第5話 酒場の騒乱③

***


「アルフィ、起きなさい!」

「ま、まだ太陽が出てないわよ……」

「昨日、早く町を出た方がいいって話をしたでしょ? さっさと起きる!」

「う~、飲みすぎたぁ……」


 昨日例の荒くれどもを撃退したせいで、すっかりイズの人気者になってしまったアルフィリースは、酒場の男どもに取り囲まれ、しこたま飲まされてしまった。最初は断ろうと必死だったが、世間知らずのアルフィリースに、酔っ払った上でご機嫌な男達を大量にあしらうような術は身についていない。

 アノルンが半刻程後に一階に様子を見にいった時には、へべれけ状態で「もっにょ酒をもっへこ~い!」などと言うアルフィリースを見つけてしまった。さすがのアノルンもこれはまずいと思い、なんとかアルフィリースを助け出して無理矢理二階の自分の部屋まで連れていきベッドに寝かせたのだが、既に酔いざましを飲ませることができる状態ですらなかった。


「もう風呂はないから、体を拭く用の水だけ汲んできといたわよ? 酔い覚ましと強壮剤の薬も用意しといたから、先に飲んどきなさい。あと食料と馬も手配しといたから、アタシがとってくる。アンタは準備でき次第、東側の門に行っておきなさい、いいわね?」

「なんだか保護者みたいだわ」

「何か言った?」

「わかったわよ~」


 まだアルフィリースは自分でも寝ぼけているのがわかるが、シスターの言うとおり早くこの町を離れた方がいいだろう、というくらいの判断をする気力は戻ってきていた。それになんだかんだでアノルンのこの手際の良さや親切心は、彼女がシスターなんだなぁとしみじみアルフィリースに思わせるには十分だった。


「回復魔術は使えないのに、シスターらしくするわよね」

「聞 こ え て る わ よ!?」

「きゃああ!?」


 アルフィリースは今まさに服を代えようとするところだったので、慌てて体を隠す。


「女同士で減るもんでもないでしょうに」

「ちょっと、馬を借りに行ったんじゃなかったの? 気配がなかったわよ?」

「気配くらい消せるわよ」

「シスターのくせに、どこでそんな技術を覚えたのよ!」

「四分の一刻で準備できなかったら、置いていくからね!」


 今度は本当に馬を借りにいったようだ。ずかずかと荒っぽい足音が遠ざかっていく。


「見られてないわよね? この刻印……」


 アルフィリースが彼女の師にこの刻印を施された時、決して人には見せるなと言われた。その理由が最初はどうしてか明確には彼女にはわからなかったが、自分の身のことである。学ぶにつれ、決して他人に見せてはいけないものだとよく理解した。もし迂闊うかつにもこの刻印を他人に見られてしまえば、自分は抹殺対象になるかもしれないとも。


「なんでこんなことになっちゃったかしらね……」


 思わず自分の不幸を恨んでしまうアルフィリースだが、それでも彼女は師匠に巡り会えただけ運がいいと思っている。今こうして生きて通常の生活を送れているのが、もはや奇跡に近いこともわかっている。普通なら、十歳で師匠に出会った段階で処分されていてもおかしくなかったのだ。自分の生命の安全だけを考えれば、あのまま山籠りを続けているのが正解であることも。

 それでも、世の中のことをもっと知りたいと思う気持ちは押さえきれなかった。可能であるなら友人を得たり、人並みに恋愛なるものも経験してみたいと思っている。決して恵まれたとは言い難い人生だが、せっかく拾った命を最大限に活用してみたいと考えていた。そのためなら多少の危険を冒しながらでも旅を続けたいと考えて、いつも前向きに生きてきたのである。

 なお、アルフィリースは旅の中で齢十八になった。十八という年齢は多くの国で成人とみなされ、アルフィリースが生まれた田舎であれば既に結婚、出産をしている年齢だが、アルフィリースは子供の頃から成人と同時に結婚相手を考慮される田舎の風習に釈然としていなかった。自由を求めるアルフィリースの魂は瑞々しく活力に溢れていたが、この時代においてただそれだけで敵も味方も多くの注目を集めてしまうことを、アルフィリースはまだ気づいていなかった。


