第262話 私、頑張った!

「そしてつい先日、騎士団の方に連絡が入りました。迷宮ダンジョンを消滅させた事がある強力な冒険者を指名依頼して派遣すると。


 その連絡を聞いた時、私が真っ先に思い浮かべたのはかつてグランサ・デトリア迷宮ダンジョンを攻略した3名の女性冒険者でした。


 ところであとお2人はどうされたのでしょうか。今は別拠点にいらっしゃるのでしょうか?」


 どうやらこの人、アルベルトさんは私達がパーティで指名依頼を受けたと思っているようだ。

 ここは説明しておく必要がある。勿論指名依頼を知っていて逃げているという事は除いて。


「2人は南にある拠点の方に居ます。私はここしばらく諸用で北部周辺にいて、半月ほど拠点に帰っておりません。冒険者ギルドにもしばらく寄っていないので、指名依頼がもし私達宛てに出たとしてもわからない状態です」


「えっ!」


 彼は一瞬驚いた表情を見せる。


「ならこちらへいらしたのは指名依頼ではないのでしょうか」


 私は頷いた。


「ええ。たまたまこの近所を通った時、通常と違う感じを受けたので来てみただけです。中にとんでもない魔物がいるようなので、とりあえずすぐには出られないよう措置をした。今はそんな状況です」


「ならこれで此処での処理は終了という事でしょうか?」


「いえ。折角ですから脅威が無くなるまでは此処にいるつもりです」


「それは迷宮ダンジョン内にいるあの存在を倒す事が出来る、という事でしょうか」


 どうやら竜種ドラゴンの名は出さない方針のようだ。

 そういう命令が出ているのだろうか。

 情報が広がってパニックが起こらないように。


 なら私もそれに倣っておこう。


「あの存在と直接戦って倒す事は困難でしょう。ですので迷宮ダンジョンを弱体化させてあの存在ごと消す事を目指そうと思います」


 ここからは私が考えた作戦の説明だ。ただしアイテムボックススキルの事は話さない。空属性の魔法を使って収納する、ということにする。


 ひととおり聞き終わって、彼は頷いた。


「なるほど。地下へ移動させたのは魔素マナの供給を絶つ意味もあったわけですか。ですがこの方法で迷宮ダンジョンごと消し去るとすると、相当な魔物を狩って収納する必要があると思います。大丈夫でしょうか」


 確かに死骸を回収すると通常の自在袋では溢れるだろう。


「ええ。収納しきれなくなったら処理して魔石だけ残すつもりです。こちらの迷宮ダンジョンはコボルトの上位種とトロル系が主で、素材として貴重なものは少ないですから」


「それとこうやって対処されるのでしたら、指名依頼を受理した方がいいのではないでしょうか。完了すれば褒賞金が入りますし、冒険者ランクも上がる筈です。拠点まで戻らなくともイゼーレの冒険者ギルドで受理可能な筈です」


 痛いところをついてきたなと思う。説明が難しい。

 少し考えて、ある程度正直に言う事にした。


「私自身は有名になりたくないですし、名誉も特にいらないです。収入もこちらで魔物狩りをする分だけで充分以上です。


 私自身は田舎でひっそりのんびり暮らせればそれで充分なのです。ですので出来れば指名依頼で自分を縛りたくないですし、この迷宮ダンジョンの攻略についてもひっそり目立たないようにやりたいと思っています」


 言いたい事の6割くらいは言えたかなと思う。


 ただ騎士団は名誉を重んじる組織だ。だから私の言い分が通じてくれるかどうか不安。


 でも、この人は何となくわかってくれそうな気がする。単なる勘だけれども。


「わかりました。私達も出来るだけお騒がせしないように致します。


 勿論こちらにフミノさんがいて、迷宮ダンジョン対策をして頂いている事は隊に報告致します。ですがフミノさんが目立たないように行動したい旨、指名依頼を受けたくない旨も報告し、出来るだけ意に沿えるよう努力するつもりです。


