ひっくり返った世界

turtle

第1話 おうち時間?わざとらしいネーミング



 あらゆるメディアから「おうち時間を充実させるには......」といったテーマの特集をしょっちゅう見聞きするようになった。耳障りの良い言い換えだ。政府のコロナ禍が収まるまで外出を避け自宅待機する命令を少しでも軽くしたい、それだけだ。

 人は制限された中で生きている、それは太古より変わらない世の定理だ。私は20年も前からおうち時間で過ごしている。持病があるからだ。感染しやすい私はある意味コロナ対策をずっとしていた。うがい手洗い空調その他、神経質なまでに気を遣わざるを得なかった。その行動を継続する必要から、私は所謂オフィスワークから退職する羽目になった。

 コロナで世間の慌てぶりを滑稽に見下ろしている私がいる。ソーシャルディスタンス?そんなもの前から取っていた。混みあった電車にも乗れなかった。相手が咳をしたらびくびくしていた。皆が病人になったみたいだ。ざまぁみろ、みんな私の生きづらさが分かったか、無用の人と蔑まれる屈辱はどうだ。ははは。

 ところがどうした事か、今度私の工夫がみんなに参考にされている。ソーシャルディスタンスの取り方、何気ないしぐさを伝えるととすごいと言われ、暇つぶしお茶のの調合を習いたいとお願いされる。経済活動から身を置き、ボランティアの世界で哀れみと憐憫の情で見られ、息を潜めながら生きていた私が!病弱でめんどくさい私が!

 立場が人を作るというのもある。敬意をもって遇されることで、私の中の世の中への恨みつらみは少しずつ消えていった。

 今私は、ボランティアで高齢者にITスキルを教え、コロナの情報を共有しネット上のコミュニティや催し物を行う事で周囲の尊敬を得て、かつ居場所を得る事が出来た。不思議なことにコロナ禍で弱者の知恵と「何もしない」という生き方が認められつつある。それに伴い、私自身が自分の事だけでなく相手のためになるか、そして周囲にとって良きことととなるのか、と考えるようになった。

 ”適者生存の法則”はダーウィンが言い出した。この理不尽で無慈悲な世界で、人間の尊厳を保って生きていくため、以前は考えもしなかった共同体への貢献が、自身の人生を輝かせ、生きる事へと思い至った次第である。

 今朝も謝礼のメールが来た。以前は私がやむを得ずして頂かざるを得ない事にぺこぺこお礼を言っていたのに、私が気まぐれで教えた事物にお礼を言われるようになったのだ。滑稽かもしれない、愚かかもしれない。でも喜んでそれを受取ろう。

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