***


 一方、アノルンは準備をしながら考え事をしていた。


「ちゃんと薬飲んだかな、あの子」


 戦いとは違ってずぼらなところのあるアルフィリースをアノルンは思いやりながら、馬屋に向かう。彼女はシスターでありながら回復魔術が使えない。その代わり薬草の知識にかけては教会内でも当代随一だったし、それが彼女の誇りでもあった。

また修行により、対魔・対死霊などの魔術はかなり図抜けている。腕っぷしにはそもそも自信があるし、冒険者としての能力はかなり高いと自負しているので、回復魔術を使えないことを後悔したことはない。ただ一度を除いては。


「まあ、もともとアタシはシスターじゃないしね。はいはいお馬さん、いい子いい子」


 アノルンが二人分の馬を引きながら馬屋を出ていくと、背後からドスのきいた声をかけられた。


「動くんじゃねぇよ、このクソッタレシスター」


***


 その頃、素早く準備を終えたアルフィリースは、既に門の付近でシスターを待っていた。夜も白んできており、もうじき町の門も開くだろう。にしても、やはりシスターの薬は効き目が抜群である。すっかり体調がまともに戻ってきているのを、アルフィリースは感じとっていた。

 その彼女が手持無沙汰にしていたからか、ひょっこりやってきた門衛が話しかけてくる。


「おう、お嬢さん。昨日は痛快だったね」

「門衛さん、私のこと知ってるの?」

「ワシも昨晩遅くに酒場に行ったんだがね。現場は見ちゃいないが、何せあの盛り上がりだろう?  何があったのか聞いたら、旅の美人剣士があの穀潰しどもをノしちまったと言うじゃないかね。奴らはこの町の出身なんだけどよ、ガキの頃から素行が悪くてね。まともに働きもせずに夜盗まがいのことまでするし、噂じゃ人殺しもしてるんじゃないかと聞いてね。この町の出身じゃ領主に頼んで捕えてもらうにも下手すると連座制だし、どうにかならないものかと思ってたんだよ」

「この街に自警団みたいなのはないの?」

「あるにゃあるが、奴らの方が頭数が多いんだよ。ざっと……」

「二十人ってとこかしら?」

「そんぐらいかのう。て、なんでそれを……あ、わわ」


 門衛の老人は思わずあとずさり、いち早く逃げ出した。その話に出てきた噂の連中が門の付近に

集まってきていたのだ。しかも今度は全員しっかりと武装している。


「昨日はこいつらが世話になったらしいな」


 ひときわ大柄な男が声を発する。先頭に立つあたり、彼らの親玉と考えられた。


「あら、そんな何人も男を世話するほど甲斐甲斐しくはないわ、私」

「余裕じゃねえか。十人を超える男に囲まれて全くひるまねぇとはな」

「で、何の用かしら? 私、そろそろ町を出ようと思っていたんだけど?」

「まあまあ、そう言うな。こいつらが昨日の礼をしたいんだってよ」

「つまらないお礼なら突き返すわよ?」

「心配すんな、しっかり楽しませてやるよ。俺の腰の上でな、ひひひ」


 そういう間にもじりじりと男達が詰め寄ってくる。見える範囲だけで十四人はいるか。おそらくはシスターの方にも何人か割いているだろうし昨日の面子も見えないから、総勢で二十名程度と予測する。シスターを心配するのは無用かと考えつつも、結局はこういう展開なのかと、アルフィリースはため息をつかざるをえなかった。


***


「動くなっつってんだろう!」


 男の声も虚しく、アノルンは馬を引きながらと全く足を止める気配がない。


「無視すんじゃねぇよ、このアマ!」


 男はその辺にあった木切れを掴んで投げてきたが、アノルンは後ろを見もせずにひょいとよけてしまった。


「危ないわね。アタシの大切なお馬ちゃんに当たったらどうしてくれるつもり?」

「馬より自分の心配をしやがれ!」

「昨日アタシに一発でノされた男を前に、何を心配しろっての?」

「昨日は油断したからだ! 今日は仲間もいるし、昨日みたいにはいかねぇぞ」


 アノルンがよく見ると、どうやら昨日のネズミ顔の男である。彼女はこの男に全く興味がなかったので、既にその顔を忘れかけていたが、そもそも割れたグラスのせいで顔面が傷だらけで判別に困るほどだった。よくもやられた次の日に仕返しに来れるものだとアノルンは執念深さに感心したが、五人の仲間が武装していることが理由なら、滑稽なものである。


