第224話 聖堂の祭壇にて

「もしそんな人が来てしまった場合、何とかならないんですか」


 セレスの質問。

 リディナは小さく頷いて、返答する。


「領主家はほぼ何も出来ない。強いて言えば孤児院や救護院を増設する位。でも働ける健康な人はそれでは拾えない。

 もしやるなら領主家や領役所で雇う事くらいかな。でも文字が読めない人を雇っても領役所の仕事にはほとんど役に立たないよね」


 ここは日本では無い。だから年金も生活保護も存在しない。

 宗教的善意に基づいた施設が僅かにある程度だ。

 

 私がそんな事を思っている間もセレスとリディナの問答は続いている。


「なら領主家以外なら何とか出来るんですか?」


「資本を持っている商家なら開拓団を結成して、なんて事は出来るかもしれない。


 ある程度物分かりがいい人や有能な人は、ここまで流れてこない。

 むしろ逆。善良ではないのか、物分かりが悪いのか、もしくは無能。だからこそやっていけなくなったという方が多いと思う。


 ある程度の判断力や情報収集力があれば、途中で南部の正しい情報を聞いて、開拓の大変さに気付くだろうから。

 だから此処へ来るまでの間に開拓団を探したり、栄えている街で仕事についたりする。


 開拓団を組織する際は普通、現地でなく別の場所で募集して、更に開拓団でやって行けそうか選考する。さっきも言った理由で現地では使えない人材ばかり集まっている可能性が高いから。


 そしてもし開拓団を組織して、そしてそういった人を開拓団員として雇ってしまった場合はね。その後ずっとその人達に関わる事を覚悟しなければならないと思うの。


 そういった人達だから放っておくとまた失敗する可能性が高いから。目を離すと問題を起こす可能性が否定できないから。

 その土地で、その人達が生きている限りずっと」


 リディナ、厳しい。でも理屈はわかる。それだけの覚悟が必要だと言っているのだ。そうでなければ手を出さない方がいいと。


「確かにそうですね。私のいた村でもそうでした。頭が悪くて要領の悪い人か、性格が悪くて人付き合いの悪い人。いなくなるのはそんな人が多かった気がします。家人が事故で亡くなったりとかどうしようもない理由の場合は別として」


 私は少し違うけれども似たような事例を思い出した。『援助が必要な弱者』だからといって、必ずしも救いたくなるような人物とは限らない、そんな事例、いや実例を。


 前世、いや日本にいた頃の事。うちの家は母子家庭で収入が少なく貧乏だった。そういう意味では『救うべき弱者』ではあった筈だ。


 しかし母は福祉の金が入ると男と遊び歩いたりパチンコでお金を使ったり。


 福祉の世話になる前の一時期、母は職業訓練に通っていた。しかしさぼりまくったせいであっという間に退学になった。

 そうしたら退学になった事と手当てが減った事を怒鳴り込みに行った。そうなるのは当然なのに自分の事は顧みない。


 私が担当の人だとして、そんな相手に温かく接することができるだろうか。『救いたい』『救うべき対象』と思えるだろうか。


 もちろん母と、今考えている『開拓で援助が必要な人達』とでは状況が違う。それでも今のリディナの説明と何かが重なってしまうのだ。


 ただ日本の福祉のおかげで私が生存出来たのは事実。最悪に近い環境だったけれど、それでも生存出来たのは。


 そしてスティヴァレにはそういった福祉制度は無い。生存権だの基本的人権だのといった権利も法律に規定は無い。そもそもそんな概念があるかもわからない。


 考えがまとまらない。セレスの質問と私の過去。リディナもセレスの疑問や思いを否定している訳では無い。ただ『厳しい』という意見を言っているだけなのだ。


 よし。考えがまとまらず、もやもやする時は。


「少し夜風に当たってくる」


「気をつけてね」


 お家を出て少し歩く。目的地は聖堂だ。


 この聖堂は図書室にしている北側部分以外は使用していない。机や祭壇っぽいものを少しだけ作って置いたけれどそれだけだ。


 しかしこの聖堂の中の空気というか雰囲気が私は好きだ。だから何となくもやっとした時などはここに来る。


 ここで静かに周囲の空気に身を任せているだけで、何か落ち着くというかすっきりするから。


 ドーム状になっている中央部の先、東側部分には私が作った木製の簡素な祭壇がある。その祭壇を、背後にある7体の神像が見下ろして、いや、見守っている。


 つまりはヴィラル司祭がいた開拓村の聖堂と同じつくりだ。勿論此処には司祭はいない。けれど空気感は同じ感じで落ち着く。


 祭壇の中央に小さな木箱が置いてある。これはかつてヴィラル司祭に頂いたものだ。

 中には小さな円形の鏡が渡された時のまま入っている筈だ。開けて見てはいないけれど魔法で見て知っている。


 何となくその木箱を手に取って、蓋を開ける。

 中にあるのは小さな円形の鏡。


 私は鏡を取り出して見てみる。形は厚めの円盤状。材質は色と重さから判断して青銅だろう。


 裏側の文様には円と弧を描いた何かが多数。花とサクランボのようにも見えるが多分違うのだろう。


 そして表面、鏡の部分はと。私は鏡の面を顔の方に向ける。


 視界が一気にぼやけ、変化した。軽い浮遊感が私を襲った。

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