経験あるから大丈夫だって。それにいざとなったらこの朴念仁アルベルトをおとりにして、アタシ達はトンズラするさ!」


 ということで無理やり納得させられた。だが、いかに発生したての弱い魔王が想定されるとはいえ、楽天家のアルフィリースでもさすがに不安を隠せない。今までの魔獣、魔物討伐とはわけが違うのだ。しかもギルドを介さない依頼となれば、嫌な予感しかしない。

 しかし、ここまで長い付き合いとなったシスターの頼みでもあり、呪印の秘密も共有した間柄である。旅の途中で知り合いはそれなりにできたが、その中でもアルフィリースはこのシスター・アノルンに不思議な縁を感じており、この縁をこれからも大切にしたいと考えていたのである。

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