「いや、既に昨日以下じゃない?」

「どういうことだ?」

「だって、こんなか弱いシスターを大の男が六人がかりで、しかも武器を持って取り囲んでるのよ? もう既に男のやることじゃないわよ。××野郎ね。あ、男じゃないから××オカマか。なんかもう、オカマにも失礼だけど」

「く、くそ、このクソアマ!」

「あら、このクソ尼ですって。上手いこと言うじゃない。でも残念だけど、シスターだけど出家はしてないの、アタシ」

「黙りやがれ!!」


 ネズミ顔の男が顔を真っ赤にしながら斬りかかってきた。アノルンの方はいかにも涼しい顔で右手を腰にあてたまま、突っ込んでくる男を見ている。男が振り下ろす剣がアノルンに当たるかと思われたその時、キン! というひときわ高い金属音と共に男の剣が止まった。男はシスターの左腕を斬り落としたつもりで剣を振り下ろしたのに、そうはならなかった


「な……」


 男が何かを言いかけた瞬間、バキリという何かが折れるような鈍い音と共に、ネズミ顔の男の体は宙に舞うどころか、吹っ飛んでいった。そのまま馬小屋の壁を一部突き破り、つきあたりの壁まで吹っ飛んだ男の体は、もはやピクリとも動かない。


「あちゃー、やりすぎた? せっかく見れる顔になったと思ったのに、また殴っちゃった。さすがにもう駄目かも」

「な、な、な……」


 残った男どもは顔面蒼白となった。大の男の体が、お世辞にも大柄とはいえないシスターの一撃で馬何頭分もの距離を吹っ飛んだ。とても現実の光景とは思えない。男どもがアノルンに目線を戻すと、いつのまにか両手には棍棒のようなメイスが握られていた。


「アタシね、今でこそ身分はシスターだけど、以前は違ったのよ。事情があって、名前も職業も変えちゃったのね。でもシスターって思ったより便利だわ。服がひらひらしてるから武器を隠すにはもってこいだし、相手も油断するしね。なにより、清楚さ三割増しってやつ? 男に困ったことはないけど、前よりモテるようになったのよね」


 などとウィンクしながら軽口を叩いているが、男どもに色気を感じる余裕はなかった。このシスターは、男どもにとってはもはや恐怖の対象でしかない。

 アノルンはとびきりの笑顔を彼らに向けながら、語りかけた。


「一応シスターだし、殺しはしないわよ。魔物以外の殺生は厳禁だし、やりすぎちゃうとマスターの折檻せっかんが怖いしね。でも××××潰れちゃって、男として不能になっちゃったらごめんなさいね?」

「ひぃっ!」


 最高の笑顔でメイスをくるくると回しながら楽しそうに男達を追い詰めるシスター・アノルンと、完全に武装しているにもかかわらず剣を持つ手が小刻みに震える男達五人。もはや狩る側と狩られる側が、完全に逆転していることは明白だった。


***


 そして門周辺では――


「ぎゃあっ!」


 先にアルフィリースに掴みかかろうとした二人の男の、剣を持っていた手首から上が吹き飛んでいた。全員が呆気にとられる中、ヒュン! と音がしてアルフィリースが右手のむちを構えなおす。普段は腰紐に偽装させている鞭である。