 ただ、私はあくまで第六騎士団の一小隊長に過ぎません。ですので必ずこうする、という形の確約は出来ません。

 また今後も連絡でこちらに参る事があるかもしれません。これらの点についてはご容赦願います」


 報告する、確約できない。それは彼の立場からすれば仕方ない。むしろわざわざそう正直に言ってくれた事には好感が持てる。


「わかりました。御配慮感謝致します」


「こちらこそ迷宮ダンジョン対策をしていただき、また私の質問に真摯に答えて頂きありがとうございました」


 うん、話し合い成功だ。

 そう思って、そしてまだ想定通りに行っていない部分に気づく。


「あと宜しければお茶とお菓子をどうぞ」


 アルベルトさん、遠慮してかお茶にもケーキにも手をださないままになっている。

 なお私の方も手を付けていない。こっちは会話に全思考力を投入して余裕が無かったせいだ。


「すみません。それでは失礼して、いただきます」


「ええ、どうぞ」


 私もまずはお茶から。緊張しているせいか口の中の水分が少なめに感じる。冷たいお茶が心地良い。

 あと甘いチーズケーキもいい。勿論リディナが作ったものだ。チーズ部分含めて、全て。


「美味しいです。こちらは御自分で作られたのでしょうか?」


「いえ、仲間に作って貰ったものです。旅行中も無くならないよう大量に自在袋に入れてあります」


「羨ましいです。騎士団の駐屯部隊には甘い物がほとんどありませんから。何故か酒はそこそこあるのですが、酒より甘い物派の声はあまり反映していないものでして」


 なるほど、屈強そうな男性ばかりの騎士団にも甘党派がいる訳か。そしてアルベルトさんもその一員だと。


 何と言うか、凄く美味しそうに食べているのだ。これが演技なら今すぐ騎士団を辞めて俳優に転向した方がいい。

 スティヴァレの俳優の待遇が騎士団の小隊長よりいいかどうかはわからないけれども。


 こうやって美味しそうに食べていると、何というか可愛らしい気すらする。屈強な大人の男性なのに。私より年上なのに。


 そう思ってふと気づいた。屈強な大人の男性だって私と同じ人間なのだと。

 当たり前の事だ。でもそう感覚的に思ったのは初めてのような気がする。今までは怖くて会話できなかったというのが原因だろうけれど。


 ふと気になって自分のステータスの一部を確認。やはり消えていた。今までは確かにあった対人恐怖という項目が。


 アルベルトさんのおかげで『大人の男性は皆怖い』という感覚が無くなったからだろう。なら少しだけ感謝を形にしてもいいかな。


「何ならいくつかお持ち帰りになりますか。在庫は大量にありますので」


「……折角ですが遠慮させていただきます。バレたら利益供与ともとられかねません。それに争奪戦で隊の空気が悪くなる事は避けた方がいいですから」


 利益供与とは大げさな。それに屈強な騎士団員によるスイーツ争奪戦か。なかなかしょうもなくて笑える。もちろんこの場では笑わないけれど。


 あと返答前に微妙に迷った気配がした。その辺もなかなか可愛らしい。この人は好きになれそうだ。勿論恋愛という意味ではないけれども。


 アルベルトさんはケーキをかけらひとつ残さず食べ終え、お茶を飲み終える。


「ご馳走様でした。美味しかったです」


「いえ、こちらこそ御仕事ご苦労様です」


「それでは本日はこれで失礼致します」


 彼は立ち上がり、一礼する。


「本日は突然の訪問にも関わらず、本当にありがとうございました」


 私も返礼。そしてそのまま一緒に外へ出て、アルベルトさんが道を戻っていくところを見送る。


 姿が見えなくなった途端、どっと疲れが押し寄せてきた。 

 いや、彼、アルベルトさんは紳士的だし問題はない。最後のスイーツな話で怖くもなくなった。おかげで対人恐怖の項目すらステータスから消えた位だ。


 だから今回は対人恐怖のせいではない。普段使わない言語中枢をフル稼働させた事によるオーバーヒートだ。


 普段お家の皆としないような会話を必死に考えて、言葉使いまで気を使って話すなんて事をしたのだ。知恵熱が出てもおかしくない。いや、多分出ているに違いない。


 今日はもう限界。とりあえずお風呂に入って少しでも精神的疲労を回復させつつ、魔物狩りにいそしむことにしよう。


 あと朝食も食べなくては。3食食べるとリディナとも約束しているし。

 でもケーキを食べたからこれが朝食でいいかな。うん、いいとしよう。

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