第227話 カレンさんへの御願い
カレンさんやミメイさんに連絡を取る方法は聞いている。クラーケン討伐後に2人が家に来た時、カレンさんに言われたのだ。
「私は日中は概ね領役所の方におります。3人どなたの名前でも、受付で名乗っていただければすぐ取り次ぐようにしておきます」
カレンさんは領主夫人で元王族。少なくとも領役所にいる限りはその立場だ。そんなカレンさんに名前を名乗るだけで取り次いで貰うなんて、友達特権で会うように思える。
だからこの連絡方法はよほどの事がない限り使うつもりはなかった。しかし今回は仕方ない。会う方法が他に無いから。
「明日、どれくらいの時間に行けばいいでしょうか?」
「カレンさんの都合の良い時間がわからないから難しいよね。朝一番、8の鐘くらいに受付に着くつもりで行こうか」
「わかった」
だから今朝は7半の鐘より前に家を出て、領役所へ。
8の鐘より前に領役所へ到着。カレンさんがいるかどうかを偵察魔法で確認。いるな、2階の奥の方に知っている魔力の反応を感じる。
なおミメイさんは近くにいないようだ。そういえば現場に出ている事が多いと言っていた。多分今日もそうなのだろう。
8の鐘が鳴り始めた。
「行こうか」
私はリディナの言葉に頷く。微妙に気後れするけれど行かなければならない。
3人で領役所の中へ。入ってすぐのカウンターに受付という表示。ここだな。
「朝早くから失礼します。リディナと申します。カレン・ララファス・スリワラ様に面会したいのですが大丈夫でしょうか。アポイントは取っていないのですけれども」
「はい、それではご案内致します」
おっと、あっさり。
いいんだろうか? 領主夫人にアポ無しでこんなに簡単に案内なんてしてしまって。
カレンさんから話が通っているのだろう。それは分かっている。それでも微妙に不安に感じるのだ。こういう場面に慣れていないからだろうけれど。
裏側の職員通路らしき場所を通って、更に階段を上って2階へ。カレンさんの現在地のすぐ手前の部屋へと案内される。
典型的な応接間だ。そこそこ広く窓も大きいので昔の私でも割と大丈夫だろう。今の私なら余裕だ。
「こちらにかけてお待ち頂けますでしょうか」
「わかりました。ありがとうございます」
うーん、この部屋は問題無い。けれどこういう扱いは落ち着かない。
そう思いつつ部屋の内装を何となく確認。うん、豪華というよりは質実剛健という感じだ。壁も窓も普通の木製。焼土壁と同じくらい標準的なつくり。
このソファーとテーブルも普通の革製と普通の木製。本革に一枚板なんてかつての日本なら高級品なのだろうけれど、この国ではこれが標準。
本等で得た知識ではこういった家具類の高級品は細かい彫刻を入れたり宝石を埋め込んだりするらしい。しかしこの部屋にある家具にはそういった飾りは全く無い。シンプルな方が趣味がいいと感じる私にとっては好印象。
なんて思っていると扉がノックされた。
「カレンです。よろしいでしょうか」
「ええ」
リディナはそう返答すると、私達に小さく『起立』と指示。3人とも立ち上がってカレンさんを迎える。
「そんな気を使わないで下さい。領主夫人と言っても私には変わりありませんから。
とりあえずおかけになって下さい。あと、ミメイは今日は街の北側の工事をしていますので、もしミメイもいた方がいいなら急いで呼びますけれども」
「いえ、今日はカレンさん経由で領主家に御願いがあって来たので」
「わかりました。とりあえず簡単なものですが、これをどうぞ」
カレンさんが自在袋から飲み物の入ったカップと菓子入りの皿を出す。
「すみません」
「いえ、私は私で変わりませんから。オレンジジュースとクッキーですけれどどうぞ」
そんな感じで会談というか、御願い開始だ。
「さて、どのような御願いなのでしょうか? この前のクラーケン討伐の褒賞で何かいいのがありましたでしょうか?」
「ええ、実はこんな計画を考えています……」
リディナが自分の自在袋から紙を数枚取り出す。どうやら説明資料を書いてきたようだ。リビングではそんな様子がなかったから昨夜、自分の部屋に戻ってから書いたのだろう。
「この計画は……」
リディナが説明を始めた。
◇◇◇
「こんな感じです。ですので領主家には土地の提供、開拓者の募集、開拓団を委託するにふさわしい団体の選定、及び開拓団派遣の依頼を御願いしたいのです」
カレンさんは頷く。
「本当ならこれは、領主家がお金と人員を出してやらなければならない事でしょう。御願いするのはむしろこちらだと思います。
このまま進めると皆さんに多大なご負担をおかけしてしまいます。この計画では現地の整備は全て皆さんにお任せする事になりますから」
確かにそうかもしれない。しかし整備をこちらで全てやるのは勿論理由がある。
「この作業にはフミノのスキルを主に使う予定です。ですので他の方がいない方が安心できます。フミノのスキルは秘密にしておきたいですから」
「皆さんが目立ちたくないという事は知っています。他の人がいない方がやりやすい事もわかっているつもりです。
勿論土地の提供も、人員募集や開拓団選定、委託作業についてもこちらで行う事はやぶさかではありません。ですがこれでは何とも申し訳なく感じるのです。あのクラーケンを倒していただいたのと同様か、それ以上に」
カレンさんは一呼吸おいて、そして少し何かを考える様子をした後、再び口を開く。
「ですがとりあえず土地の確保と提供について、先に動いておきましょう。東南地区、208番を中心にした範囲を至急押さえます。
手続きが終わりましたら皆さんの所へ連絡に行きますので、それまでお待ちいただけませんでしょうか。メレナムとも相談しなければなりません。領条例や領規則もこれに対応した附則を加える必要があるでしょうから」
そういった手続きも必要になる訳か。確かに言われるとその通りだなと思う。しかしそこまで考えなければならないとは、領主というのも大変だなと思ってしまう。
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