「て、てめぇ! 正々堂々剣で勝負しやがれ! 腰の剣は飾りかよ!?」

「お断りするわ。多対一で剣なんか使っても、あっという間に刃こぼれで使えなくなるもの。得意なのは剣だけど、状況に応じて武器を使い分けるなんて当たり前でしょ?」


 言いながら鞭を構えるアルフィリースの構えには無駄がない。鞭が熟練の腕前であることは素人目にも明らかである。だが男達もこれだけで引き下がるわけがない。


「てめえら囲め! 鞭も多方向には同時に振れねぇ。囲んで同時に襲いかかれ!」


 男達がバラバラとアルフィリースの周りを囲む。


「(なるほど、あの親玉は場慣れしてるわね。戦場帰りかしら?)」


 油断なく周囲を警戒しながらアルフィリースは相手を観察する。囲まれれば確かに不利だが、まとめて倒す時には便利であった。


「行けっ!」


 掛け声とともに周囲を囲んだ連中が一斉に襲いかかってきた。普通ならそれだけで腰が引ける場面だが、アルフィリースは冷静に鞭を振い、鞭の腹で正面の四人の顔面を打ちすえる。鞭の威力は先端に集中しているが、鞭の腹でも顔面に命中させられればとても無視できた痛みではない。案の定、顔面を打ちすえられた連中はその場に全員うずくまってしまった。

 鞭をかいくぐって迫る背後の連中の顔めがけて、腰の携帯袋から取り出した袋を投げつける。後ろから飛びかかろうとしていた男達はまともにこの中身を受け、悲鳴と共にその場にうずくまってしまった。特定の植物から採れる、眼潰し用の花粉を仕込んでいたである。

 そこに残る二人の剣がアルフィリースに向けて振り下ろされたが、彼女はなんなく左手の手甲でこの剣を受け止める。男二人の剣が手甲一つで受け止められたことに驚く暇もなく、手甲から隠し刃が出現し二人の男の顔面を切り裂いた。噴き出す血と共に男達がもんどりうち、アルフィリースは返り血をいくらか浴びながらも瞬き一つすらなく前進した。


「な、なんだと?」


 残った連中は驚きの色を隠せない。ものの数合で、大の男八人が女一人にしてやられたのだ。首領格の男は驚きを隠せなかった。

「(こんな使い手、戦場でも見たことねぇ……何者だ? なんでこんな田舎にこんな腕っこきがいやがる? やっぱり黒髪の人間に関わるとろくでもない目に遭うってのは嘘じゃなかったのかよ、ちきしょう。あのクソ部下ども、絡んだ女が黒髪だなんて一言も言わなかったじゃねぇかよ!)」

「こ、こりゃダメだ……」


 首領らしき男以外が背後を向けて逃げ出そうとした瞬間、ヒュッ、と風を切る音がした。


「あ、あ……」


 小さくうめき声を上げて倒れる男達。見ると背中に短刀ダガーが刺さっていた。アルフィリースは背負っていた盾裏に仕込んでいたダガーを取り出し、素早く投げたのである。軌道は単純なものだったが、男達は背を向けて逃げていたので防ぎようもなかったのだ。


「心配しないで、痺れ薬よ。丸一日は動けないでしょうけど誰も死んでいないわ。まあ無事とも言い難いけど、そのくらいは自業自得よね?」

「てめぇ、何者だ!?」

「別にしがない旅人よ。取り立てて何者ってほどのこともないわ」

「嘘つけ! テメェみたいな使い手、戦場でも見たことねぇぞ? こんな田舎に何しにきやがった!」


 本格的な戦場をアルフィリースは知らないが、道草していたらここにたどり着きました、とは今更言えなかった。


「褒め言葉として受け取っておこうかしら。それでどうするの、まだやる? それとも大人しく自警団か領主の軍隊に捕まる?」

「女相手に引けるかよっ。剣で勝負しやがれ!」


 大男は大仰に構え直して斬りかかってくる。


「仕方ないわね」


 奇襲は通じないと考えたか、アルフィリースも剣を抜き放った。男が放つ横切りを後ろに跳んでよける。さらに突っ込みながら放たれる上段切りを半身でよけながら、剣の柄でしこたま男の顔面を打ちすえてやった。


「ぐっ!?」


 男の後退に合わせ、今度はアルフィリースが自分から斬りかかる。


「(上かっ?)」


 男がアルフィリースの上段切りを剣で防ごうと差し出した瞬間、アルフィリースの剣が防ごうとした剣をよけるように軌道変化し、袈裟けさがけに男を斬り下ろした。男が悲鳴とともに肩を押さえてうずくまる。


「なんで……剣筋が途中で変わりやがった」

「握る手を片方緩めるのがコツね。殺すつもりの勢いで振る剣でこんな器用なことはできないけど。それに戦場ならともかく、一対一なら剣を合わせる真似は自分の剣を潰すことになるからまずやらないわ。剣をいつも直せるとは限らないし、修理もタダじゃないのよ。ま、これができるほどの力量差でよかったわ」

「ク、クソッタレ」

「語彙の少ない男達ね。昨日からそればかりだわ」


 男が落とした剣を足で蹴飛ばすと、自警団らしき人影が駆け足でやってきた。先頭は先ほどの門衛である。


「大丈夫かね、お嬢さん!?」

「あら、門衛さん。助けを呼びに行ってくれてたの? てっきり逃げたとばかり」

「困っている者を助けるのは当然じゃないかね?」

「でも黒髪なのよ? 嫌じゃない?」

「鉄火場じゃ気にする者もいるがね、ワシも長く生きていて黒髪だからと嫌な目に遭わされたことなんか一度もないさね。それより恩知らずになる方がよっぽど怖いじゃろうて。それにこの老体じゃ加勢は無理だからな。間に合ってよかった」

「いい人ね、おじいさん。でもせっかくだけど全部終わったわ。一応全員生きてるはずだから、しっかり連行してね。手首がない人は急いで止血しないと危ないと思うけど」


「なんとまぁ」

 事態が呑み込みきれない町の住人を尻目に、アルフィリースは自分が使った武器の回収をしながら何事もなかったように元のように座って呟いた。


「シスター遅いなぁ、まさか苦戦しているのかな? 様子を見に行った方がいいのかしら?」


***


「完全に出るタイミングを逃したわね……」


 そのくだんのシスターは、確かにアルフィリースが心配するまでもなく自分の敵をとっとと片づけ、事の成り行きを見守っていた。アルフィリースの実力を少しでも見極めるためである。ちなみに彼女に襲いかかった連中は、顔の原型がわからない程度にはボコボコにされ、身ぐるみ剥がれて全員馬小屋の肥溜めに放り込まれている。


「目には目を、歯には歯を、クソッタレにはクソッタレってか」


 そんな教義は、アノルンが属する教会にはもちろんない。


「にしても、あそこまでの使い手なのね。アタシたちの神殿騎士団の中隊長くらいには強いんじゃないかしら。それに……」


 投げたダガーの不自然な飛距離と威力。弓矢で狙う距離をあんな風には飛ぶはずがないから、おそらくは魔術の補助を得ている。ならば風の系統か――などとアノルンが考えていると、


「あ、シスターいた!」

「わ!」


 不意にアルフィリースに声をかけられ、驚くアノルン。


「シスター、そっちはどうだった? 男達に襲われなかった?」

「お、襲われたけど問題なく返り討っといたわ!」

「じゃあ皆に色々聞かれる前にもう行かない? またおだてられるのは面倒だよ」

「そ、そうね。じゃあ行きましょう」


 やや面喰いつつも、アノルンは馬を連れてくる。そしてさっそく馬に乗り、そそくさと町を後にしようとする二人。だがその時、門衛の老人に声をかけられた。


「お前さん達」

「何? 門衛さん」

「何か急がれるみたいじゃからもう引きとめんがの。この先ミーシアには寄るんじゃろう? あそこではワシの息子が宿屋をやっておる。もし泊まるんならこのジジィの手紙を見せるとええ。タダで泊めるように一言書いてあるからの。ミーシアのような大きな街じゃ、宿を探すだけでも一苦労じゃて。何、ワシの息子も黒髪であることなど気にせんでな。ミーシアほど大きくなると、黒髪じゃのなんじゃのを気にしていては商売などできんさ」

「本当? ありがとう、おじいさん!」

「なんのなんの、これでこの町もしばらく平和じゃろうからな。そのお礼にしては安すぎるくらいじゃ」


 ほほほ、と笑う老体の親切がアルフィリースの身に沁みる。


「じゃあありがたく使わせてもらうわね。え~と、おじいさんの名前は?」

「ビスじゃよ」

「ありがとうビスさん、私はアルフィリースよ。じゃあまた縁があったら会いましょう!」

「おうよ」


 門衛のビスは、笑顔で手を振って送り出してくれている。アルフィリースも人に親切を受け、先ほどまでの男達のことも忘れて、すっかりご機嫌となっていた。

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